第45話 出発
ナビ子が戻ってきてから2日、今日でこの山ともお別れだ。
「もう思い残すことはない?」
一旦この山を下りてしまえば……戻ってくることはないだろう。
思い残すこと……ねぇ。
「俺はあいつらがこの山の生態系を変えてしまったんじゃないか、それだけ心配だよ」
あいつら……特に古参連中だが、進化して強くなった力を試したいのか、張り切ってモンスターを狩っていた。
しかも全員が自分たちと同種族のモンスターをだ。
多分、同種族を狩れば、合成進化で更に強く……と考えていたようだ。
特にホーンラビットは……ラビットAを山に解き放して2日で絶滅させたんじゃないか?
他にも蜂や蜘蛛も……一気に数が減ったことにより、この山の食物連鎖が崩れないかが心配だ。
「生態系の心配しなくても、モンスターは魔素から発生するから、しばらくすれば復活しているよ」
「魔素からって……ワイルドボアみたいなのじゃなくて?」
「あれは動物の体内に魔素が溜まって魔石が生まれるの。それとは少し違くて、動物の体内だけじゃなくて、何もない場所からでも魔素が溜まると魔石が生まれてモンスターが生まれるの」
ナビ子から魔素について簡単に説明を聞いたが、どうやらこの世界のモンスターはゲームのリポップのように、モンスターが自動的に生まれてくるそうだ。
もちろん普通の生殖でもモンスターは生まれる。
しかし……それでは逆に増えすぎるんじゃね?
そう思ったが、モンスターは生きている限り、体内の魔石が微量ながら周囲の魔素を消費し続けるらしい。
だから、モンスターが増え過ぎたら、魔素が溜まらなくなり、リポップしなくなる。
逆にモンスターが減ったら、周囲の魔素濃度が高くなり、それが一定値を超えるとモンスターが生まれる。
新しく生まれるモンスターは、その場所に適したモンスター……つまり今までここに住んでいたモンスターになる。
どうやら長く住んでいることにより、その場所にモンスターの残滓のようなものが残るらしい。
だからゴブリンのように移住したばかりのモンスターは、残滓がなく生まれないそうだ。
もしゴブリンがあの洞穴で1年以上その種族が暮らしていたら、残滓が残ってこの山でゴブリンが生まれ続けていたのかもしれない。
「昆虫や小動物系のモンスターは必要な魔力も少ないんで、すぐに元通りになるよ」
だから例え俺達が狩り尽くしたとしても、なんの影響もない……か。
「じゃあシュート……思い残すことがないなら、そろそろ出発しようか。忘れ物はない?」
「ああ、大丈夫だ」
忘れ物も何も、そもそも全部置いていくつもりはない。
「あ~あ。長かったこの家ともついにお別れか」
ナビ子が名残惜しんでいるが……
「感傷に浸っているところ悪いが、俺はこの家を手放す気はないぞ。……変化」
俺が家に触りスキルを使うと、一瞬にして目の前の家がカードに変換される。
――――
一軒家【建築物】レア度:なし
異界のありふれた家屋。
2階建てで水道、電気、ガスは使い放題。
お金を支払わなくても止められる心配はないぞ。
最低40坪、可能なら50坪の場所に建てることを推奨する。
――――
「えええっ!? この家をカードにするの!?」
ナビ子がメッチャ驚いている。
「だって……この家を手放すのは勿体ないだろ?」
これはナビ子に初めてカード化のスキルの説明を聞いた時から考えていたことだ。
ナビ子はカードにする物の大きさは関係ないと言っていたので、なら是非ともこの家をカードにせねばと思った。
そしてナビ子が新しいプレイヤーがこの家じゃなく、別の場所でスタートするって言った時点でカードにすることは確定。
ちなみにカード化できることは、ナビ子が不在の時に確認済みだ。
「……やっぱりシュートってズルい」
「ズルいじゃなくて、普通だろ? それに……説明文を読んでも運営は想定内だったと思うぞ」
異界シリーズの説明文は運営が考えていると言っていた。
その説明文があるってことは、この家はカードになるのを想定されていたことになる。
じゃないと、わざわざ50坪の場所に建てるとか書かないだろ。
「ええ~アタイ何も聞いてないよ!!」
「それは、多分ナビ子が俺に教えないようにだろ。気づかなかったら家は手に入らないんだし……自力で思いつかなかったら、使わせないつもりだったんだよ」
「そっか……確かにアタイが知っていたら、シュートにバレる可能性があるもんね」
仮に口止めされていたとしても、ニュアンスで判断できるだろうから……ナビ子が全く考えないように仕向けていたんだろう。
俺よりも、運営の方が底意地が悪いんじゃないのか?
「でも……これで、野宿の必要はないね」
「いや……ある程度広い場所じゃないと、解放出来ないから、難しいんじゃないか?」
少なくともこの山の中ではここのように広々とした場所がないと解放できない。
それに村や街で宿代わりに使いたくても、土地が……空き地があったとしても、自分の土地じゃないと怒られそうだ。
そう考えると、あまり使い道がないかもしれない。
「ふ~ん。じゃあ家じゃなくて、部屋ごとでカード化できたら場所も取らなくて便利なのにね」
……家全体じゃなくて、部屋をカードにする?
それは試してなかったな。
「ふむ……試してみるか」
部屋だけならあまりスペースは必要じゃない。
この山でも木を数本切り倒せば十分にスペースは確保できる。
無理なら諦めるだけだし……試してみる価値はある。
――――
個室【建築物】レア度:なし
異界の六畳一間。
一人で生活するには問題ない広さ。
――――
「……カード化できちゃったよ」
まさか本当に出来るとは……
解放してみると、ちゃんと壁と天井、床下もあり、完全に個室として機能していた。
そして一軒家の部屋があった場所は、その部分だけ綺麗に抜き取られたいた。
だが、一軒家のカードに個室カードをセットすることで、元の家に戻ることが確認できた。
多分これも運営が用意していたことなんだろう。
「……これがあるからアタイには教えなかったんだ」
一方思いつきで言ったナビ子は後悔していた。
まさに運営が危惧していたような、俺にヒントを与えるを実践したからな。
「まぁ家をカードにすること自体は俺が自分で思いついたからいいじゃないか」
「そっそうよね。そもそもアタイに教えなかった理由も予想でしかないんだし……次の定例会で怒られることないよね?」
心配だったのはそこかよ。
怒られるのが嫌なら隠してればいいのに……って、流石に運営相手に誤魔化しは出来ないのかな?
「さっ気を取り直して出発しよ!」
「そうだな……」
ここからいよいよ俺の冒険が始まる。




