第71話 ネレイド
「……まぁこうなるよな」
「まさに死屍累々ってやつね」
「いや、誰も死んでないから」
こっちの話を全く聞かない人魚リーダーにサハギンと間違われた挙げ句、襲われたわけだが……負けるはずもなく、あっさり返り討ち。
人魚の騎士団といえども、やる気になっていたバトルジャンキー二人が相手では全く勝負にならなかった。
それだけではなく、負けたと気づいた待機組の人魚もバリケードから飛び出してきて……その数なんと40。
こちらも鈴風とラビットAによってあっさりと無力化。
なので現在、俺たちの目の前には武器を取り上げて、縛られた50人の人魚がいると。
「くっ何故だ。我が部隊はあのクラーケンをも退けるのだぞ!?」
縛られた状態の人魚リーダーが叫ぶ。
あーうん。
部隊ってのは最初の10人のことだろう。
確かにクラーケンを10人で退治できるなら大したものだ。
ただねぇ……こちらのラビットAと鈴風はソロで、しかも余裕でクラーケンを討伐できるんだよなぁ。
「ふむ。まあまあでしたね」
「きゅい。らくしょー」
暴れ回ったことで満足そうな二人。
あれだけ暴れたのに疲れた様子は全く無い。
……本当、この二人の戦闘力は桁違いだよなぁ。
ちなみに俺はと言うと……ただボケーッと見ていただけ。
ああ、でも修業の成果か、初手の人魚の攻撃はナビ子が防いでくれた。
以前のナビ子なら、俺と一緒に慌てふためいただろうが……今回は人魚との会話の時点でいつでも防御魔法を使えるように準備していたみたいだ。
うんうん。ナビ子が成長しただけであの地獄の修業をした甲斐があったというものだ。
「でも……これ、どうしようか?」
例え人魚リーダーの早とちりだったとは言え、こうなってしまったら、敵対するつもりはなかったと言っても信じてもらえないだろう。
というか、あの人魚リーダーに何を説明しても無駄だと思う。
「我らを囚えたとて……我らはサハギンなぞに決して屈指はしない!!」
とまぁ何も言ってないのに色々と勘違いしてるし。
そもそもサハギンじゃないと何回言っても聞いてくれやしない。
「ほぅ。その減らず口がいつまで叩けることやら。ほらシュート、口では言えないようなことをしてあげなさい」
「……いや、しないから」
というか、何で鈴風はいきなり悪役ロールプレイとかしてるの?
「シュートさいてー」
「きゅいてー」
「何でだよ!?」
最低なのは鈴風だろうが!?
そもそも俺はそういうのに気を使って武装解除はさせても、鎧だけはそのままにしてるんだぞ。
「くっサハギン如きに辱めを受けるくらいなら……いっそ殺せ!?」
ああもう! 人魚リーダーは人魚リーダーでお約束なことを言い始めるし。
というか、下手したらこのまま自分の下を噛みちぎって自殺しそうだから……仕方ない。
俺は人魚リーダーに猿ぐつわをする。
「ん―! んんんー!?」
人魚リーダーが何か叫んでいるが……流石にこの状況では言語翻訳スキルも仕事しないらしい。
さて残りの人魚は……何も話してこないから大丈夫かな?
今から50人全員に猿ぐつわするのも面倒だしね。
「シュートシュート。ほら、くっ殺ですよくっ殺! ふふっ。この人魚なら絶対に言ってくれると信じていました」
「痛い! 痛いから!?」
何が楽しいのか、俺の背中をバンバンと叩く鈴風。
かつてないほどのテンションだが……えええ。
いや、鈴風がネタ好きなのは知ってるけど……もしかして、そのために悪役ロールプレイをしたのか?
つーか、くっ殺で喜ぶとか……あれっ?
今まで鈴風って年上の女性かと思ってたけど……もしかして、鈴風の日本での姿って男じゃね?
