第48話 移動手段
「しっかし自動車は別にして、真面目な話、足の確保は必須だよな」
ナビ子のお説教が一段落ついたところで、俺はそう言った。
山から一番近い村で半日……しかも、聞くところによれば、その村から隣の村までは、さらに歩いて数日の距離だという。
大きな街に向かおうと思ったら、1ヶ月はみなくてはならない。
正直、移動だけでそんなに時間を使うのは勿体ないと思う。
「そもそも、こっちの世界の人間の主な移動方法は何なんだ?」
まさか歩きってことはないだろう。
そして先程のナビ子の怒りから自動車でもない。
……普通に考えたら馬車かなぁ。
「基本的には馬車が主流かな。行商人とか……大手の冒険者グループなんかは、自前の馬車を持っているみたいだよ」
やっぱり馬車か。
冒険者も自前で馬車を持つ人もいるみたいだ。
「あとこの帝国には、帝都と大都市を繋ぐ魔導列車があるみたい」
俺が今いる国はバルバラート帝国というらしい。
他国と比べても大きな国らしいが……魔導列車まであるのか。
蒸気じゃなくて魔導ってところにロマンを感じる。
「主に物資を運ぶための列車みたいだけどね。大金を払えば乗ることも出来るみたい」
「へぇ。一度は乗ってみたいな」
だけど、今は列車よりも身近な移動方法の確保が急務だ。
「俺の場合はカード化があるから、荷物のことは考えなくていいんだよな」
だから無理に馬車を手に入れる必要はない。
「それって馬車じゃなくてもいいってこと?」
「ああ。足になるモンスターがいればいいだけだろ?」
「まぁそうだけど……だったらカードモンスターに乗ればいいんじゃない?」
「きゅう?」
ナビ子の言葉に、ラビットAが背中を向ける。
……乗る? って言っているようだ。
確かに乗れなくはないと思うが……
「……ラビットAの気持ちだけ受け取っておくよ」
「きゅぅぅ」
なぜそこで残念な声を出すんだ?
流石にウサギに乗るってのは……フカフカして気持ち良さそうだけど、乗りにくそうだしなぁ。
それに人の目も気になる。
ウサギに乗っている姿は格好悪いだろう。
しかし他に乗れそうなモンスターと言えば……レッドボアかワイルドディアくらいか。
――――
レッドボア
レア度:☆☆
固有スキル:猪突猛進、狂戦士
個別スキル:反動軽減、冷気耐性、嗅覚強化
赤く強化されたワイルドボア。
その硬く長い剛毛は生半可な武器では攻撃は通らない。
赤いのは体が活性化している説や、返り血で赤くなった説など多々存在する。
――――
ワイルドボアが進化したレッドボア。
説明文通り、肌の色が赤くなっている。
ゴブリンの巣で見つかった魔石のひとつがワイルドボアの魔石だったので、古参のワイルドボアと合成して進化した。
個別スキルの凶暴化が固有スキルの狂戦士へと強化されている。
そして個別スキルは3つ。
反動軽減は猪突猛進など、自分にもダメージを食らう諸刃系スキルのダメージを軽減するスキル。
冷気耐性は、寒さに強くなるスキル。
剛毛で寒さも平気ってことなんだろう。
ただあくまで寒さに強くなるだけなので、アイスニードルなどの氷魔法は普通にダメージが通る。
嗅覚強化はラビットAの嗅覚とは全く違うスキル。
ラビットAの嗅覚は探し物が見つかりやすくなるスキルだが、嗅覚強化は単純に鼻が良くなるスキルだ。
隠れている野生モンスターを見つけるのに適していそうだ。
――――
ワイルドディア
レア度:☆
個別スキル:逃げ足
固有スキル:凶暴化
鹿系の下級モンスター。
動物の鹿がモンスター化した存在。
通常の鹿と殆ど変わらない。
――――
こちらもゴブリンの巣から手に入れた魔石で生まれたモンスターだ。
きっとあの時やられたワイルドディアだろう。
固有スキルの逃げ足があれば、あの時ゴブリンから逃げられそうなのに……きっと個別スキルの凶暴化が邪魔して逃げる選択肢がなかったんだろうなぁ。
現時点で四足歩行はこの2匹のみ。
どちらかに乗ってみる?
――レッドボアに乗ることを想像する。
針のような剛毛が刺さり、痛いこと間違いなし。
しかも猪突猛進のスキルでまっすぐ走る際の勢いが怖い。
――ワイルドディアに乗ることを想像する。
モンスターといっても見た目は鹿とほとんど変わらない。
どう見ても、人を乗せた状態で長時間走ることは出来なさそうだ。
下手したら脚がポッキリと折れてしまうんじゃなかろうか?
