第121話 男子会
「シュート。今晩暇ですか?」
「……暇といえば暇だな」
ライラネートに帰還するのは明日。
帰る準備もカードにするだけだから特にすることがない。
「では今晩時間をもらえますか?」
「なんだ? カードの相談なら今でもいいけど」
「いえ、そういった話ではなく……」
てっきりこの数日で手に入れたモンスターのカードや神殺しの薙刀の使い心地に関しての相談だと思ったが、どうやらそうではないらしい。
しかし、それ以外で鈴風が俺に用事?
しかも今晩……これがアズリアなら色っぽい話かと警戒もするんだが相手は鈴風。
うん、ありえない。
むしろバトルジャンキーの鈴風を警戒するのであれば……夜の決闘とか!?
神殺しの薙刀にも慣れただろうし、武芸マスターのレベルも上がったから、俺やラビットAと戦いたいと……うん、こっちの方がありえる。
「いいけど……ただ外出はできないぞ」
もちろん決闘なんて勘弁なので、俺は『ただいま反省中』のプレートをぶら下げているから外出できないと答える。
流石に室内で決闘はできないから、決闘が理由ならこれで諦めるだろう。
「外に出る必要はありません……ですよね?」
そう言って鈴風は振り向いて同意を求めると、鈴風の肩にサッと現れるムサシ。
一体どこから現れたのか……最早完全に忍者そのものである。
どうやら俺に用があるのは鈴風ではなくムサシのようだ。
決闘でなくて何よりだったが……はて?
ムサシが俺に用事? 鈴風以上に理由がわからない。
「うむ。シュート殿とはこれからも長い付き合いになるゆえ、一度ゆっくりと親睦を深めたいと思っていたでござる」
「……はぁ」
俺はムサシの言葉に曖昧に頷く。
つまりどういうことだ?
「要するにムサシはシュートとサシで飲みたいと言っているのです」
俺が理解できてないと感じたのか、鈴風がカードから一升瓶を取り出して説明する。
「わたくしの店で扱っていた極上品です。これで楽しむと良いでしょう」
「……鈴風は参加しないのか?」
「ええ。男同士でしか話せないこともあるでしょう」
そう言うと鈴風はムサシを肩から下ろし、ムサシに聞こえないように俺に耳打ちする。
『ムサシが何か悩んでいるようなのです。わたくしには話しづらいようですので、話を聞いやってはくれませんか?』
……そう言われれば嫌とは言えない。
それに俺だってムサシとは親睦を深めたいしな。
『それと……悩み事がわたくしに関することでしたら、そっと教えて頂けませんか? わたくしに悪いところがあるようでしたら直しますので』
……もし本当にムサシに悩みがあるなら十中八九鈴風のことなのでは?
にしても……悪い所があれば直すとまで言うとは。
あの唯我独尊の鈴風も流石にムサシには嫌われたくないのな。
****
そして夜。
俺とムサシはサシで飲むことに。
ちなみに邪魔されないようにと、鈴風がナビ子たちを誘いあちらも女子会をすることに。
女子会とか苦手そうなのに……それだけムサシのことを気にかけてるんだな。
「乾杯」
「乾杯でござる」
おちょこ同士での乾杯なので鳴らさず言葉だけの乾杯。
……ビールじゃない乾杯は初めてかも。
そう思いつつ鈴風が差し入れてくれた日本酒をくいっ。
「うん。旨い」
鈴風が極上品と言うだけあって、少し甘口だけど、さらっとした口当たり、後味すっきりで飲みやすい。
用意した刺し身とも相性抜群。
「鈴風ってまだこんな物を隠し持ってたんだな」
「この酒は日本製ではござらん」
「えっマジで!?」
その言葉に俺はより驚く。
確か初対面の時にこの世界にも似た似た醸造酒があると言っていた。
しかし日本酒の香りには敵わないとも言っていた。
でも今飲んでいるこれは、日本酒に引けを取らない。
「シュート殿から日本との繋がりが途切れると聞いて、主はより一層日本酒作りに精を出したのでござる」
「マジか……」
気持ちは痛いほど分かる。
分かるが……わずか半年でここまでの物を作り上げてるなんて。
俺もライラネートでビール作りの協力をしているけど、日本産には敵わない。
鈴風よりも時間をかけているのに。
でも……俺は協力はしているけど、鈴風みたいに真剣に向き合っていただろうか?
