第69話 駆け引き
「アザレアさんがどれだけ俺を買っているか分かりませんが、ご存知のように俺は無知なので、勉強しなくては合格できませんよ」
「それで教習所に入ろうと?」
「ええ、それが学ぶには一番手っ取り早いですよね」
そして、ついでに宿の手配も出来るのなら大助かりだ。
俺がそう言うと、アザレアさんは少し考え込む。
「……畏まりました。それではそのように手続きさせていただきます」
「お願いします」
これで、試験日までの心配はなくなったと。
「それではこれ以上質問がないようでしたら、早速宿へとご案内いたしますが?」
そうだなぁ。
他にも職業の話とか、冒険者の依頼や活動に関しても詳しく知りたいが……それは講習のときでいいだろう。
そうなると、あと聞きたいことは……そうだっ!
「じゃあアザレアさん。最後にもうひとつだけ聞いてもいいですか?」
よく考えたら、俺はこの人がどんな人か知らない。
最初はただの受付嬢かと思ったけど、こんな部屋を自由に使えて、ケーキまで準備できる。
観察眼のスキルを持っていて、しかも仕事もすごく出来る。
下手したら、かなり立場が上の人なんじゃないか?
まさかギルマス? ……いや、さっきの話だとアザレアにも上司がいるみたいだし、トップではないようだ。
それにアザレアさんはどう見ても20代だし……受付嬢のトップくらいの立場なのかもしれない。
正直興味があるので教えてくれると嬉しいのだが……
「シュート様。考えてみれば先程からシュート様ばかり質問して不公平だと思われませんか?」
だがアザレアさんは俺が質問を言う前にそんなことを言いだした。
さっき自分で質問はって聞いたくせに、何を言い出しているんだ?
「……いや、全然。だってアザレアさんは俺の質問に答えることが仕事でしょ?」
「むぅ。確かにそうですが……」
俺の正論にアザレアさんが少しむくれる。
……へぇ。そんな顔もするんだ。
今までのクールな感じとギャップがあって、より可愛く見える。
いや、アザレアさんのことだから、これも計算かもしれない。
「そうです! わたくしはギルド職員として、受験者のことを知らなくてはなりません。ですので、シュート様のことをお聞きしても何の問題もございませんわ!」
アザレアさんは名案だと言わんばかりに、パンっと手を叩く。
普段は絶対に受験者の話なんて聞いてないだろうに……というか、さっきまでとキャラが全然違うんだが……どういうことだ?
突っぱねてもいいが、多分俺が質問に答えないと、アザレアさんも答えてくれないんだろうな。
「仕方ないですね。それで……アザレアさんは何が聞きたいんです?」
「よろしいのですか! それではシュー……」
「あっ、スキルのことと、ナビ子のことは話しませんよ。それ以外でお願いします」
「………………」
アザレアさんが固まる。
どうせそんなことだろうと思ったよ。
「あれっ? 質問しないんですか? じゃあ俺の方が質問しますね。えーっと、アザレアさんって……」
「わたくしのことに関しては、業務と関係ございませんのでお答えいたしません」
「………………」
先に言われてしまう。
どうやら俺が質問したかったことを事前に察知していたようだ。
だからこんな事を言いだしたんだな。
自分のことが知りたければ、俺のことをもっと教えろと。
そういう取引を持ちかけたというわけだ。
どうせアザレアさんには今後もお世話になる。
それにスキルもある程度バレているし……召喚と称してラビットA辺りを見せてもいいかもしれない。
だが、今ここで俺の方が先に折れて話をすれば、今後俺はアザレアさんに頭が上がらなくなりそうだ。
要するにこれは、今後どちらが立場が上になるか試されていると言ってもいい。
……向こうはどう思っているか分からないけど。
「………………」
「………………」
お互い見つめ合う。
向こうから交渉を持ちかけないところを見ると、もしかしたら俺と同じ考えなのかもしれない。
「アザレアさんって、最初は親切で素敵な職員さんだと思ってたんですけど、そうでもなかったんですね」
「シュート様こそ最初の田舎者風が見る影もありませんよ。もう猫被らなくてもいいのですか?」
「………………」
「………………」
どうやら一歩も引かないようだ。
というか……そうだな。
今の状況で世間知らずの田舎者って設定は無理があるよな。……間違ってはいないんだけどなぁ。
「まっ俺は別にアザレアさん本人から尋ねなくても、他の人から聞けばいいだけなんですけどね」
「わたくしがその気になれば、冒険者試験の合否を操作することも容易いです」
「あっ、それズルい」
「シュート様こそ、乙女の秘密を他人から聞こうとするのはマナー違反です」
「乙女って……」
「何か?」
ギロッと睨まれる。
こぇぇ……今までで一番ドスの効いた声だったぞ。
「……まぁ乙女かどうかはともかく、女性の秘密を本人の許可なく聞き出すのは良くないな。うん」
「……少し微笑んだだけで、鼻の下を伸ばす女性に免疫のない方でも、試験に不正を働くのは間違っておりました。先程の言葉は訂正させていただきます」
「………………」
「………………」
ちょっとした皮肉には皮肉で返してくる。
本当に手強い。
「そもそも俺を落としたら、ギルドにとって損になるって話じゃなかったっけ?」
「その場合はギルド職員として雇ってあげますよ。それなら似たようなものでしょう」
「いやいやいや、職員になるつもりはこれっぽっちもありませんから」
「そうですか? 冒険者よりも定職の方が収入が安定していてモテますよ?」
……冒険者ってモテないのか?
いや、恋人を作る気ない俺には関係ない……けど。
「………………」
「………………」
もう本当にお互い意地になってるな。
話がもうかなり離れてしまったし……これ以上はもう無理だろ。
「……はははっ」
「……ふふふっ」
そして同時に笑い出す。
「引き分け……ですかね」
「そのようですね。本当に……本当にシュート様は素晴らしい。わたくし、こんなに素敵な会話をしたのは初めてでございます」
俺も……本当に楽しかった。
「えっ? なになに? どういうこと?」
そして意味が分からずに戸惑いを見せるナビ子。
当事者以外から見たら、俺達の会話は険悪に見えただろう。
それが同時に笑って、険悪な雰囲気がいきなり霧散した。
意味が分からないのも当然か。
流石にアザレアさんの前で説明すると、面倒なことになりそうなので、後で教えてやると言って、ナビ子を納得させた。




