第51話 村の事情
「村長! 大変だ!」
中に入るなり、ロランさんが声をあげる。
「中から見ておったから分かっておる! なんじゃあの馬鹿デカいウサギのモンスターは!!」
答えたのは白髪の老人。
この人が村長か。
どうやら窓からラビットAを見ていたようだ。
「いや、大変なのはあのウサギではないのだ」
そう言うと、ロランさんはチラリと俺を見る。
挨拶をしろってことかな。
「初めまして。俺はシュートって言います。山でじいさんと二人で暮らしていました」
「アタイはナビ子! シュートのお目付け役だよ!」
ついでにナビ子まで挨拶する。
お目付け役って言い方はちょっとどうかと思うが。
「妖精じゃと!? それに山のじいさん? それはもしや……」
「ああ、村長。あのじい様のことだ」
ロランさんの言葉に村長の顔が破顔した。
「おおっ!! 確かにかわいい孫がおると言っておった。まさか本当におったとは……一度も連れて来ぬから法螺かと思うておったぞ」
……嘘じゃなくて犬だから連れて来れなかったんだけど。
「して、その本人はどこじゃ?」
どうやら村長は俺がじいさんと一緒に来ていると思っているようだ。
「じいさんは少し前に亡くなりました」
「なっ、なんじゃと!?」
村長はロランさん以上の驚きをみせる。
俺はさっきロランさんに話したことと同じ説明をした。
「……そうか。今回は訪問が少し遅れておるとは思っておったが、まさか死んでおったとは……うむむ」
村長は難しい顔で唸る。
ロランさんも言ってたけど、かなり大事のようだ。
「何が困るんです? ウチのじいさんは半年に一度この村に寄ってただけですよね?」
「ふむ……孫は何も知らんのか」
若干皮肉っぽく聞こえる。
これが本当の孫ならイラッとするところだろうが、会ったこともないじいさんの秘密を知らないところでなんとも思わない。
「そなたの祖父は……この村の恩人なのじゃ」
そう言って村長は、俺とは縁もゆかりもないじいさんの話を語り始めた。
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……老人の話は長いというが、本当に長かった。
1時間くらい話してたんじゃないのか?
外はもう日が暮れている。
家に入る前はまだ夕方たったのになぁ……ラビットAは大丈夫かな?
本当は止めたかったが、一応自分のじいさんって設定だから、あまり興味のないような素振りをするわけにはいかない。
俺は適当に相槌を打ちながら話を聞いていた。
要約すると、かなり昔にこの村をモンスターが襲った。
その時にじいさんがそのモンスターを退治した。
そしてモンスターを退治した後は、山で適度にモンスターを狩っているため、それ以来モンスターがこの村を襲うことがなかった。
ここまでで1時間……戦い方とか、村娘の家出とか本当どうでもいいことばかりだった。
「この村はそなたの祖父の功績を讃え、村の名前をそなたの祖父と同じバランへ変えたのじゃ」
「あっバランってじいさんの名前だったのか」
村の名前にしては、勇ましい名前だと思ったけど……じいさんの名前だったのか。
確かに名前だけでも強者のイメージがある。
「そなた……祖父の名前も知らなかったのか?」
あっつい……しまった……どうしよう。
「俺はずっとじいさんとしか呼んでなかったから……名前は必要なかったんだ」
学校の校長とか……社長の名前とかさ、普段呼ばないから覚えないよね。
これでなんとか誤魔化せないかなぁ?
「だからと言って名前を知らんわけないじゃろ?」
「いやいや、そんなことありませんよ。ほら……村長だって、普段から村長としか呼ばれてなくて、名前を覚えられてないんじゃありませんか?」
「むっ……そんなことはないはずじゃ。のぅ……」
村長がロランさんの方を向くが、ロランはすっと視線を反らす。
……おいおいマジかよ。
「おいロラン。何故儂の方を向かん?」
「気のせいだ……村長」
ロランさん……本当に村長の名前を知らないのかよ!?
あっ……村長が寂しそうに俯く。
心なしか涙を堪えているようにもみえる。
「……そなたの祖父はモンスターを退治した後、山に住むことになった。俗世から離れて暮らしたいとのことじゃったし、山のモンスターの間引きもしてくれるようでの。こちらとしてもありがたかった」
うわっこの村長、何事もなかったように話を進め始めた。
……まぁ俺の方も誤魔化せたようなのでよしとしよう。
「山で暮らし始めた後も、半年に一度は顔を出し、山の報告と……この村に異変がなかったか心配してくれていたのじゃ」
ああ、ただ野菜を交換に来ただけじゃなく、様子を確認していたのか。
何か……話を聞く限りだと、めちゃくちゃいいじいさんじゃね?
