第52話 交渉
「ゴ、ゴブリンを倒したじゃと!?」
「君が倒したのか!? じい様じゃなくて?」
驚きのあまり、固まっていた二人だったが、我に返るとすぐに俺に詰め寄る。
俺は例のごとく、真実ではない当たり障りのないでっち上げで誤魔化した。
じいさんが死んだため、外の世界を見ることを決意した俺は、生前じいさんが話してくれた冒険者になろうと思った。
そこで山で力試しをしていると、今までいなかったゴブリンがいた。
俺は力試しにちょうどいいと思って、ゴブリンを全滅させ、自信をもって山を下りた。
……とそういうことにした。
うん、中々上手く話を作れたと思う。
「にわかに信じられん」
「じい様ならともかく……君が一人でゴブリンを全滅などと言われても……」
やはり言葉だけでは信じてもらえないようだ。
俺は証拠としてカバンから解体済みのゴブリンの角を出して見せた。
まだ全部解体が終わったわけではないので、30個程しかないが。
「たっ確かにこれはゴブリンの角!! まさか本当に……」
「俺はじいさんから色々学んできましたから……」
「なるほど。頼りない見た目でも祖父の力を引き継いでおるようじゃの」
……頼りないは余計だと思う。
というか、もうじいさんって言葉を出せば何でも信じてくれるような気がするぞ。
「いや、まだだ村長。角だけでは証拠にならん」
どうやらロランさんは村長のように甘くはないようだ。
「他の素材はないのか?」
他に……か。
他のゴブリンの素材は睾丸と魔石だけ。
「ありますよ」
とりあえずゴブリンの魔石を取り出す。
「これがゴブリンの魔石ですね」
俺はそう言って、20個ほどゴブリンの魔石を取り出した。
「……すまんが、儂にはこれがゴブリンの魔石か分からん」
「うむむ……」
ゴブリンの魔石といっても、見た目は宝石のような石っころでしかない。
鑑定のスキルでもないと、何の魔石かは分からないだろう。
もちろんロランさんにも分からないようだ。
「あとは……薬の材料となる睾丸と、解体前のゴブリンの死体ですかね」
「ゴブリンの死体があるのか!? それを早く言ってくれ!!」
あっ確かに……死体が一番の証拠だな。
「すでに半分以上は解体しているので、残っている死体は半分――40くらいですが……」
「して、その死体はどこにあるのだ?」
……どうしよう?
ここですぐに死体を出してもいいけど……収納スキルとかってレアなスキルなのかな?
「えっと……俺が住んでいた場所にあります。一応、解体が終わるまでは野生のモンスターに食い漁られたりしないように保存してありますから、ちゃんとゴブリンの死体だと分かると思いますよ」
こう言っておかないと、何でゴブリンの死体を保存しているのか疑われてしまうもんな。
「……冒険に出るために山を下りたのに、山に死体を残してきたのか? しかもわざわざ保存して?」
あっ……そういえばそうだ。
「俺はまだ何も知りませんからね。それに無一文だし。今回は人を見つけて話を聞くことを優先したんですよ。お金の稼ぎ方とか、ゴブリンや山のモンスターの素材が売り物になるか……もし売り物になるなら、一旦解体するために山へ戻って、冒険に必要なものを買ってから冒険に出るつもりだったんですよ」
我ながら苦しい言い訳だが……
「ふむ……それで、半分ほど見本で持ってきたというわけだな」
おおっ何とか言い訳が通用したみたいだぞ。
「そ、そうなんですよ。それがまさかじいさんのことを知っているとは思わず……」
「なるほどのう。では、必要なものと言ったが、そなたは何が欲しいのじゃ? もしゴブリン退治が事実で、死体や素材を頂けるのなら、この村で用意できるものはこちらで用意しよう」
必要なもの……か。
正直この村で欲しい物なんて……
「あっアタイ欲しい物があるよ。えっとね~欲しいのは馬車かな! 馬車があったらゴブリンの死体も載せることが出来るし、旅には必需品だと思うの」
