第67話 悪寒の正体
「簡単にご説明させていただきましたが……いかがだったでしょうか?」
「いやぁ非常に分かりやすく……そして面白かったです」
正直、ケーキとか出してきたから、アザレアさんのことを少し胡散臭く思っていたのだが……気がついたら話に聞き入っていた。
冒険者ギルドから冒険者支援ギルドへの変化……この世界の歴史なんて全く知らない俺としては、物語を聞いているみたいで本当に面白かった。
まぁアザレアさんが説明上手だったのもあるけど。
「ただそこまでして……冒険者支援ギルドって経営が成り立ってるんですか?」
税とか、各種割引とか……冒険者の肩代わりに支払っているんだろ?
それに教習所の運営や、受講生の費用まで持っているとか……そんなんで、冒険者支援ギルドはちゃんと成り立っているのか?
まぁこの建物を見る限り、稼いでいるようには見えるけど。
俺の素朴な疑問にアザレアさんは少し驚いた表情を浮かべる。
「……わたくしの話を聞いて、一番気になるところがそこですか?」
「えっ一番というか……どうやって運営しているかは確かに気になりますね」
何となく口に出てしまっただけで、別に一番というわけではない。
「国……といいますか、ライラネートの領主様に入市税や滞在税の代わりとなる固定の税を納めております」
アザレアさんは俺の疑問にもちゃんと答えてくれた。
それによると、冒険者の出入りや滞在者数に関係なく、毎月固定の税を納めるという契約になっているようだ。
宿屋に関しても同様に、毎月固定の金額の支払いと、受講生に関しては、掃除や力仕事など、多少の労働を行うことで、人件費の削減に貢献している。
それから装備品のレンタルは、ちゃんとした製品ではなく、鍛冶屋から問題のある武器を安値で卸しているそうだ。
問題のあると言っても、見習いが練習で作った武器などで、この辺りのモンスターを退治するには問題ない性能らしい。
まぁレンタルはお金のない初心者や駆け出しが借りるものなので、性能が良いものは自分で稼げるようになった後に普通に購入してくれってことらしい。
「一見支出が多いように見えますが、結果的に冒険者の皆様が数多くのモンスターを倒すことで、ギルドの売上にも繋がりますから」
「へぇ。色々と考えられていますね」
装備のレンタルとか、本当にすごいと思う。
鍛冶屋にとっては売り物にならない廃棄品が、安くても販売できて、しかも使用感なども分かれば言うことなしだろう。
それに壊れたところで被害額も少ないだろうし。
レンタル料がいくらか分からないが、下手したらそれだけで儲けが生じるのかもしれない。
「……今の説明で理解できたのですか?」
「ええ。分かりやすい説明でしたから」
何をそんなに驚いているんだ?
今くらい分かりやすい説明なら、誰でも分かるだろ。
「……それで、シュート様は冒険者になることを希望されておりましたが、教習所に入るのではなく、試験を受けるということでよろしいでしょうか?」
驚いていたようだが、気を取り直してアザレアさんが話を戻す。
う~ん。
本当ならすぐに冒険者になりたいところだけど、学科試験がなぁ。
全く勉強してないし、そもそも文字が読めても書けない。
それに……アザレアさんの真意が分からない。
多分、さっきの説明でも分かるが、彼女は相当賢い人だ。
知識も豊富な上に、頭の回転も早そうだ。
そんな彼女が俺をここに連れてきた理由。
本当にナビ子に興味があるだけか?
場合によっては、やっぱりここを出て、他のギルドへ行ったほうがいい。
「アザレアさん。何故この部屋に俺を連れてきたんです?」
回りくどいことはせず、正面から聞いてみることにした。
「先程のお話をするため……では説明になりませんか?」
「確かに落ち着いて話が出来る場所で……という話でしたが、それでも冒険者ですらない世間知らずの田舎者をこの部屋には通さないですよね? しかもケーキまで出して持て成すなんて……あっケーキはすごく美味しかったです」
毒とか眠り薬とか入ってないか少し疑ったが……もし何か盛られても大丈夫なように、キュアの魔法をいつでも発動できるようにしていた。
――――
キュア【光属性】レア度:☆☆
光属性の治癒魔法。
対象の状態異常を回復する。
――――
カード1枚消費するが、量産可能になった今ではそこまで勿体ないわけではない。
実際は特に何も入ってなく杞憂だったが。
本当に美味しくて、2個とも食べてしまった。
考えてみたら、この世界に来てお菓子の類は食べてなかったもんなぁ。
甘いものに飢えていたんだと再確認してしまった。
……後で甘いものが作れないか、確認してみよう。
「お口にあったようで何よりです。……確かにこの部屋に冒険者志望のお方をお通しするのはシュート様が初めてです」
やっぱり。
「どうして俺なんかをこの部屋に?」
「それは……シュート様に興味があったからです」
こんな美人に面と向かって興味があると言われれば、ドキッとしてしまう。
……それが言葉通りの意味だったらだけど。
「どうせ本当に興味があるのは、ナビ子の方ですよね?」
「確かにナビ子様にも興味があります。ですが……それ以上にシュート様に興味がありますわ」
えっ……今度こそちょっとドキッとする。
もしかして男性としての俺に興味が?
