第86話 楽園の真実③
「シュート様は神について、どの程度ご存じでしょうか?」
海竜の威圧により、ジェット君が召還できなかったので、一時間かけて移動することになった俺たち。
そこで道中で女王からネレイドの歴史を教えてもらうことになったのだが、何故こんな質問が?
……これは何も知らないと言ってもいいのだろうか?
「正直言って何も知らないんですけど……そもそも神の御使いとか言われたのも初めてだし」
一瞬考えて、俺は正直に答える。
もうここまで来たら、誤魔化した方が面倒なことになりそうだ。
「それでは、シュート様は神の御使い様ですが、ご自身が御使いだという自覚もなければ、神のこともご存じないということでよろしいでしょうか?」
「そう……ですね」
身も蓋もないけどその通りなので頷く。
「分かりました。それでは我々ネレイドの歴史の前に、神についてお話ししたいと思います」
そう言って女王は神について語り始めた。
「遙か昔、一人の女神がこの世界を創造しました」
ああうん。
神のことについて語るとは言ったけど、まさか世界の創世記から語り始めるとは思わなかった。
「世界を創造した女神は天を創り地を創り、そして海を創りました」
女王の話も大筋は似たように進んでいく。
太陽と月を創り、昼と夜を創り、大気を創ったと。
俺はあまり詳しくはないけど、地球に伝わっている創世記も似たような感じだったよな?
順番は覚えてないけど、7日間に渡って天地創造したと何かの知識で聞いた気がする。
……ってかこれ、一時間で終わる話なの?
流石に神話というか、伝承とかじゃなく、もっと確信を話してほしい。
「次に女神は世界樹を植えました。世界樹は大気中の毒素を吸収し、魔素を発生させ、生命の宿る世界へと作り替えました」
そう思っていた矢先に気になることを女王が言う。
世界樹はまだいい。地球にも世界樹の話はあるし。
……もちろん存在はしてないだろうけど。
問題はその世界樹が魔素を発生させるって部分。
「話の腰を折って申し訳ないけど、世界樹と魔素の関係性についてもう少し詳しく……」
「詳しくも何も、そのままの意味ですが。世界樹が魔素を発生させているのはご存じですよね?」
「……ご存じじゃないです」
これってそんなに一般的な話なの?
アザレアたちからも聞いたことないんだけど。
女王に簡単に説明してもらったが、世界樹には周囲の大気を吸収して魔素を生み出すことができるらしい。
分かりやすく言えば光合成の魔素版って感じか。
光エネルギーや水の代わりに周囲の大気……毒素の方がいいらしいを吸収、そして酸素の代わりに魔素を排出と。
「……ナビ子知ってた?」
「知るわけないでしょ。知ってたら運営が真っ先に回収してるわよ」
ごもっともな意見で。
そうだよなぁ。もし運営が魔素の発生方法を知っていたら、スキルよりも最優先で持ち帰っただろう。
世界樹を持ち帰るだけで運営の願いが叶うんだから。
「ちなみに今も世界樹って存在したりするんですか?」
まぁそれも現時点で世界樹が存在していないと話にならないんだけど。
はるか昔の創世記の話なら、地球と同じく今はもう存在しないじゃ。
「世界樹が存在しなければ、この世界が魔素で満たされておりませんし、そもそも我々のような魔族も生きてはおりません」
現時点で魔素があるから存在しているに決まっていると。
そらまたごもっともな意見で。
魔素がなければ魔法やスキルはおろか、魔石を所持している生き物も存在しない。
「その世界樹はどこに?」
「流石にそれはわたくしも存じません。ですが世界樹は株分けされ、地上にいくつも存在しているはずです」
そりゃいくら女王が物知りだとしても、地上にある世界樹の場所を知るわけないか。
むしろ株分けされて世界中に散らばっていることを知っているだけで十分。
……絶対に星5の植物だろうし、地上に戻ったら探してみようかな。
ともあれ世界樹と魔素に関しての関係性は理解したので、話を元に戻してもらう。
「世界樹を植え、下地が整った後、女神は生命と植物を誕生させました」
世界樹のお陰で毒素が無くなり、生命が生まれる環境が整った。
だが、ここで地球と違う点は魔素が存在すること。
ここから進化の過程で動物や人類だけでなく、魔族やモンスター、亜人も生まれる。
結果、地球とは全く違う進化を遂げたんだろうなぁ。
まぁこの創世記が真実だったらだけど。
「最後に女神は知的生命体を確認した後、神の世界へお戻りになりました」
これがこの世界の成り立ちだと女王は言う。
真実はさておき、まぁまぁ興味深いだった。
特に世界樹と魔素の話。
異世界だから魔素があるんだと思っていたけど、ちゃんと理由があったんだな。
