第50話 バランの村
「じい様の孫である君を村に入れるのは歓迎だが、その……」
門番の目がラビットAとナビ子へと向く。
「そのウサギはモンスターだよな? ホーンラビットにしちゃ、随分と大きいが……それからこっちは妖精……なのか? 妖精なんて初めて見るが……モンスターじゃないよな?」
「きゅきゅっ!」
「アタイはナビ子。電子妖精だよ。よろしくね、おじちゃん」
俺が何か言う前に、ラビットAとナビ子が元気に答える。
それを聞いて、門番がうっと怯む。
どう反応していいか困っているようだ。
それともラビットAの可愛さに悶絶しかけたのか……ナビ子がおじちゃんと言ったことに怒っているのかな?
「この子は俺が小さいときからずっと一緒にじいさんと暮らしていたんです。そしたらいつの間にかこんなに大きくなって……モンスターかもしれないですけど、俺の言うことはちゃんと聞きますし、人を襲うようなことはしませんよ」
「きゅきゅっ!」
ラビットAがその通りだと鳴く。
「そっそうか。ホーンラビットも成長するとそんなに大きくなるんだな」
ホーンラビットじゃないと説明した方がいいかな?
いや、マジックラビットという種族を知らないかもしれないし、面倒なので、別に正す必要もないか。
「こっちのナビ子も似たようなものです。結構物知りなので、助かってますよ」
「以前、じい様が妖精に会ったことがあると言っていたが……事実だったのだな。電子妖精という種族は知らんが、人と仲良くする妖精は珍しいな」
じいさん……妖精にも会ったことがあるのかよ。
どうやらナビ子をその妖精と勘違いしているようだけど……
「妖精と人間が仲良くするのは珍しいんですか?」
この人さっき妖精に初めて会ったと言ってたけど……うわさ話とかで聞いたことがあるのかな?
「ああ、話に聞いたことのある妖精はイタズラ好きで、決して人前には現れないと聞いたことがある。あれは……何の妖精だったかな?」
イタズラ好きの妖精か……ナビ子のような、なんちゃってじゃない本物の妖精にも会ってみたいな。
まぁイタズラは勘弁してほしいけど。
「アタイはイタズラなんかしないよ!!」
……本当に~?
「ははっ、そんなに人懐っこい妖精がイタズラなんかしないことは十分に分かっているよ」
「おっおじちゃん。話がわかるね~」
この人……意外といい人っぽいよな。
「えっと……もしモンスターや妖精が村に入るのが無理なら、外で待たせときますが?」
「きゅびぇ!?」
「えっアタイも!?」
ラビットAとナビ子が大袈裟に驚く。
ラビットAは返還でカードに戻ってこれるし、ナビ子だって俺から――というより旅のしおりから離れると、自動的に戻るだろうが。
「……実害はなさそうだし、じい様の孫の従魔なら問題ないだろう。それよりも、ここに置いていった方が実害がありそうだ」
俺と離れると暴れると思われたようだ。
というか、じいさんの孫ってだけで信頼されすぎじゃね?
「俺……じいさんの孫って証明できるものがなにもないけど、信じてくれるんですか?」
俺が言うのもなんだが、ちょっと信じすぎじゃね?
「なぁに。じい様のことを知っているだけで証明になる。じい様があの山で暮らしていたことも、孫がいたことも知っている人はこの村の人間か、本人くらいのものだからな」
なるほ……ど?
確かにそうかもしれないけど、結構ありきたりな作り話だと思うぞ?
……もしかしたら、そういった嘘とかすらないくらい平和な村なのかもしれない。
もしくは油断したところで村全体で俺を殺ろうと……ないとは思うけどね。
まぁ揃って村に入れるならそれでいいや。
「そういえば村に寝泊まりできる宿とかあります?」
流石に一軒家や個室を使うわけにもいかないから、宿屋に泊まりたいのだが……あまりよそ者がやって来るわけでもなさそうなので、宿屋とかはなさそうだ。
「それなら心配しなくても空き家がある。二ヶ月に一度、やって来る常連の行商人しか利用しないので、何も置いてないが……寝泊まりには問題あるまい」
屋根がある場所なら何もなくても問題はない。
今日はそこに泊まって……村の人と話をしたら明日には出ていこう。
ボロが出ないうちにね。
「だが君にはまずこの村の村長に会ってもらいたい」
「村長にですか?」
なんだろう?