アザレアさんは美人だし、何より好みだから素直に嬉しいんだが?
「シュート。鼻の下が伸びてるよ。彼女は要らないんじゃなかったの?」
ナビ子がボソッと呟く。
ほっとけ。
彼女は要らないけど、美人に興味を持たれるのは別の話だ。
別に何も期待してないが、単純に男として嬉しいじゃないか。
「ふふっ本当に仲がよろしいのですね」
そう言ってアザレアさんが笑う。
今のナビ子の声が聞こえていたようだ。
鼻の下が伸びてるなんて本人に聞かれるとか……めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!?
「わたくしがシュート様に興味を持ったのは……シュート様のように才能溢れた方はみるのは初めてだったからです」
はいはい。
才能ですか。
男としてじゃないのは分かっていましたよ。
チクショウ。
「俺みたいな世間知らずの田舎者に才能なんてありますかね?」
俺は少しだけやさぐれながら言う。
「ふふっご謙遜を。確かにシュート様はあまり世間の常識を知らないようですが……とても聡明な方です。先程のわたくしの話を全て理解できたことからもそれが窺えます」
「それはアザレアさんの話が分かりやすかっただけですよ」
「わたくしはこれまでに何度か同じ説明をしてきましたが、ギルドの経営に関する質問をされたのはシュート様が初めてです。そもそも、無教養で村から冒険者になるために訪れた若者は、先程のわたくしの話を半分も理解できませんよ」
半分もって、大げさな……と、思わなくもないが、義務教育がないから、村人全体が小学生レベルなのか。
だとしたら、目先の話だけで試験のことなどに注意しがちか。
あまり学はないけど、一応大学までは行ってるから、それと比べると賢く見えるかもしれない。
「でもそれってこの部屋に来てから分かったことですよね? この部屋に通した理由ではないはずです」
今までの話は説明を聞いてからの話だ。
「それは先程も申し上げましたように、シュート様が才能に溢れた方でしたので……まだ冒険者になられていない方で、ここまで意識の高い方は初めてお会いいたしました」
どうやら誉められているようだが……
「意識の高い……ですか?」
特にギルドに来てから何もしてないと思うが……というか、意識高い系って言われてるようでなんかやだな。
「その若さでスキル妨害と魔力妨害をお持ちの上、スキルを9つもお持ちとは恐れ入りました」
「!?」
俺は激しく動揺した。
俺のスキルを知っている!?
いったい何故……あっ、もしかしてあの悪寒。
あれは妨害スキルを突破された悪寒だったんじゃ。
そして、この人は鑑定系のスキルの持ち主だった?
あの時、もしかしたら俺が反応したから話しかけたんじゃ?
「俺が慌てている理由を知っていて『どうしましたか?』は人が悪くないですか?」
「申し訳ございません。あの時はまさか気づかれるとは思いませんでしたので……」
やっぱり気づかれたから慌てて話しかけたけど、本当は話しかける気がなかったんじゃないか?
それにしても……調べたことに謝罪じゃなくて、気づかれたことに謝罪をするんだ。
「やはり鑑定系のスキルですか?」
「ええ、わたくしは観察眼のスキルを所持しております」
アザレアがあっさり白状する。
看破が発動してないから嘘ではない。……防がれていたらわからないが。
でも……これだけあっさりしているってことは、多分このギルドで普通に公表されている情報なんだろう。
観察眼……知らないスキルだ。
「……効果を聞いたら教えてくれます?」
「観察眼は鑑定系の最上位スキルで、対象の情報を知ることの出来るスキルです」
これもあっさり答える。
多分、調べればすぐに分かるスキルなんだろう。
最上位スキル……おそらく星4以上のスキルだな。
星3の妨害スキルが効かないはずだ。
「本来、観察眼は相手に知られることなく観察できるはずなんですが、気づかれていたとは……流石でございます」
「……見られた時点で流石でも何でもないよ。んで、俺のスキルを見たから、ここに連れてきたってことですか」
「ええ。ベテランの冒険者の方ですと、手の内を明かさないように、妨害系スキルを発動させる方は少なくありません。ですが、シュート様は明らかにまだ冒険者ですらないご様子でしたので……」
だから意識高いってことか。
「アザレアさんはいつもあそこで入ってきた人のスキルを確認しているの?」
「いいえ。わたくしが確認するのはこのギルドに初めて来られた方で、気になる方のみです。シュート様はナビ子様を連れていたので、どのようなスキルを持っているか、興味がございました」
要するにナビ子を手懐けているのは、特別なスキルのお陰だと判断したってことか。
「あまり人のスキルを覗き見するのはいい趣味とは言えないと思いますが……」
俺がそう言うと、アザレアさんは一瞬だけばつの悪そうな表情を浮かべた。
「確かに仰る通りですが、初めていらっしゃる方が問題を起こさないか確認するのもわたくしの仕事でございます。それに、シュート様のようなおもしろ……将来有望な方を逃さないようにするためにもですね」
本当にばつの悪そうな表情は一瞬だけで、その後アザレアさんは怪しく微笑む。
というか、今この人俺のこと面白そうって言おうとしなかったか?
……こりゃ厄介な人に捕まっちゃったな。




