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第73話 海底楽園

 トンネルを抜けるとそこは……


 まるでどこかの純文学のような一節が頭に浮かぶ。

 エレーネの案内で辿り着いた先は、当然だが雪国ではなく海中――ネレイドの国。

 その国の光景はまさに圧巻。


「おおっ!?」

「わぁすっごーい!」

「きゅぴゃあ!?」

「ほぅ……これは」


 俺を含む全員が感嘆の声を上げる。

 中でも目をキラキラと輝かせているのがラビットA。


「きゅきゅっと。きゅきゅわきゅきゅらきゅっきゅい!」

「あーうん。少し落ち着こうなラビットA」


 興奮するのは仕方ないにしても、せめて分かる言葉を発してくれ。

 俺はラビットAを落ち着かせるためにも深呼吸をさせる。


「はい。深呼吸」

「きゅーはー」


 大きく深呼吸するラビットA。

 うん、かわいい。


「きゅート。きゅらきゅらのきゅわきゅわ!」

「う~ん。もうちょっとだけ落ち着こうか」


 深呼吸してもやっぱり興奮気味のラビットA。

 さっきよりマシになったが、共通語にはまだ遠い。

 ……多分、キラキラのしゅわしゅわとでも言いたかったのだろう。


 キラキラなのは見たとおり。

 俺の第一印象はカラフル。

 建物も壁も地面も、赤に青にピンクに……カラフルな珊瑚で形成されていた。


 しゅわしゅわは……水槽のエアーポンプのようにそこかしこから水泡が湧き出ている。

 それ以外にもシャボン玉のような大きめの水泡もプカプカと浮かんでおり、しゅわしゅわっぽく見えなくもない。


 この幻想的な光景。

 おそらくラビットAには遊園地のように見えてるだろう。


「こういうのを絵にも描けない美しさとでも言うのでしょうか」


 鈴風がぼそっと呟く。

 絵にも描けない美しさ……竜宮城かな?

 確かにここは海中だし、奥には城のような建物も見えるし、あながち間違いではないかも。


「御使い殿。どうでありますか、我が国は?」

「あ、ああ……すごいな」


 ただただ凄いと。それだけしか言えない。

 絵にも描けない美しさというより、俺にとっては言葉に言い表せないような美しさだと思う。


「御使い殿。申し訳ありませぬが、我は、ははう……女王に報告に行かねばなりませぬ」

「あーうん。そうだろうね」


 得体のしれない侵入者を撃退しようとして、実はそれが神の御使いだったから連れ帰ったとか。

 真っ先に報告するのは当然だ。

 ……御使いではないんだけど。


「えっと、じゃあ俺たちはどうすりゃいいんだ?」


 どうすりゃいいも報告が終わるまで待つしかないんだろうけど。

 待つ場所は……ここかな?

 付いていくと言っても、向こうも報告で聞かれたくない話もあるだろうし。


 本当なら待っている間に観光しに行く……とでも言いたいところだけど。

 いくら御使いに間違われていると言っても、流石に自由に国を見て回っても良いよとはならないだろう。


 そう考えているとエレーネが部隊から一人を呼び出す。


「マリーナ! こちらに」

「はい!」


 マリーナと呼ばれたネレイドが俺たちの前までやってくる。


「我が不在の間、我の代わりにこのマリーナが御使い殿のお相手をするであります」

「はぁ」


 よく分からず曖昧に答える。

 要するにエレーネの代わりの見張り……というか、話し相手ってことか。


「マリーナ。くれぐれも粗相のないように」

「了解しました」

「御使い殿。それでは失礼するであります」


 そう言ってビシッと最敬礼をして城の方へ向かうエレーネ。


「改めまして御使い様。マリーナと申します」

「あ、ああ……よろしく」

「早速ですが、御使い様方は何かされたいことはございますでしょうか?」

「何かって……」

「どうせ隊長は女王の折檻でしばらく戻りませんし、御使い様が希望されるのであれば、お食事や観光をなされては?」


 ……んん?

 今、報告じゃなく折檻とか言わなかった?


「……エレーネって報告に行ったんだよな?」

「ええ。ですが、あの通り隊長はあの通りの方ですので、自分の思ったことを馬鹿正直に報告して……」


 あ~うん。なんか察した。

 要するに俺をサハギンと勘違いして襲いかかったこととか返り討ちにあったこととか……言わなくていいこととか言っちゃって叱られるってことか。


「……なんか大変だな」

「そうですね。ですが、隊長は少し残念な方ですが、決して悪い方ではないんですよ。本来なら次期女王の立場ですから、安全な場所にいればいいのに、民を守ると最前線にいますし……そのお陰で厄介なことになることも多いですが」


「部下にまで残念と言われるエレーネって本当に残念なのね」

「率先して民を守ろうとするとはまさにくっころ騎士の鏡」


 ……ナビ子と鈴風のどうでもいい感想はともかく。

 残念なのは間違いないようだが、それなりに慕われているところもある様子。

 というか、このマリーナってネレイドはエレーネと違って普通っぽい。


「ひとつ聞きたいんだけど、本当に俺が神の御使いだと思う?」

「少なくとも隊長は本気で御使い様だと思っています」


 ……その言い方だと、マリーナは信じてないって言っているようなものじゃないか。


「それなのに、俺たちを国に入れていいのか?」

「ええ。構いません。神の御使いにせよ違うにせよ、貴方方はこちらに危害を加えるような方々ではないようですから」

「その心は?」

「危害を加えるのであれば、我らを無傷で捉える必要などありませんから。貴方方は終始こちらに気を使っておられましたよね?」

「……それが分かってるなら、エレーネにも教えてやればいいのに」

「言って聞くような方でしたらいいんですけど……」


 そう言ってため息をつくマリーナ。

 ……やっぱり随分と苦労をしているみたいだ。


 エレーネより話を聞きやすいと思った俺はついでに色々と話しを聞いてみた。


 それによるとあの玉手貝。

 なんとあの玉手貝はネレイドが育てていた……つまりあの場所は玉手貝の養殖地だったらしい。

 昨日も玉手貝を収穫しようと思ったら、なぜか玉手貝が全滅していた。


 急いで報告に帰ろうとしたが、原因が不明だが巨大モンスターが騒がしい。

 ラビットAはネレイドたちが、俺たちに気づいていたと言っていたが、実際はただ単に暴れていたから見つからないように注意していただけだったらしい。

 エレーネが自分の部隊はクラーケンを倒せると言ったが、それは平時の話。

 あんなに暴れている巨大モンスターに見つかったら危険だからと最新の注意を払って帰還。

 普段ならトロッコのあった出入口を利用するらしいのだが、あの出入口は巨大モンスターの領域が出入口のため、少し遠くにある俺たちが入った出入口を利用したと。


「へぇ……そうだったんだ」

「ええ。そうなんですよ……」


 もちろん玉手貝を全回収したことも、巨大モンスターが暴れていた原因は俺たちと戦っていたことなんかは伝えてない。

 ただ、マリーナは気づいているぞと訴えているようなめをしてこう言った。


「そのような理由で少々慌ただしくなっておりまして……後ほど女王からもお話があるかとは思いますが、御使い様には是非ともこの国を助けていただきたく」

「……もちろん俺たちにできることがあれば協力するよ」


 そうとしか言えないよなぁ。

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