よそ者は村長に挨拶するしきたりでもあるのかな?
「うむ。村長にじい様が亡くなったことを伝えて欲しい」
あ~、じいさんの話ね。
……この人は孫の顔を知らなかったけど、村長も知らないってことでいいよな?
「別に俺が伝えなくても、貴方の口から報告すればいいんじゃ……」
正直あんまり大事にしたくない。
「いや、あのじい様が亡くなったとなれば、この村の存続に関わる一大事だ。孫の君から話してもらいたい」
何故半年に一度しか訪れないじいさんが一人死んだだけで、村の存続に関わるんだ?
「……ウチのじいさんが死んでも、この村にはあまり関係ないと思うんですが?」
「それは村長の家に着いてから説明しよう。さあ、こっちだ」
どうやらこの人が村長の家まで案内してくれるらしい。
もしかして、俺はとんでもない人の孫になったんじゃ?
……会ったことはないけど。というか、まだ山にいるんじゃ?
****
門番に先導されて村長の村へ向かう。
歩きながら簡単に話を聞く。
この門番の名前はロランというらしい。
そしてこの村の名前はバランの村。
随分と勇ましい名前だ。
村は客が珍しいのか、遠巻きにチラチラ見られる。
……いや、俺じゃなくてラビットAを見ているようだ。
特に子ども達はラビットAを見てスゲーと目を輝かせていた。
自分たちよりも大きいウサギなんて見るのは初めてだろうから無理はない。
中にはこちらに近づこうとして親に引き止められていた。
もし子どもだけだったら今頃囲まれていたかもしれない。
「よし、着いたぞ。ここが村長の家だ」
村長の家は村の一番奥にある、キャンプ場にあるログハウスのような丸太でできた建物だった。
というか、この村全てが同じような木造の建物しかない。
その中でも村長の家は一番大きい……が、正直少し期待はずれだった。
この世界は魔導列車があるくらいだから、もっと発展してそうな雰囲気だったんだが……ここが村だからか?
「すまないが、この子を家の中へ連れて行くことが出来ないが……構わないか?」
「きゅう~ん」
ラビットAが寂しそうに鳴くので、ロランさんがうっと怯む。
まるで捨て犬を拾うか悩んでいるような光景だ。
「分かってます。この子は外で大人しくさせときます」
「きゅう~ん」
ロランさんには効いたが、流石に慣れている俺には通用しない。
それに元々最初からラビットAは外で待機させる予定だった。
「じゃあ大人しくしてるんだぞ。……子どもをいじめちゃ駄目だからな。我慢するんだぞ」
唯一気になるのは、今も遠巻きで村人が俺たちを見ていること。
今も親に止められているけど、このままだと絶対に隙をついて接触してくるだろう。
もし近づいても、撫でたりするくらいなら別に問題ない。
が、子どもは加減をしらないから、叩かれたり、毛をむしられたりするかもしれない。
もし石を投げられたりしたら、ラビットAも怒るかもしれない。
それで怪我をさせてしまうと、いくらラビットAが悪くなくても関係ない。
その時点で周りが敵になってしまう。
「きゅうう」
ラビットAが不安そうに俺を見る。
ラビットAも分かっているようだが……それでも不可抗力というものがある。
仕方ない。俺はロランさんにそれとなくフォローしてもらうことにした。
「あのー、この子は普段は大人しい子なんですけど、流石に叩かれたり、石を投げられたりしたら暴れちゃうかもしれません。優しく撫でたりする分には問題ないんですが……」
そう言って、ちらりと子どもたちを見る。
ロランさんは俺が何を言いたいか理解してくれたようで、なるほどと頷く。
「分かった。少し待ってくれ」
ロランさんは子どもたちの方に近づき、話し始める。
……少し時間がかかりそうだな。
よし、今のうちに……俺はナビ子に問いただすことにした。
「おい、じいさんってただの設定じゃなかったのか?」
実在するなんて聞いてないぞ。
「あそこには元々おじいさんが暮らしていたの。そして亡くなっちゃったから、これ幸いと、元の家を処分し、シュートを召喚したの」
あっじいさんが死んだのは事実なのか。
なら、現在あの山にじいさんはいないってことに……不謹慎かもしれないが、現段階で誰にも迷惑が掛からないのはよかった。
というか、俺が住んでいた場所が、本当にじいさんが住んでいた場所と。
あの家はじいさんが死んだ後に建て直した……というよりも、俺がやって来る時に一緒に準備したみたいだな。
……なんか都合良すぎじゃね?
