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第78話 海底楽園⑥

「あらあら。もしかしてわたくしは御使い様に見初められたのかしら?」


 冗談交じりに女王はそう言ったが、それ以上は深く追求せず軽く流してくれた。


 ふぅ助かったと思ったのもつかの間。

 挨拶が終わった女王が早速本題に入る。


「御使い様。我が娘エレーネが確認したという知識の書をわたくしにも見せていただけませんか?」


 御使い様を疑っているわけではないがと前置きをした上でそう言ってきた。

 俺を神の御使い扱いしている原因なのだから、当然見せろと言われるのは覚悟していた。

 ……ただのバインダーなんだけど大丈夫かなと思いつつ、何かあっても一番対処しやすいアイテム図鑑のバインダーをカード状態から解放(リリース)


 いきなり俺の手元に現れたアイテム図鑑を見て女王は少し驚いた顔をするが、驚いたのはいきなり現れたアイテム図鑑にではない。

 おそらく知識の書と同じ装丁らしい図鑑に驚いたんだと思う。


 そのまま俺はアイテム図鑑を女王に渡す。

 図鑑を受け取った女王は模様を指でなぞったりと装丁をじっくりと観察。


「中を開けても?」

「……中のカードを取り出さなければ」


 まぁ普通のバインダーと違い、カードを挟んでいるわけじゃないので、所見ではカードを取り出すことなんてできないだろうが。

 一応取り出し方も書いてはあるが……日本語で書かれているので、女王に読めるわけもないから、分かるはずがない。


 女王はバインダーのページを捲る。

 すると……おや? 表紙を見たときほどの驚きはない。

 もしかして、中がどんなのか知っていたのか……はたまた意味が分かってないだけか。


 そう思っていたら……突然女王の目から涙が零れ落ちる。


「えっ!?」


 突然の涙に俺は驚きの声を上げる。


「は、母上?」


 もちろん俺だけでなく、エレーネや他のネレイドも同様に驚きざわつく。

 すると女王はそこで初めて自分が涙を流していたことに気づいたのか、指で涙を拭う。


「失礼しました。嬉しくてつい……」


 そう言いながらバインダーを閉じ俺に返却する。


「ありがとうございます。これは知識の書で間違いありません」

「ええっ!?」


 まさかの本物認定である。

 しかも女王の様子から、この場を取り付くだけの嘘ってわけではなく、本当に本物だと思っている様子。


「我々ネレイドがこの地で守り人をして数百年。ついに我らの悲願が……」


 とボソリと呟く女王。

 多分誰にも聞こえないように言ったつもりかもしれないが、バッチリ聞こえてしまった。

 守り人とか数百年とか悲願とか……不穏な単語に嫌な予感しかしないのだが。

 俺は思わず肩にいるナビ子を見る。

 おそらくナビ子にも聞こえていただろうが……。


「…………」

「…………」


 思わず顔を見合わせるだけで何も言わない。

 うん。言えないよねぇ。



 ****


「皆の者。宴の準備を!」


 込み入った話は明日以降にして今日は宴にしようと言う女王のその一言で、さっきまでいた謁見の間が打って変わって宴会場へ様変わり。

 俺たちを歓迎する宴が始まる。


 俺たちは用意された貴賓席へ。

 そこに給仕ネレイドが次々と料理を運ぶ。

 先ほど畑で試食した野菜を使った料理やら、巨大モンスターの肉を使った料理やら美味しそうな料理が並んでいく。

 中には普通の魚も……どう考えても外を泳いでいた魚。

 てっきり共存かと思っていたが、どうやら非常食というか放牧的な感じだったようだ。


 さらにこの国特産の海が素材の酒も用意。

 マリーナが言ってた海が素材の酒だろう。


 そして楽士ネレイドによる演奏がスタート。

 ハープを使った演奏と歌姫ネレイドの美声が会場に響き渡る。


 その音楽に合わせて舞姫ネレイドが華麗に踊る。

 着ている服装は外のネレイドと同じく水の羽衣で、大事な部分が見えそうで見えないチラリズム満載。


 美味しそうな酒と料理。

 その上、美人のネレイド達による極上のもてなし。

 夢でも幻でもない、まさに天国か楽園か。

 こんな状況で狂喜乱舞しない男はいないだろうが……。


「はぁ」

「何辛気臭いため息してんのよ」


 俺の心境としては、この状況を楽しむ余裕はあるはずもなく。

 空気を読んだのかナビ子もいつものようにさいてーとは言わなかった。


「いやだってさ……」

「そんなに自分の好みが暴露されたのが嫌だったの!?」

「んなわけねーだろ!」


 いや、確かにそれも恥ずかしいことではあったけど。


「冗談よ冗談。でもさ、詳しい話は明日するって言ってるんだし、今悩んでも仕方ないじゃない」

「確かにそうだけどさ」


 気になるものは気になるからしょうがないじゃない。


「もぅ。ほらもっと鈴風やラビットAを見習いなさいよ」


 同じく貴賓席に座っている鈴風とラビットAと言えば。


「わたくし、生まれて始めて浦島太郎の気持ちが分かった気がします」

「きゅらしまたろー?」


 普段どおりアホなことを言ってるし。

 まぁ御使いとか気にしなければ状況としては龍宮城で乙姫の歓待を受けている浦島太郎状態と言えなくもない。

 ……タイやヒラメの舞い踊りではなく、皿の上で活き造りになっているけど。


「……なんでお前らはそんなに気楽なんだよ」

「だって御使いはシュートでわたくしは関係ありませんし」


 ……こいつ完全に部外者を決め込んでやがる。


「それよりもシュート。このお酒、滅茶苦茶美味しいですよ」

「きゅート。海にんじんおいしーの!」


 そう言って海酒を飲む鈴風とマロットを齧るラビットA。

 ……確かにこの二人を見ていると考えている俺が馬鹿みたいに見える。


「……なぁナビ子。今日は飲んでもいいんだよな?」


 昨日までは地上に戻るまで禁酒って話だったが。


「仕方ないでしょ。でも何かあったらすぐに酔いを覚ますからね」


 本当は飲んで欲しくないみたいだが、この状況で飲まないは失礼に当たるからと渋々了承するナビ子。

 酔い自体は栄養ドリンクとか解毒の魔法で覚ますことができるので、何か緊急事態が起きれば飲まないナビ子がそれを使ってくれるそうだ。


 よし……と、俺は海酒を飲む。


「うおっ確かに美味いなこれ」


 海が原料ということだから、さしずめ海焼酎とでも言えばいいのか。

 海だけど辛すぎず、癖も少なく飲みやすい。

 そして……同じ海の素材だからだろうか、目の前にある魚料理によく合う。


「よし。こうなったら飲みまくってやる」

「おっいいですねシュート。今日はとことん付き合いますよ」

「海にんじん。うまー!!」

「ちょっ!? アンタら少しは自重しなさいよ!」


 羽目を外す宣言をする俺と鈴風。

 それを窘めようとするナビ子。


 ……恐ろしいことに、それ以降の記憶が殆どなかった。

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