――ついでにラビットAに乗ることを想像する。
この際見た目は気にしない。
うん、やはりフカフカで乗り心地は悪くなさそうだ。
だがやはりウサギ。
歩くのはまだいいんだが、走る場合は跳ねるんだよなぁ。
すぐに酔ってしまいそうだ。
想像してみたが、3匹とも乗り物としては機能しないと思う。
「やっぱり乗り物系のモンスターといえば……馬かな?」
定番中の定番だろう。
しかし、馬のモンスターといえば……ケンタウロス?
いやいや違うだろ。
ここはやはり王道のユニコーンだろう。
あっでもユニコーンって清らかな乙女しか乗せないんじゃなかったっけ?
まぁカードモンスターにすれば変わらないか。
……勿論こんなところにユニコーンなんているわけないけど。
いるとしたら、ワイルドホースかな。
……暴れ馬には乗りたくないなぁ。
「犬とか狼もいいんじゃない?」
なるほど、確かにナビ子の言う通り犬や狼もアリだ。
もちろん動物と同じサイズの犬は無理だが、モンスターなら大型の犬や狼もいるだろう。
それになんといっても、犬や狼はフカフカのモフモフ、その上格好いい。
最高じゃないか!!
「……この辺りに犬か狼のモンスターがいないかな?」
この際、犬と狼なら何でもいい。
仮に小さいモンスターだったとしても、複数いれば合成で進化……大きくすることは可能だ。
犬や狼のモンスターなら、定番だしそれなりにいそうだけど……
「あまーい! 甘すぎるよシュート。見てみなよこの風景を。モンスターなんて何一つ見当たらないよ」
俺は辺りを見渡す。
確かにどこを見渡しても、モンスターの姿は見えない。
「モンスターって、こんなにいないものなのか?」
俺はもっと普通にエンカウントすると思っていた。
「RPGじゃないんだから、移動するだけでモンスターと遭遇はしないよ」
俺が思っていたのはまさにそれなんだが。
ゲームではフィールドに出ると、すぐにエンカウントしていた。
「大体ね。こんな馬車道にまでモンスターが現れるようじゃ、行商人はどうするのさ。怖くて外を歩けなくなっちゃうよ」
むむむ、確かにナビ子の言う通りだ。
外を出歩く度にモンスターに出くわしていたら、冒険者のように戦える人以外は本当に外に出られなくなってしまう。
かといって毎回護衛を雇っていたら採算が取れない。
つまり行商人という商売が成り立つ以上、馬車道でエンカウントはしない。
「じゃあモンスターって森や山にしかいないのか?」
俺がついさっきまでいた山は弱いながらもモンスターがいた。
同じように森や山にしかモンスターがいない?
「殆どのモンスターはそうだよ。まぁ森の近くを歩いていたら、飛び出して襲いかかってくるかもしれないけど。……森の近くを歩く?」
俺は首を振る。
馬車道以外は足元が整備されてないからなぁ。
せっかく山を抜けたのに、また草むらを歩きたくない。
「こんな広々とした場所を平気で歩くモンスターなんて、ホブA達のように、新しい棲みかを探しているモンスターや、俺は強いって勘違いしちゃっているモンスターくらいじゃない?」
ホブA達のように、追いやられて居場所をなくしたモンスターなら出るかもしれないと。
というよりも引っ越しの最中に通りかかるだけみたいだが。
そして、強いと勘違いしちゃっているモンスター……って随分とひどい言い種だな。
本当に強いかもしれないじゃないか。
ただ……そういったモンスターは迷惑だから、すぐに討伐依頼が出される。
強いかどうかは分からないが、バカだとは思う。
「あとは……一番気をつける必要があるのは盗賊だね」
「……それはモンスターじゃないだろ」
ある意味モンスターよりもたちが悪い。
だけど……そっか。
この世界じゃ盗賊とか山賊とか普通にいるんだろうな。
悪人なんか死んだほうがいいと思うし、もし襲われたら反撃するけど……ちゃんと人を殺す覚悟もしないとな。
「この場所で気をつけるのは……空から襲いかかってくるモンスターだね」
確かに。
空からなら見晴らしのいい場所の方が襲われそうだ。
ただ現時点で上空には空を飛ぶモンスターは見当たらない。
……考えてみれば移動手段って空を飛んでもいいよな?
大型の鳥とか……それこそドラゴンとかかな?
ただ……上空にドラゴンがやって来たら、どう思われるだろうか?
うん、間違いなく狙われるな。
ドラゴンは止めておこう。
そもそもそう簡単にドラゴンに遭遇するようじゃ、この世界はもっととんでもないことになっているはずだ。
非現実的な想像は止めよう。
それよりも鳥だな。
人が乗れそうな大型の鳥……まぁ定番的なところでは、グリフォンとかペガサスになるのかな?
うん、こっちも全然現実的じゃないな。
ただ……鳥系のモンスターを集めていけば、そのうち合成で作れるかもしれないな。
「さっ無い物ねだりをしても仕方ないよ。少し急がないと……今日中に村にたどり着かないかもしれないよ?」
家があるから野宿はしないですむけど、出来れば村にたどり着きたい。
俺は早足で移動をすることにした。