おっいいぞナビ子。
確かにここで馬車が手に入れば、これからの旅が一気に楽になる。
まぁ馬車とゴブリンの素材が釣り合うとは思えないが……
案の定、ナビ子の言葉に村長が渋い顔をする。
やっぱりボッタクリすぎだよなぁ。
「馬車か……もし、ゴブリン退治が事実なら、そなたらはこの村の新しい恩人じゃ。恩人の頼みなら手配したいところじゃが……少し難しいのう。とはいうのも、実は先日この村の馬がモンスター化しての……馬に余裕がないのじゃ」
「モンスター化!?」
「知らぬか? 家畜などの動物は、ごく稀に体内で魔石が精製され、モンスターとなるんじゃ。この村の馬もワイルドホースになってしもうての。暴れ馬になってしもうては村の仕事が出来ぬゆえ、仕方なく潰したのじゃ」
俺が驚いたのはモンスター化することだと勘違いした村長。
だけど俺が驚いたのは、ここにワイルドホースがいたということだ。
「そっその……ワイルドホースの魔石って残ってます?」
「見たいのか? 少し待っとれ」
村長はそう言うと席を立った。
数分待つと村長は魔石を抱えて戻ってきた。
「これがそうじゃ。この村には2ヶ月に一度行商人がやってくるでの。その時に売ろうと思うておったのじゃ」
「大きい……」
その魔石は野球ボールくらいの大きさだった。
俺が今まで見た魔石は基本的に石っころくらいの大きさで、一番大きなワイルドボアの魔石でもピンポン玉くらいの大きさだった。
「ほっほっほ。魔石はモンスターの体や力によって大きさが違うから、ゴブリンの魔石よりは大きいのう。儂も見たことはないが、噂では帝都のオークションに掛けられたドラゴンの魔石は50センチはあったそうじゃ」
50センチ……魔石だけでキラーホーネットと同じくらいの大きさってことか。
本体はどれくらい大きいんだ?
めちゃくちゃ気になるが……っとと、今はドラゴンの魔石よりも、馬の魔石だ。
「あの……その魔石、譲っていただけませんか? もちろんタダでとはいいません。お金……は持っていませんが……」
「ふむ……先程も言ったが、もし本当にそなたが山のゴブリンを全滅させたのであれば、素材や死体と交換で良い」
「本当ですか!?」
「うむ。じゃが……魔石で良いのか? 旅に必要な物がいるのではなかったのか?」
その魔石が一番旅で必要……とは言えないよなぁ。
「実は俺……モンスターの研究をしてまして、魔石を使って研究しているんですよ。旅に出るのだって、色々なモンスターの魔石を手に入れるのが目的なんです。だから……ゴブリンの死体も魔石だけは抜き取らせてもらってもいいですか?」
「ふむ。研究とな……どんな研究か聞いても儂には分からんのじゃろうな。よかろう、別にこの魔石は行商人に売却予定じゃったし、ゴブリンの魔石ははした金にしかならん。魔石なしのゴブリンの死体と素材で交換しよう」
「ありがとうございます! じゃあ今すぐ取ってきますね」
俺はそう言うと席を立つ。
「こっこれ、待つのじゃ!!」
それを村長が慌てて止める。
「そなた……一体どうやってゴブリンの死体を持ってくるのじゃ? 持ち運べないから置いてきたのじゃろう?」
「それは……死体の保存が出来ないから置いてきただけですよ。ただ持ち運ぶだけなら方法はいくらでもあります」
というか、カード化を解除すればいいだけだし。
「それにしても今から戻るのか? もう夜じゃ。今日はこの村で休んで明日の朝出発した方が……」
「いえ、それだと戻ってくるのが明後日になります。だけど今から全速力で戻れば、明日の夕方には戻ってこれます」
時間的にも今から出発すれば、明日の夕方に戻ったとしてもそこまで不思議ではない。
……本当は片道2日かかるんだけどね。
でも村長たちには分からないことだ。
でも、明日の朝出発となったら、流石に日帰りは無理がありすぎる。
ここで無駄な時間は使いたくない。
そういうわけで、俺は一旦この村を出ることにした。