「……じいさんはそんな話を全然しなかったです」
「うむ。あの御仁は寡黙だったからのう。自分のことを話さぬであろうな」
寡黙だけど、実は優しい……何だかじいさんじゃなくて、おんじって呼びたくなるな。
「でも……じゃあじいさんが死んで大変ってのは……」
「うむ。あの山のモンスターを管理するものがおらんようになったということじゃ」
……それって、今までじいさん一人に頼っていたツケが返ってきただけじゃないか。
「そなたの祖父がまだ山に住む前は、この村で定期的に山狩りを行っておった。じゃから、それを再開すればよいのじゃが……ひとつ問題があってのう」
あっ一応やる気はあるのね。
「問題……ですか?」
なんだろう……この村には若い男が一人もいないとか?
いやいや、ここにたどり着くまでにも男性はいた。
それにあの山には強いモンスターはいない。
精々ワイルドボアくらいか?
「時に……そなたはずっとあの山に住んでおったと言うとったが、ゴブリンというモンスターは知っておるか?」
「そりゃあ知ってますが……」
ってか、ここでゴブリンの話をするってことはまさか……
「実は少し前に、あの山にゴブリンの群れが入っていくのを見たものがおるのじゃ。1体や2体ならば我らでもどうにかなるのじゃが、群れとなると我らではどうにもならぬ」
やっぱりホブA達のことだ。
「本当にゴブリンの群れが移り住んだのであれば、この村の崩壊の危機じゃ。早急に最寄りの街へゴブリン退治の依頼をして退治してもらわねばならん」
そりゃあそうだろう。
「じゃがの……どういうわけか、それ以来誰もゴブリンを目撃しておらぬ」
まぁゴブリン達はアンブロシアを餌に、慎ましく生活してたからな。
山に入らない限り、目撃することはないだろう。
「街へゴブリン退治の依頼する場合は、確実にゴブリンがいることが条件となる」
「そうなんですか?」
結構不確かな情報って多そうなイメージだけど。
それに、移動している可能性とかもあるんだし……
「不確かな場合は別途調査費用が掛かるでの。料金が倍かかるんじゃ」
若干言いづらそうに村長は言う。
あっそういうことね。
まぁ見るからに貧乏そうな村だもんな。
「この村には倍の依頼料を払う余裕はない。かといって、我らが調査をするのも……この村には探知系のスキルを使える者がおらぬのでな。あの山からゴブリンに見つからずに調査をするのは難しいんじゃ」
俺も気配探知を持っているナビ子がいなかったら、ゴブリンに見つかって死んでいただろうから、その気持ちはよく分かる。
「そこで、そなたの祖父に山の状況を聞きたかったんじゃ。じゃが……訪ねようにも、我らはそなた等が山のどの辺りに住んでおるかも知らん。じゃから、そなたの祖父がこの村にやって来るのを待っておったのじゃ。普段であれば、もう来てもおかしくはない時期じゃからな」
だけど、中々来なかったと。
「あの御仁がゴブリンに遅れを取るとは思えぬ。じゃが相手はあまりに多勢。万が一もあるかと思うて心配しておった。ところが……」
「じいさんは既に死んでいた……と」
「……そなたの祖父は本当に寿命じゃったのか? ゴブリンに殺されたのではないか?」
それ……確かに疑いたくなるよな。
「じいさんは本当に寿命ですよ。……でも、ゴブリンはいましたよ」
俺がそう言うと、二人が身を乗り出して俺に詰め寄る。
「なんと!? そなたはゴブリンを目撃したのか!?」
「ゴブリンは何体いた!? 本当に群れなのか?」
「ちょっ!? ちゃんと説明しますから落ち着いてください」
「「うっすまん」」
二人は椅子に座り直す。
それを確認して俺は説明を始めた。
「ええ、最近まで100体以上のゴブリンが山の洞穴で生活をしてましたよ」
「ひゃっ100体!? そんなにおるのか!」
「きみっ! その数は確かなのか? 本当に100体を見かけたのか?」
「もちろんです。だって……全部倒しましたから」
あっ二人が固まった。




