第79話 海底楽園⑦
「とりゃあああ。ナビ子キィーック」
ドガンと体に受けた衝撃で俺はハッと意識を取り戻す。
「な、なんだなんだ!?」
思わず飛び起きて辺りを見渡したところで頭に痛みが。
「いっつぅぅぅ」
俺は頭を抱えてうずくまる。
何なんだよこの痛みは。
「ふん。やっと起きたようね」
痛みに悶絶していると、そこには怒り呆れが混じったナビ子の姿が。
「おい。この痛みはお前か?」
そういえば衝撃を受ける直前にナビ子キックと聞こえたような気のせいのような。
だがナビ子は俺の言葉を聞いて更に呆れる。
「はぁ!? 痛いのは二日酔いのせいでしょ」
「……二日酔い?」
二日酔い……確かにこの頭痛は二日酔いっぽい感じ。
と、そこまで考えてようやく思い出す。
そういえば昨日は宴だったと。
「…………あれっ!?」
「どうしたのよそんなに驚いて?」
「いや。……宴のことを何も覚えていないんだ」
宴が始まったことはハッキリと覚えている。
海酒が美味しかったのも覚えている。
それ以外の……料理の味も、宴の内容も何も覚えてないんだが?
そんな俺の反応を見てでしょうねと呟くナビ子。
「なにか知ってるのか?」
「何かも何も昨日のはっちゃけ具合を見たら覚えてなくても無理ないわよ」
むしろ覚えてなくて良かったわねと、哀れみの目まで浮かべるナビ子。
「うそだろ……」
言っちゃあ何だが、酒に酔って記憶が飛ぶなんてことほとんどない。
少なくとも最初から最後まで記憶がないことは初めてのこと。
でも確かにこの頭痛は二日酔いの症状っぽい。
それとは別の痛みも……。
「おい。二日酔いの頭痛とは別の明らかに殴られたと言うか……キックされた痛みもあるんだが?」
さっきはサラッと誤魔化されたけど、完全に目を覚ましたからもう騙されんぞ。
「やーね。痛いのはきっと鈴風がシュートを殴って昏倒させたせいよ」
「昏倒!?」
またもや予想外の言葉に仰天。
一体どうなってるんだってば!?
流石に事情が分からなすぎるということで、昨日の宴の話を聞くことに。
するとどうやら俺は最初の一杯を飲んだ時点で完全な酔っぱらいに。
欲望のままに行動し始めた俺を見かねて鈴風が俺を昏倒させたらしい。
「ここは楽園だ―とか言ってさ。埒が明かないって鈴風がゴツンと……ね」
「ちょっ!? 冗談……だろ?」
昨日の状態は……一応ムサシはいるけど、完全に鈴風の影で表には出てこないから実質男は俺一人。
そして周りは美人ぞろいのネレイドというハーレム。
そんな状況で欲望のままにって……昨日の俺は一体何をしたんだ!?
「正直アタイはね。シュートに幻滅したわよ」
「うっ……すまん」
何があったか分からんがとりあえず誤っておく。
少なくともナビ子が幻滅するようなことをしたのは間違いない。
正直、何があったか聞くのは怖いが、この後女王やエレーネにも会うだろうことを考えると何があったか聞くしかない。
「あのね。シュートはでゅふふとか気持ち悪い笑みを浮かべながらね……」
「う、浮かべながら……?」
俺は固唾を呑んで先を促す。
気持ち悪いとか余計なお世話とか、そんな某スキルマニアのような笑みは浮かべないとか色々と言いたいことはあるが、そんなこと言ってる場合じゃない。
「目の前の料理や酒を片っ端からカードにし始めたの」
「…………は?」
ちょっと何言ってるか分からない。
「全部俺のコレクションやーとかここは素材の楽園やーとか言いながらね」
「…………それで?」
「流石に料理や食器やテーブルまでは許容できたけど、流石に演奏している楽器にまで手を出しちゃあねぇ」
「…………うん。それは駄目だな」
何してんだ昨日の俺は。
「まったく。酔っ払って本性を曝け出しても女じゃなくコレクションに走るなんてほんっとシュートには幻滅よ」
「ちょっ!? それで幻滅かよ」
謝って損した。
と同時に、女よりもコレクションの方がいいって、コレクターとしては正解だけど男としては少し複雑な気分になったり。
「にしても、まさか俺がそこまで酔っ払うとは……はっ!? まさかあの酒に何か仕込んであったとか!?」
「んなわけないでしょうが!!」
そう言ってナビ子キックが炸裂。
「もし何か仕込んであったなら、同じものを飲んだ鈴風が平気なのがおかしいでしょ」
そっか。鈴風は平気だったのか。
というか俺を昏倒させたんだから平気に決まってるか。
「まぁ鈴風に関してはテキトーオーの効果で効かなかっただけかもしれないけど」
「なるほど……ってちょっと待て。じゃあなんで俺は酔ってるんだよ!?」
もちろん俺にだって魔法の効果は残っていたはず。
まぁ俺の場合はテキトーオーじゃなくてライファスキンの方だけど。
でもどちらにせよ効果は同じ。
その環境に適応する魔法だ。
無酸素でも息ができるし、気圧や毒なども平気。
そのことからアルコールに酔うこと自体がおかしいような。
まぁそれを言ってしまえば酒に何かを盛っても効かないとも言えるが。
当然ネレイドの国に辿り着いてからも、こまめに掛け直しをしていた。
実際、城に入る前に掛け直したし。
「それなんだけど……テキトーオーって直接体に効果があって、ライファスキンは表面に薄い膜で覆う感じでしょ」
確かにそう。
だからテキトーオーは海中から出ると服が濡れてるけどライファスキンでは服は濡れない。
反面、テキトーオーの方が膜がない分、細かい感覚があるので、鈴風とラビットAはテキトーオーを使用していた。
そして、この違いが酒に酔うと酔わないの違いに大きく差があったようだ。
つまり……ライファスキンの場合、膜の内側に入られたら効果がないということ。
もちろん簡単に膜が破れるってことはないのだが、自らの意思で幕の内側に入れるってことは可能。
破かずに中に入れるぶくぶくハウスのような感じだ。
「多分、普通に飲むよりも、アルコールに対する抵抗も少なかったのかもね」
それか海酒が想像以上に酔いやすい飲み物だったか。
ともあれとりあえず事情は把握した。
「まぁネレイドたちにセクハラしなかっただけマシか」
「いや、セクハラはしてたわよ」
「はぁ!? だってさっき……」
「カードにするから服を脱げ―とか、女王に向かってカードに登録させろーとか」
「…………マジ?」
「大マジ」
ナビ子がコクンと頷く。
「シュートさいてー」
……結局言われるのな。




