第72話 協力者?
「ふぅ。ようやく落ち着ける」
サフランも出ていったので、ベッドに横になる。
スイートルームのベッドは思ったよりも柔らかい。
これなら自分のベッドを出す必要はないかな。
「お疲れシュート。なんだかアタイも疲れちゃったよ」
飛ぶのも億劫なようで、ナビ子は俺と同じようにベッドにちょこんと座る。
ナビ子は街中でもギルド内でも注目を集めていたからな。
視線を感じるだけで疲れるだろう……いや、耳が痛かった時のように、これもプログラムなのか?
だが、どちらにしてもナビ子の中で通常と違うことは変わらない。
「ナビ子もお疲れ。体は大丈夫なのか?」
「うん。ちょっと情報量が多くて、処理落ち気味なだけだから」
情報量……気配察知のデータとかをまとめてるのかな?
しかし処理落ち気味って……確かにそれは疲れているって表現でいいかもしれない。
「今日は色々あったな」
街に入って、冒険者支援ギルドに入って、アザレアさんに出会って……
「シュート、アザレアさんと仲良さそうだったね」
ナビ子がニヤニヤしながら言う。
「仲がいいって言うか……久し振りに人と話せて楽しかったってのが本音かな」
村長とロランさんには嘘がバレないか冷や冷やもんで、会話を楽しむって感じじゃなかったもんな。
そう考えたら、この世界に来て初めてナビ子以外と会話を楽しんだと思う。
そしてそう感じたのは俺だけじゃなかったはず。
サフランの話では、アザレアさんは、どうやらぼっちのようだ。
だから、あんな風に話す友達がいなかったと思う。
「やっぱり似た者同士なのね。ねぇ、彼女……協力者になれないかな?」
協力者か。
彼女には既に俺のスキルの半分はバレているし、観察眼のスキルを持っているから、今後も隠し事をし続けるのに限界がある。
そして彼女はかなり優秀だ。
説明は分かりやすかったし、頭の回転も速い。
一見、仕事は真面目で誠実そうに見えたが、ギルドの利益のためなら、多少の不正は目を瞑る可能性が高い。
実際に俺を自腹でつなぎ止めようとするくらいだからな。
そして、ギルドの中に協力者がいれば、今後の活動にすごく役に立つ気がする。
何より彼女はぼっち。
彼女が俺のことを話そうとする人すらいないから、バレることはほとんど無い。
変わり者の研究者ではないが、変わり者のギルド職員。
今後の活動を考えれば、彼女は研究者以上に、俺の思い描いていた理想の協力者といえるかもしれない。
「ただ……彼女がどんな立場の人か分からないのが問題だよなぁ」
結局最後までアザレアさんのことが分からなかった。
まぁたとえ上の人間だったとしても、俺を権力争いには使わないって約束はしてくれた。
その点は安心だけど……無理難題の依頼を頼まれたりはしそう。
「一応候補だけど、とりあえず保留かな」
もう少し彼女のことを知ってからでも遅くはない……よね。
****
朝、部屋で朝食を食べていると、ドアがノックされる。
「シュート様。おはようございます。起きてらっしゃいますか?」
アザレアさんの声だ。
確かに朝来るって言ってたけど……まだ7時前だぞ。
俺はドアを開ける。
「おはようございますアザレアさん。サフランも。早いですね」
アザレアさんと一緒にサフランも一緒に来ていた。
「ちっ起きてましたか」
ボソッとアザレアさんが呟く。
おいおい、マジで起こすつもりだったのか?
「ははっ……おはようございますシュートさん。昨日はよく眠れましたか?」
サフランはアザレアさんに若干引いているが、こちらは普通に挨拶してくれる。
そういえばサフランはアザレアさんと雑談したのかな?
気になるけど、ここで聞くわけにはいかないよな。
「ええ。素敵なベッドのお陰で気持ちよく寝ることができました」
「そうですか。それは良かったです」
「ふふっ。わたくしがこの部屋を推薦したお陰ですね」
……なんだろう。
昨日に比べてアザレアさんがちょっと馬鹿っぽく見える。
「今、朝食を食べてたんで……少し待っててもらえますか?」
外で待たせるのも悪いので二人を招き入れる。
「あっ、私はアザレアさんを案内しただけなので……いい匂いですね」
サフランが帰ろうとするが、その前に俺の朝食の甘い匂いを嗅ぎ付ける。
「昨日、食事は要らないって言ってましたけど……何を食べてるんですか?」
「今朝はフレンチトーストですね」
昨日のケーキで甘いものを欲していることが分かったからな。
料理本に何か載ってないかと探してこれを見つけた。
これなら朝食にピッタリだから、早速作ってみたのだ。
「フレンチ……トースト?」
「聞いたことありませんね。どのような料理なのでしょう?」
あっフレンチトーストはこの世界にないんだ。
まぁフレンチ……だもんな。
……あれっ? このフレンチはフランスじゃなくてフレンチさんが開発したからだったっけ?
とにかく、この世界の言葉ではない。
この世界風に言うと……
「簡単に言うとミルクトーストですね。パンをミルクに浸して焼いただけですけど……少し食べてみます?」
二人とも興味があるのかコクコクと頷く。
少しかわいい。
朝食で用意していたのは食パン2枚分……8切れある。
ひと切れずつ……サフランにはいちごジャム、アザレアさんにはハチミツを塗って渡す。
「うわぁ……」
「ふぁっ!?」
一口食べると二人の表情が一変する。
「これ……本当にパンですか!? こんなに甘くて柔らかいパンは初めてです!」
「しっかりとミルクを染み込ませてますからね。食べやすいでしょ」
まぁカード合成だから本当に染み込んでいるかは分からないけど。
「確かにシチューにパンを浸して食べたら柔らかくなりますもんね」
「それと同じです。シチューの代わりにミルクに浸してお菓子っぽくしてるんですよ」
そういう解釈でいいよな?
「へぇ……今度試してみようかな」
材料自体はここでも簡単に手に入るはずだから、教えても大丈夫だろう。
「もしレシピが必要だったら言ってください。後日でよければ準備しますんで」
具体的には翻訳レベルが上がって文字が書けるようになったらだな。
「本当ですか! ありがとうございます。……とと、もう戻らないと! 本当に美味しかったです。それでは失礼します」
サフランはお礼を言うとバタバタと出ていった。
それこそ今は宿泊客の朝食で忙しいだろうからな。
「本当に元気な人だ。そう思いませんか、アザレアさ……ん?」
そういえばアザレアさんがさっきからずっと黙っている。
どうしたんだろ?
「わたくしは……この街の料理はもちろん、帝国内の食事事情に関しても、それなりに詳しいと自負しております。ですが、このような食べ方……聞いたこともありません」
そうなの?
ケーキはあるんだから、似たような料理はありそうだけど。
「スキルだけでなく料理まで……。シュート様は底が知れません。本当に……何者なんでしょうね」
そう言ってアザレアさんが怪しくほほえんだ。