「まさかあそこをスタート地点にしたいがために、そのじいさんを殺したってことは……」
だとしたら運営のことを信用できなくなってしまいそうだ。
「それはないよ。ただスタート地点にふさわしいと思っていたから、おじいさんをモニタリングしていただけ。仮におじいさんが生きていたら、シュートは山で迷った設定で、おじいさんから色々とお話を聞くようになってたよ」
ナビ子の話だから嘘ではない……と。
なるほど、一応じいさんが生きていたパターンも用意されていたのか。
まぁその場合は一軒家がなさそうだな。
そう考えると、じいさんには悪いが、今のパターンが最善だったと。
「でも……じゃあ孫の話は?」
まさか孫も死んだなんて言わないよな?
「それなんだけど……運営がモニターしている間、お孫さんがいた様子はないんだよ。いたのはペットの犬だけ。犬といってもモンスターだけど。ただ随分と可愛がっていたみたいだよ」
「ってことは、孫ってのは犬だったってことか?」
独り身の老人の唯一の家族がペットの犬だったと。
確かにそれなら孫のように扱っていたのかもしれない。
「多分そうだと思うよ。でね、その犬が寿命で死んじゃってから、おじいさんは一気に老け込んじゃってね……」
その唯一の家族が死んだから、生きる気力がなくなって老衰……か。
寂しいけど、有り得る話だ。
「きゅきゅ!」
急にラビットAが鳴く。
見るとロランさんが子どもを連れて戻ってこようとしていた。
ラビットA……随分と気が利くじゃないか。
「すまん。少し待たせたな」
ロランさんの言葉にいいえと返事する。
「ねぇ!! 本当に触っても平気なの?」
小さな女の子が元気よく尋ねる。
どうやら近づくなと説得するんじゃなくて、優しく接するなら触ってもいいと言ったようだ。
まぁ絶対に近づくなと言ったら、逆効果になりそうだし、賢い判断だと思う。
「ああ。叩いたり、無理やり引っ張ったりしなかったら大丈夫だ。……そうだっ!」
俺は背負っていたリュックからニンジンを取り出す。
別にリュックなんて必要ないんだけど……周りの目を誤魔化すために背負っている。
このリュックの中でニンジンを解放した。
別に解放でエフェクトなんて存在しないから、カードになっていたなんて気づかれない。
「この子はこれが大好物だから……食べさせてあげるといい」
俺は5本ほどニンジンを取り出す。
少し多い気もするが、ラビットAのご褒美だと言うことにしよう。
「わーい! ありがとう!」
女の子が早速ラビットAにニンジンを与える。
「きゅるる!」
ラビットAは喜んでニンジンを食べ、女の子に頬擦りする。
ニンジンが貰えるから、サービスしようと思ったのだろう。
「わあっ! ふふっくすぐったいよ~」
女の子が凄く嬉しそうだ。
それを見た他の子どもたちも、一斉にラビットAに群がる。
……一躍人気者だな。
まぁこれなら安心だろうと思い、俺は門番と一緒に村長の家に入った。