さっきも嫁論争で盛り上がったし……ネタが女性ってよりも男っぽいんだよなぁ。
……まぁそんなこと言ったら、その瞬間、俺の人生は終了を迎えそうだから、絶対に言えないけど。
うん。鈴風は女性。
この疑惑は墓まで持っていくことにしよう。
ってか、鈴風の疑惑とかそんなのどうでも良くて、現状について考えないと。
「……もうさ。このまま帰ろっか」
こんなんどんなに頑張っても人魚との関係修復はもう無理。
ならいっそのこと、このまま大人しく帰ったほうがいい気がする。
本当なら交渉して人魚の魔石とか、その装備品とか色々と手に入れたかったけども。
交渉できないんだったら諦めるしかないじゃない。
「……いいの?」
「だってそれが一番だろ?」
殺してでも奪い取るは俺のコレクター魂に反するから、それをするくらいなら諦めたほうがまし。
不幸中の幸いと言うか人魚リーダーがあれだったせいで、人族との確執も起きなそうだし。
……代わりにサハギンと人魚に確執が生まれた気がしなくもないが。
ただサハギンがどこに生息しているか知らないし……そもそも最初から確執もあったみたいだから。
どうしようもないってことで……ねぇ。
「ちょっと待ちなさい! それでは海竜と戦えないではありませんか!」
鈴風は反論するが……いや、ぶっちゃけ俺だって残念なんだよ。
戦うつもりはなくても図鑑登録だけはしたかったし。
「代わりに今度同格のドラゴンを紹介するから。ブラックドラゴンより遥かに格上だぞ」
「……仕方ありませんね。絶対ですよ」
よし、鈴風は海竜に拘りがあるわけじゃなく、強いドラゴンと戦いたいだけだから、これで引いてくれると思った。
……グリムには申し訳ないことになったけど。
「他に反対する人は……いないな?」
「ちょっと残念だけど……仕方ないよね」
「きゅい~。残念」
ナビ子もラビットAも残念そうだけど反対はしない。
……俺だって残念だよ。
「じゃあ……人魚の拘束はどうすんの?」
「流石に今解放したら面倒だし……離れてから返還で回収するよ」
人魚を縛っているロープは全部カードにしているので、どこにいても返還で回収できる。
この洞窟を出て……追いかけられない場所まで逃げたら解放すればいいだろ。
幸いここに人魚以外のモンスターはいないから放置で問題ないだろうし……仮に解放しなくてもアジトから他の人魚が助けに来るかもしれないから、死ぬことはないだろう。
「あっそうだトロッコを返さないと」
俺はカードに戻したトロッコを再度呼び出し。
今度は解除で完全にカード化を解除する。
「じゃあ、これは返すから。勝手に使っちゃったけど、まぁ不可抗力ということで」
「んんんー!?」
多分ふざけるなとか、どこから出したとか言ってるんだろうが……クレームは一切受け付けないってことで。
あと……帰る前に、さっき出来なかったハイアナライズだけは忘れずにしておかないと。
とりあえず回収した武器はハイアナライズじゃなく、トロッコの時と同じ様に、一旦カードにして登録してから解除。
本当は鎧もカードにしたいけど……流石に脱がすのは無理だからハイアナライズで我慢。
最後に人魚。
全員同じ人魚に見えるけど……派生の可能性もあるから、ちょっと面倒だけど、念の為50人全員をハイアナライズ。
さっきの会話だとセイレーンではないようだけど。
「……ネレイド?」
人魚リーダーのカードにはネレイド姫騎士と書いてあった。
「ナビ子知ってる?」
「確か海に棲むニュンペーだったかな」
ニュンペーってのは聞いたことがある。
妖精の一種で棲む場所によって様々な種族がいたはず。
ネレイドは知らなかったけど……確かドリアードとかナパイアとかもニュンペーだったよな。
ってことは、間違いなく合成で他のニュンペーに派生するだろうが……返す返す勿体ない。
「というかこのリーダー。姫騎士って書いてるんだけど」
「きゅぴえ!? お姫さま!?」
……ってことだよなぁ。
一応他の人魚もハイアナライズすると……そこにはネレイド騎士やネレイド槍士、ネレイド弓士など。
ゴブリンみたいな派生が多そうなことだけは分かった。
ついでにレア度と簡易説明文も確認を……ってことで図鑑を取り出し確認……
「んんー!? んんんんーーー!?」
突然、今まで以上に暴れだす人魚リーダー。
まるでまな板の上の魚のようにビタンビタンと。
「ど、どうしたんだ一体!?」
「んんん!! んん!?」
あまりにも今までと違いすぎる動きに戸惑う俺。
もしかしてどこか痛いのか……とも思ったが、痛かったらそんな動きはしないだろうから、そうではなさそう。
どちらかと言うとはなんか信じられないものを見たように目を見開き驚いているような?
その視線の先は俺……ではなく、俺の右手。
……図鑑?
試しに図鑑を上下に左右に動かすと……それに合わせて人魚リーダーの視線も動く。
ってか、人魚リーダーだけじゃなく、他の人魚も驚いている様子。
……人魚リーダーのように暴れてはないけど。
流石に気になった俺は人魚リーダーの猿ぐつわを外す。
「あ、あ、あ……あなたが神か!?」
「………………」
人魚リーダーの言葉が理解できずに固まる俺。
すぐ背後でブハッと吹き出した後、「あ、あの人魚、最高」とプルプルと震えて笑いを堪えている鈴風がやけに印象的だった。




