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第76話 海底楽園④

 マリーナ家のお宅訪問。

 久しぶり……と言っても今朝ぶりなのだが。

 今朝ぶりに空気を味わったということで、せっかくだから少しお茶することに。


「では準備しますので、少しお待ち下さい」

「えっ、いや……」


 そう言ってそそくさと準備に入るマリーナ。

 お茶くらい自分たちで用意するつもりだったんだけど。


 う~ん。

 どんな飲み物が出てくるか興味はあるが、それ以上に不安の方が大きかったり。

 というか、ネレイドのお茶って何が出てくるの?

 まさか海底にお茶っ葉なんてあるはずないし。


「ねぇねぇ。お茶ってやっぱ海藻が原材料なのかな?」

「……それは絶対に飲みたくないんだが」

「あら。でも日本でもめかぶ茶とかあったでしょ」


 いや、そんなお茶は知らんし。

 健康茶とか青汁とかそれ系であるのかもしれないが。

 海藻のお茶……なんか青臭そうでドロドロしてそう。


「きゅう? 飲み物? にんじんジュース!」

 ……ああ、うん。

 残念ながらにんじんジュースではないことだけは確かだと思う。


「酒ならば大歓迎なのですが。海で寝かせた酒は美味しいと言いますし」

 うん。それならば俺も大歓迎だ。

 ただ……確かに海で酒を寝かせたらいいって話は聞いたことあるけど、それって海が原料って訳じゃないんだよなぁ。


「うふふ。何が出てくるか楽しみだねっ!」

 自分は飲食しないからって完全に楽しんでやがるな。


 そもそもネレイドと人族って味覚的に大丈夫なのか?

 夜には宴とも聞いているが……ここにきてマジで不安になってきた。


 そうこうしている内マリーナが戻ってきた。


「お待たせしました」


 テーブルの上に並べられたのは、淡い青色をした謎の飲み物と白い塊の謎のお菓子。


「……青いな」

「……そうだね」


 見た目は透き通った青色。


 少なくとも海藻が原料のお茶でも青汁でもなさそう。

 むしろ透き通った青色で……青色だから食欲をそそるかと言われれば微妙だけど、綺麗だとは思う。


「一見するとカクテルのように見えなくもないですね」


 あーそうだ。

 確かにブルーなんちゃらのようなカクテルにありそうな見た目だ。


「よし鈴風。酒ならって言ってたし、先に飲んでみて?」

「はぁ?」


 ……ガチで睨まれた。


「常識的に考えて、ここはシュートから飲むのが筋というものでしょう」


 常識的にとか言いながら、ただ自分が実験体になりたくないからだろうに。


「なぁマリーナ。この飲み物は?」

「海の雫と呼ばれているこの国で日常的に飲まれている飲み物です」

「海の雫……ってことは原料はやっぱり?」

「おそらくお察しのとおりかと」


 ……海水か。


「お酒ではない?」

「ええ。酒もありますが、そちらは宴で振る舞われるかと」


 酒じゃないと聞いて鈴風が完全に静観モードに。

 というか、酒もあるんだな。

 それはそれで楽しみのような、やっぱり少し怖いような……。


 ともあれ今は目の前の飲み物だ。

 全員が俺の動向に注目している。


 ええい、ままよ!

 俺は決意して謎の飲み物を口に含む。


「…………ふむ」

「ふむって……普通、第一声って美味しいとか美味しくないとかでしょうに」

「まさかここまで食レポ下手とは」

「きゅう? にんじんの味する?」


 一言ふむって言っただけなのに散々な言われようである。


「それで味の方は?」

「味……と言われてもなぁ」


 当然だけど、にんじんの味はしない。

 う~ん。

 別に食通ぶりたい訳じゃないけど、うまい表現が見つからない。

 いや、不味くはないんだ。

 むしろスッキリ爽やかで飲みやすい。


「そうだな……かき氷のブルーハワイってあるだろ。あんな感じ」

「……ブルーハワイって何味なのよ?」

「……さぁ?」


 本当、あれって何味なんだろうな。

 ともあれ美味しいことは伝わったようで、鈴風とラビットAも飲みだす。

 当然だけど一番興味津々だったナビ子は飲まない。

 ……たく。飲んでみればいいのに。


「ほうこれが……後に残らない甘さがよいですね」


 酒じゃなくても鈴風は気に入ったようだ。


「きゅく。きゅく……ぷはー。もーいっぱー」


 にんじんジュースじゃないけどラビットAも気に入ったようだ。

 ただ二杯目は自重しろと言いたい。


「気に入っていただけたようで何よりです」


 少しホッとしたようにマリーナが言う。

 おそらくマリーナも俺たちの口に合うか分からず不安だったんだろうな。


 続いて俺は一緒に出された菓子を見る。

 この白い塊はなんだ?