「妥協したらそれなりの物しか手に入らない……か」
鈴風が海底で言ってた座右の銘。
その言葉自体は漫画の影響だったが……鈴風は本当にそれを実行してるんだ。
「……大したもんだな」
「そうでござろう」
ムサシが誇らしげに答える。
その姿は鈴風のことを本当に自慢の主だと思っているようで。
少なくとも鈴風が心配していたような、鈴風に対する不満のようなものは感じられない。
「親睦を深めるなんて言ってたけど……何か悩みがあるんだろ?」
「……やはり分かるでござるか」
「そりゃあな」
分かったのは鈴風だけど。
それは言わない方がいいだろう。
ムサシは自分お酒をクイッと飲み干すと、徐にカードを1枚取り出す。
……どこに持っていたんだろう?
「そのカードは?」
「セッシャのカードでござる」
「はぁ!?」
ムサシのカードだって!?
「ムサシ……お前、カードに成れたのか?」
「う、うむ……」
「……死んでないよな?」
「当たり前でござる」
生きたままカードになる条件は、相手が拒否しないこと。
少しでも疑念があれば無理。
互いに信頼し合った状態でないとカードにならない。
ムサシも俺のことを仲間だとは思っていると思うが、鈴風以外の人物に自分の身を捧げるほど信頼しているかと言えば……だから俺がムサシをカードにしようとしても出来なかった。
逆に言えばカード化を付与した鈴風ならムサシを生きたままカードにできるわけで。
「それの何が問題なんだ?」
俺がカードに出来なかったことは残念だけど、鈴風との信頼関係が本当だと分かって、むしろ喜ばしいことじゃないか。
あっ図鑑には登録させてもらおうかな。
「……問題はカードの内容でござる」
見てもいいってことだったので、俺はムサシからカードを受け取り……絶句。
慌てて図鑑で詳細を確認する。
――――
E隠密妖精
レア度:☆☆☆☆☆
固有スキル:隠密、忍術、影移動、密偵、念動力、探知、情報処理
個別スキル:投擲、刀術、潜水、空歩
自己形成することで元電子妖精から生物へと進化した。
忍術という独自の魔法を使う。
主の影に潜んでいることが多く、主以外にその姿を見せることはない。
――――
「ムサシ……お前、なんちゃって妖精じゃないの?」
「今だって酒を飲んでおるでござろう」
あっ本当だ。
サシ飲みとか言っちゃってたけど……ムサシ、普通に飲み食いしてるじゃん!?
