第73話 裏取引
朝食を食べ終わった俺はアザレアさんと、教習所へ行く。
結局、あの後アザレアさんはフレンチトーストに関して深く追求してこなかった。
おそらく俺が適当にはぐらかすと分かっているからだろう。
さっきまでは少し残念な人かもって思ったが、やはり油断ならない人だ。
「こちらが教習所です」
冒険者支援ギルドの隣にある倉庫街。
倉庫に挟まれ、隠れるようにポツンと小さな校舎が建っていた。
「驚きました?」
「ええ。全部倉庫だと思っていました」
というか、何故こんな場所に?
「元々すべてギルドの倉庫だったんです。教習所を建てる際に、一番老朽化が進んでいた倉庫を取り壊したので、こんな場所になってしまったそうですが、これが思いの外便利なんです」
ギルドには冒険者からモンスターやアイテムなど様々なものを引き取っているので、解体場所や保管場所がギルドの近くに必要になる。
そこに教習所を建てれば、ギルドと宿から近くて、倉庫で解体の研修や空き倉庫で実技研修もできる。
運搬作業も寮生に手伝ってもらえるそうだ。
ちなみに校舎が建てられた頃はアザレアさんはまだギルドで働いていなかったらしい。
支援ギルドになったのが50年前、校舎が建てられたのが30年程前らしいので、当然といえば当然か。
働き始めてどれくらい経つんだろ?
聞いてみたいけど、きっと教えてくれないんだろうな。
****
「さて、それでは授業を始めましょうか」
「……どういうことですか?」
アザレアさんに案内された教室には誰一人……教師すらいなかった。
いるのは俺とアザレアさんだけ。
「何かご不明な点でも?」
「不明点しかないですよ。まず何で教室に生徒が俺一人しかいないんですか!」
「以前から勉強しておりました生徒と、今日初めてのシュート様ではカリキュラムが違いますので……」
確かに……いきなり編入したのは俺なんだから、そこは仕方がないな。
「それで何で先生がアザレアさんなんですか?」
これに関しては薄々分かっていたことだけど、ツッコまずにはいられなかった。
「元々この教習所の講師はギルド職員ですから、わたくしがやってもなんの問題もございません」
「でも、アザレアさんってお忙しいんじゃありませんか?」
「その点はご安心を。実は本日より3日間の休暇を頂いております」
「休暇!?」
しかも3日間て。
俺に教えるのなら今日と明日の2日でいいはず。
もしかして試験当日まで付きっきりなのか?
「何で休んでまで……」
「シュート様のような面白い素材を前にして、呑気に働いてなんかいられません」
「………………」
「冗談です」
全然冗談に聞こえなかったんだが?
「シュート様は他の職員にもスキルの話など聞かれたくないようですので、職業の話など、既に知っているわたくしが説明したほうがよろしいかと判断しました」
アザレアさんは取ってつけたように言う。
確かにその通りなんだが、冗談の方が説得力があるよな。
「そういうことですので、わたくしのことはお気になさらずに」
気にせずって言われてもなぁ。
まぁ俺が何を言おうともう手遅れか。
「それでシュート様はどのようなことを学びたいのでしょうか?」
どうやらさっさと授業を始めるらしい。
「そりゃあ明後日の試験に備えて冒険者の常識とか……」
ドサッ。
突然俺の目の前に、紙の束が置かれる。
「……これは?」
「こちらが明後日の試験の問題と答え。あと、生徒が使っている教本です」
「はあっ!? ちょっと待って。答えって……」
教本はともかく、問題と答えがここにあっちゃヤバいだろ!
「正直、シュート様に教えるのは時間の無駄でございます。常識問題に関しては、明後日までに答えを丸暗記して覚えておいてください」
「これって不正じゃないですか! バレたら冒険者になれなくなっちゃいますよ!」
「わたくしとシュート様が内緒にしていれば、誰にもバレません」
「いや、そうかも知れないけど……たとえ俺とアザレアさんが話さなくても、絶対にバレない保証なんてないんですよ。それこそ偶々教室の外を誰かが歩いていて聞いてるかもしれないんだし……」
「あっ近くには誰もいないよ!」
おいこらナビ子。余計なことは言わんでよろしい。
「おや、ナビ子様は気配察知のスキルをお持ちなんでしょうか?」
「うん、持ってるよ」
おいおい、そう簡単に秘密を暴露するなよ。
って、嘘はつけないからこの場合は仕方ないか。
「まぁ今は外には誰もいないかもしれないですけど、それでもバレない可能性はゼロじゃない。持ち出したことがバレたらアザレアさんだって首になるんじゃ?」
「流石に首にはならないでしょうが……確かに相応の罰はあるでしょうね」
「じゃあ何でそんな危険な真似を……」
「ですから、シュート様に教える時間がもったいないからです」
「もったいないって……」
「シュート様なら普通に教えても、すぐに合格レベルまで到達することでしょう。ですが、試験はひっかけ問題も多く、理解していても間違う恐れがございます。そんなアホのような理由でシュート様が冒険者になることが遅れたら、そっちの方がギルドとしては損害です」
アホて……そもそも試験って、ひっかけ問題にも間違えずに理解しているかを確かめるもんじゃないの?
「そもそもここで教えることは本当に常識的なことですので、シュート様なら教本を読んだだけで理解できます。もし分からないことがあれば、その時に質問してくだされば……その方が時間を有効に使えます」
しかし、これならアザレアさんが仕事を休まずとも、宿で俺に教本と答えを渡してくれただけで済む話だ。
仕事を休み、試験の答えを不正入手してまで手に入れたこの時間。
「そろそろお互いに腹を割って話をいたしませんか?」
ということらしい。
ただそれだけのために、危険を犯したってことだ。
「ええ。昨日のように、駆け引きをするのも面白いですが、それでは一向に話が進みません。ですので、ここはお互いに出し惜しみなしに話し合おうじゃありませんか」
「はぁ……そこまでして何を聞きたいんですか?」
俺は驚きを通り越して呆れ果てていた。
「それはもちろんシュート様のこと、ナビ子様のこと、スキルのこと、フレンチトーストのこと。聞きたいことはいくらでもあります」
そんなの……別に危険を犯してまで知る内容じゃない。
そもそも、俺が冒険者になって接していたら、自然と分かることじゃないのか?
「俺にはサッパリ分かりません。そんなの、時間も経てば少しずつ分かってくることじゃないですか」
「それじゃあ遅いじゃありませんか。目の前に謎があるのですよ。すぐに解きたいではありませんか」
「それでギルドで自分の立ち位置が悪くなったとしても?」
「正直言いまして、わたくしはギルドのことなど、どうでも良いのです」
はぁ?
なんかいきなりぶっちゃけてるけど……ギルドの利益のためにこんなことをしたんじゃないのか?
「わたくしがこのギルドで働いている理由。それはここならわたくしの欲求を一番満たせると思ったからです」
「……欲求?」
だんだんおかしな方向に話が進んできたぞ。
「ええ。元々わたくしはスキルや魔法の研究を行っておりました。そこで、ギルドで働けば、色々なスキルや魔法に出会えると思ったのです。そして目の前にはまさに理想の研究対象が……それで我慢しろというのは酷ではありませんか!」
ヤバい。この人完全にアカン人やった。
「ねえシュート。アタイ気づいたことがあるんだけど……」
「奇遇だなナビ子。俺も気づいたことがあるぞ」
多分俺とナビ子は同じことを考えているはずだ。
「この人……変わり者の研究者だね」
「アザレアさんは……変わり者の研究者だ」