ともあれこれだけだと面白かったで終わるんだが。
問題はここからネレイドや知識の書がどんな関係があるのか。
女王がネレイドの歴史を語り始める。
「元々我々ネレイドは数百年前までは外海に住んでいました」
女王はどこか懐かしむような表情をしている。
数百年前とのことだが……ネレイドの寿命は知らないが、もしかして当時から生きているのかもしれない。
もちろん数百年生きていようが、その美しさは変わらないけど。
……とと、いかんいかん。こんなこと考えているとまたさいてーと言われてしまう。
「外海でも今と同じように皆で野菜を育てながら穏やかに暮らしておりました。……我々の種族は歌が好きでして、毎日どこからか絶えず歌声が聞こえていました」
そういえば昨日の宴も歌と踊りはすごく良かった。
……すぐに酔って最初しか覚えてないけど。
もう一度……今度はちゃんと最後まで聞きたいものだ。
「ですが、そんな平和は突如終わりを告げました。我々の国をサハギンが襲撃したのです。当時は今のように騎士団もなく……ただ蹂躙されるだけでした」
淡々と語る女王。
だがそれが却って女王の怒りや悲しみ、悲痛な叫びに聞こえる。
「サハギンがネレイドを襲撃したのは繁殖のため。サハギンはオスしか存在しませんから」
地上で言うところのゴブリンと似たような存在ってことか。
いや、ゴブリンにはメスがいるが、別種族を襲って繁殖するという意味では同じこと。
……そりゃネレイドがサハギンが毛嫌いするわけだ。
話を聞いただけで当事者じゃない俺ですら怒りを覚えるんだから。
「サハギンの襲撃から逃げ延びたネレイドは大人が数名と子どもだけ。その逃げ延びたネレイドも、逃亡中に追っ手や他のモンスターの手にかかり、だんだん数が少なく。追手を撒くために侵入した海獣エリアを抜けた時点で、生き延びたネレイドはわたくしを含む数人の子どもだけでした」
海獣エリアとは、俺たちが巨大モンスター領域と言っていた海域。
戦力がない状態でクラーケンとかシードラゴンがいる海域に侵入するのは自殺行為でしかないが、追手から逃げるためにはこれしか手段がなかった。
そして多大な犠牲を払ってなんとかこの地までたどり着いた。
「そしてこの地であの御方と出会えました。当時は偽装されておりませんでしたから、この場所を見つけることが出来ましたが、本当に幸運でした」
「その御方ってのが……海竜だったんだな」
女王は頷く。
グリムもそうだったが、レア度の高いドラゴンは知性があるから、ちゃんと話せば無碍にはしない。
「それから我々ネレイドはあの御方の庇護のもと、この地で暮らすこととなりました。生き残ったネレイドの中でわたくしが一番の年長者でしたから、必然とわたくしがあの御方よやり取りをするようになり」
そのまま女王になったと言うことらしい。
もちろん海竜の庇護があるとはいえ、子どものネレイド数人でのスタートでは苦労は絶えなかっただろう。
それが少しずつ数を増やし、外敵に備えるために騎士団も設立。
戦う力なんて全く無かったネレイドが今では巨大モンスターも倒せるほどの戦力に。
「ですから、いつかあの御方の恩義に報いること。それがこの地で数百年生き抜いた我々ネレイドの悲願なのです」
女王がどれほど苦労してきたか。
辛い話だけど、聞けてよかったと思う。
「そして十数年前、あの御方は我々にあるお願いをされました・そのお願いがシュート様のことです」
「……俺のこと?」
「ええ。いずれ知識の書を持ったものがこの地に現れる。もしその者が現れたら、我の元へ連れてこいと。その者は神の御使いであるから丁重に扱えと」
……ここでようやく俺に繋がるのか。
「ここで一つシュート様に訂正することがございます」
「……何でしょう?」
「シュート様はあの御方のことを海竜と呼んでおられますね?」
「……もしかして違う?」
「いえ。あの御方はドラゴンですので広義的な意味では海竜に間違いはないのですが……」
なんかすごい勿体ぶった言い方。
海竜じゃなくてちゃんとした種族名があるって話ならいいんだけど。
「女神は神の世界へ戻られた後も、この世界を見守るため、戻られる前に神殿を御造りになられました」
「はっ?」
突然何を? いや、さっきの創世記の続きだろうけど。
「この世界の全ての生命が神殿で祈りを捧げることができるようにと、天と地と海の三ヶ所に。その神殿には神から神殿を守るように使わされた守護者が存在します」
そこまで言って女王は立ち止まる。
「さぁ見えてきました」
正面には洞窟の出口が……。
「女神が御造りになった海底神殿と……女神の守護者パラディオン様です」