「それってやっぱり食事がなんちゃってから脱出するポイントなの?」
それなら今すぐにでもナビ子に無理やり食べさせるのだけど。
だがムサシはそれを否定する。
「セッシャの場合、進化してから食事に対して忌避感がなくなったのでござる」
ムサシによると、なんちゃって時代はやはり食事に対して忌避感があったようだ。
だけど進化してからは食事に対する忌避感は全くなくなったとのこと。
「で、進化したキッカケって分かる?」
「進化したと自覚したのは海底での戦闘でござったが、カードになるまでは確信はなかったでござる」
「海底の戦闘って……パラディオン戦?」
「そうでござる。シュート殿から頂いた手裏剣があの竜に刺さったからでござる」
ああ、あれか。
覚醒前の鈴風が負ける直前にムサシが投げた手裏剣がパラディオンに刺さった。
「あれっ? でもあの時ムサシ否定してなかった?」
あの時俺はムサシに覚醒してたのかと確認したけど、否定されたはず。
まぁ進化と覚醒は違うと言われればその通りだけど……隠密妖精の前のEって文字。
俺のカードでパラディオンから覚醒モンスターと言われたセイレーンとカーバンクルにもEが付いてるんだよなぁ。
そのことから、Eが覚醒の証なんじゃないかなと睨んでいる。
……証明はできないんだけどさ。
「あの時セッシャは『そうではない』とは言ったでござるが、それは手裏剣が当たった理由が覚醒ではなく、手裏剣そのものだったから。『覚醒してない』とは言ってないでござる」
「……それは屁理屈じゃないか?」
「シュート殿の得意技でござるな」
くっ……そうだけど。
人に言われると悔しい。
「そもそも、覚醒してなければ、手裏剣が刺さるなんて無理でござる」
手裏剣の効果で無効化されなくても、なんちゃって妖精なら刺さらずに当たって弾かれていただろうと。
刺さったことから自身がパワーアップ……進化していると確信したそうだ。
そして進化したことを確信したのはその時だが、それよりも前に自身の身体に変調があったと。
そのキッカケが、なんとアクアパッツァへ移動中にムサシに与えたスキルだという。
「セッシャはシュート殿から忍術を教えていただいたことで忍者になれたのでござる」
いや、与えたのは魔の覚醒スキルだから。
だけどムサシはそれを疑似忍術として使い始めた。
忍術を使うことで、主である鈴風のことをより影ながらサポートできると。
忍者への自覚がハッキリと芽生えたことがキッカケだとムサシが言う。
図鑑説明文にも自己形成することでって書いてあるし、自分が忍者になるとハッキリ自覚したことで、なんちゃって妖精から隠密妖精に進化したのだろう。
「でも、これで何を悩むんだ?」
進化できて良かったでいいじゃないか。
「う、うむ……まず1つ目は主より先に覚醒したことを主に伝えるべきか否か……」
あ~。
今でこそ鈴風も覚醒しているが、あの時の鈴風は覚醒できずに負けて拗ねちゃってたからなぁ。
それが実はムサシは既に覚醒してました……はねぇ。
そりゃあ、あの時は誤魔化すしかないよね。
でもムサシは鈴風に忠誠を誓っているからこそ、隠し事をし続けているみたいで悩んでいると。
これ……仮にナビ子だったら全く気にしないだろうなぁ。
「鈴風って今はムサシのことどこまで知っているんだ?」
「カードの情報まででござる」
ムサシがカードになったのは俺たちと分かれて帝都に戻った後のことらしい。
試しにカードにしたら出来たと。
その時の鈴風の感想は『ほぅ。ムサシは隠密妖精という種族なのですね』とそれだけだったらしい。
カードだけだと種族名とレア度だけしか分からないし、なんちゃっての頃の情報は一切ないのであればそういう感想になっても仕方がないか。
「ぶっちゃけ、どっちでもいいんじゃね?」
「ござっ!? シュート殿、セッシャは本気で悩んで……」
「言っても言わなくても多分鈴風は気にしないぞ」
「……そうでござろうか?」
「うん。間違いなく」
だってあの鈴風がムサシが悩んでいることについて自分が悪いなら改めると言ってるんだぞ。
それって能力云々じゃなく相棒として一緒に居てほしいってこと。
覚醒してようが、してまいがどっちでもいいんだよ。
……まぁムサシには言えないけどさ。
「ムサシだって覚醒した確証を得たのがカードになった後だってんなら、今は覚醒してるくらいの感覚でいいと思うぞ。というか、俺から言おうか?」
どうせ図鑑説明文も見せるつもりだし。
それに今日の話の結果を聞きたがるだろうし。
「い、いや。セッシャから言うでござる」
「そう? それならそれでいいけど」
だったら言った鈴風にはムサシから説明するって言って、図鑑はそれが終わってからにしよう。
「それで……1つ目ってことは、まだあるのか?」
「う、うむ。どちらかと言えば、こちらの方が問題なのでござるが……ナビ子に進化したことを話した方がいいでござろうか?」
『なんでアンタだけなんちゃってを卒業してんのよおおおおおお!?』
そう涙目で叫んでいるナビ子が目に浮かぶ。
……うん。
確かにこちらの方が問題だな。