 まんじゅう……とはちょっと違うような。

 飲み物が大丈夫だったから、こちらも大丈夫だろうと思い手に取る。

 白い塊にスプーンを入れ、口に入れようとすると……伸びるんだが。


「あ~これ知ってる。トルコアイスってやつでしょ」

「まさかそれは、ねるねるねる……」

「多分どっちも違うから」


 特に鈴風の方は絶対に違う。

 ナビ子のトルコアイスも……そもそもアイスではなさそうだし。

 でも、こうやって伸びるのを見るとソックリなのは否定しないけど。


 食べてみると……芋の味。

 伸びるけど、芋きんとんだこれ。


「これは?」


 流石にこれは海水が原料ではないと思う。


「これはマロイモを甘く煮立てた甘味です」


 マロイモ……そんな芋聞いたことないんだけど。


「そのマロイモって……」

「この国で育てている主食です。こうやって甘味にもなります」


 へぇ。育ててる……か。


「他にも育てているものってある?」

「ええ。マロイモ以外にもマロットやマリオンなど……」


 マリーナがいくつか野菜の名前を答える。

 どれも頭文字にマが付いているのが気になるが、どうやら結構な種類の野菜を育てているようだ。


 ってわけで次はその育てている野菜を見ることに。

 マリーナの家を出た後は郊外の農園地域へ。

 農園地域には地上と同じようなちゃんと耕された畑。

 だけど家の中とは違い、普通に海水の中。


 こんなところで野菜が育つのかとも思わなくもないが、それでも育つのがマロイモとかマロットって野菜なのだろう。


「……なんか現実感ないなぁ」


 誰かに間違いはどこかと言われれば全部とでも言いたくなる。

 そこに畑があるのは分かっていたけど、実際に畑があって、ネレイドが畑仕事に精を出している姿を見たら……ねぇ。

 海底に畑があるのも違和感だし、畑仕事をしているのが男じゃなくて若い女性しかいないってのも全部現実感がない。


 ともあれここに畑があるのは事実。

 まずは収穫されたマロイモを見せてもらう。


「……イモだな」

「……イモだね」

「……イモですね」


 誰がどう見てもイモ――サツマイモ。


「蒸すと主食になりますし、煮立てると先程のように甘味にもなります」


 でしょうね。

 ただ、やはり普通のサツマイモと違うみたいで、皮を剥くと少しヌルヌルで粘り気もある、サツマイモと山芋を足したようなイモみたいだ。


 続いて他の野菜も見させてもらうと、マリオンはウニのようにイガイガした球体。

 イガイガは中身を守る殻らしく、殻を取るのは海水のない場所でとのことで、中身を見ることは叶わず。

 ただ中身は多少の辛味とシャキシャキとした食感が特徴の野菜とのことで……多分、玉ねぎみたいな野菜だと思われる。


 そしてマロットは……。


「きゅートきゅート。あれあれ! にんじん!」


 まさかのにんじんである。

 もちろん他のと同じく地上のにんじんとは違うと思うが。


「きゅぴえ!? プルンプルンしてる!」

「おい待てラビットA!」


 ラビットAがマロットに触れると、ゼリーのようにプルンとふるえる。

 そしてそのまま口に入れようとするので慌てて止める。


「ふふっ。マロットはそのまま食べても美味しいですよ」


 そんなラビットAと俺を見て苦笑しながらマリーナが言う。

 どうやら食べても問題ないらしい。


「……そのまま食べても美味しいってさ」

「きゅんと!?」


 俺がそういうやラビットAがマロットを頬張る。

 口に入れた瞬間、ラビットAが力なく膝から崩れ落ちる。


「きゅみゃあ~きゅあわせ~」


 腰砕けになるくらい美味しかったようで、今までのどんなにんじんを食べた時よりも幸せそうな顔のラビットA。

 気になったので、俺も食べてみると……うん。にんじんだな。

 ただ地上のにんじんよりも甘みが強いのと、まるでゼリーのような食感でツルンといける。


 ただ気になる点も。

 これじゃあ野菜というよりただのゼリー。


「これ、美味しいことは美味しいけど、どうやって食べるの?」


 にんじんゼリーとしてこのまま食べる以外に、食べ方が予想できない。


「マロットは火を通すと固くなります。焼いて食べると甘みがまして更に美味しくなりますよ」


 へぇ。にんじんステーキみたいにもなるのか。


「きゅート! これいっぱー持ち帰ろーね」

「……そういうことは後でコソッといいなさい」


 マリーナを始めとする畑仕事をしているネレイドにも注目されちゃうし。

 ……なんかすごく優しい目でラビットAを見ているんだが。


 もちろんマロット以外の野菜も貰えるよう交渉するつもりだし。

 というか、種をもらって地上でも育てられるか試してみたいし。


 他にも育てている野菜があるようなので、そのまま見学。

 途中でぶくぶくハウスを使って、即席で料理したり。

 そんな時間を過ごしていると遠くから俺を呼ぶでかい声。


「御使い殿~。お待たせしたであります~」


 ……そういえば滅茶苦茶デカい声だったなと。

 大声で呼びながら近づいてくるエレーネの姿を見て、わずか数時間前の洞窟での出来事が随分と懐かしいなと感じていた。

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