第70話 人魚と対話
前方にバリケードと完全武装の人魚たち。
そして俺たちは止まることのできない暴走トロッコ。
バリケードまで……あと500メートルとくらいか。
このままなら30秒くらいで衝突しそうだ。
「トマレ! サモナクバ……」
大声で叫ぶ人魚。
さっきも思ったけど……この距離でよく声が届くなぁ。
「シュート。かまいません。このまま突っ込みなさい」
「きゅう? 突っ込む?」
「いや、突っ込まないから」
何故にこのバトルジャンキーどもはこうも好戦的なのだろうか。
ともあれ急がないと本当に衝突してしまうので、俺はさっさとトロッコをカードに戻す。
フッと足場がなくなる感覚。
慣性の法則とかよく分からない物理法則だと、このまま地面に叩きつけられてゴロゴロと転がったりするんだろうが。
ここが海中だからか、トロッコが魔道具だったからか、はたまた自身にかかっているライファスキン魔法のおかげか。
幸いなことに俺たちは地面に叩きつけられることはなく、その場にぷかぷかと浮かぶ。
う~ん。ある程度痛みを覚悟してたのに、何だか肩すかしにあった気分だ。
まぁ痛くないに越したことはないけどね。
「突っ込まないとは面白くありません」
「きゅんときゅんと」
トロッコが無くなったことで文句を言う二人。
面白いとかそんなの関係ないから。
こっちの二人は文句を言っているが、前方の人魚はというと……あちらも向かってきていた急にトロッコが消滅したからか、ざわめいている。
流石にさっきみたいに叫ばれないと何を言っているか分からないが……おそらく消えたとかそんなところだろう。
「さて、どうするか」
とりあえずこちらに敵意がないことを示しつつ、話し合いができる距離まで近づきたい。
俺は敵意がないことを示すために、分かりやすいのは両手を上げてゆっくりと近づこうと……一歩踏み出したタイミングでヒュンッと足元に何かが刺さる。
……矢だ。
人魚の方を見ると、さっき大声を出した人魚が弓を持っていた。
「ウゴクナ!」
どうやら今のは牽制で放ったようだが……なるほど。
さっきの、さもなくば……の言葉を考えると、そのままトロッコで突っ込んでいたら、今の矢が直撃していたのかも。
足元を狙う技術があれば車輪を狙って脱線させることもできただろうし。
それにしても……海の中で一直線に矢を討てる技術は魔法なのかスキルなのか、はたまた道具なのか。
足元の矢をハイアナライズしたら詳細は分かるかな?
……流石に人魚は遠すぎるから、足元の矢だけハイアナライズ。
「……こんな時でも、やっぱりシュートはブレないね」
「これも貴重な情報ってね」
ただ今の状況で図鑑を開いて確認……なんてことは流石にできない。
出てきたカードはポケットに入れて、人魚に備える。
「動くなって言われても、こう離れてちゃ……あんな大声は出せないし」
めちゃくちゃ声を張り上げれば届かなくはないかもしれないが……とてもじゃないけど会話にはならない。
というか恥ずかしくてやりたくない。
「あれ……魔力で声を飛ばしてるみたいね」
ナビ子によると、魔力で身体能力を強化させる要領で、声に魔力を乗せることで遠くまで飛ばしているとのこと。
他にも視力が良くなったりと身体能力系スキルに近い働きもできるらしい。
こっちも声に魔力を乗せれば声も聞こえるだろうが……どちらにせよ恥ずかしいことに変わりない。
とりあえず、足元に牽制ってことは、向こうもいきなり危害を加えるつもりはないってことだろう。
なら、ひとまず言うことを聞いて、両手を上げたままその場を動かずに敵意がないことをアピール。
「はいは~い。こっちに敵対心はありませんよ~」
「それ、怪しいやつの常套句じゃないのさ」
俺も自分で言いながらそう思ったけど……聞こえないからいいんだよ。
そんなアピールが効いたのか、大声を上げていた人魚を中心に何人かの人魚がこちらへやって来る。
もちろん全員がお揃いの青い鎧と槍の完全武装。
統一性があるから、ラビットAの言う通り騎士団に見えなくもない。
「なるほど。人魚の騎士団ね」
「きゅわわ。やっぱかっこいー」
近づいてくる人魚に目を輝かせるラビットA。
……こういうのに憧れがあるのかな?
ただ……この騎士団、全員が女性っぽい。
セレンと同じセイレーンか……? とも思ったが、耳の形が微妙に違う。
セレンの耳は普通、というかエルフのように少し尖った感じの耳だが、向かってきている人魚の耳は……全員が魚のヒレのような耳をしている。
う~ん。
武器も鎧も……人魚の種族も。
非常に気になるところだが。
「くそっ……これじゃあハイアナライズできないじゃないか」
「いいことシュート。絶対にその手を下げないでよ」
「分かってるよ」
今の俺は両手を上げて敵意がないことをアピール中。
そのため、ハイアナライズしても目の前のカードを回収できない。
もしここで手を下げようものなら、その瞬間、槍や矢が飛んできそうだ。
人魚たちは俺たちを逃さないように包囲し槍を突き出す。
一瞬、鈴風とラビットAが手を出さないかと心配したが……杞憂だったようだ。
二人も手を出さずに大人しくしている。
「キサマラ、ココニナニヨウダ!? マカシャヲドコヘヤッタ!」
さっき大声を出した人魚が問いかける。
この人魚がこの部隊のリーダーで間違いないようだ。
「何の用……と言われても……」
「……観光?」
「きゅい! ぼーけん」
「しんりゃ……」
「主、流石にその冗談は駄目でござる」
不穏なことを言おうとした鈴風を慌ててムサシが止める。
よし、よくやったムサシ。
ったく、冗談も程々にしてほしいよ全く。
それからマカシャ? ……ああ、トロッコのことか。
そういえばカードの名称が魔貨車になっていたな。
さて、どう誤魔化そうかと俺はチラリと人魚の顔を伺うが……うん?
「キ、キサマラ、ナニモノダ?」
どうやら人魚リーダーは俺たちの言葉よりも俺たちを見て戸惑っている様子。
まぁ無理はない。
ここにいるのは人族二人に妖精二人にウサギと三匹のリス。
そして人魚が一人。
そもそも人族がここにいるのがおかしいのに、この異色な組み合わせ。
混乱する気持ちはよく分かる。
「何者と言われても……ねぇ」
「とりあえず人族って答えればいいんじゃない?」
なるほど。
「俺たちはただの人族です。全くもって怪しくないです」
「……だから怪しくないって言ったほうが怪しいんだって」
それは分かっているけど、それでも主張したくなるというか……。
というか、俺の答えを聞いていたのかいなかったのか。
人魚リーダーはずっと思案顔で……やがてハッとなにかに気づく。
「分かったぞ! 貴様ら、サハギンだな!?」
「人族だっつってんだろ!!」
人魚リーダーの言葉に条件反射的に突っ込む。
誰がサハギンか誰が。
だが、その突っ込みをすることで、槍が一斉に俺に突きつけられる。
……流石に今のは不可抗力だろ。
「人族に化けたサハギンではないのか?」
「……何故そうなるんだ」
いや、実際のサハギンを見たことないから分からんけども。
人魚が上半身が人型で下半身が魚の半人半漁だとすれば、サハギンは人型の姿をした魚……リザードマンの魚版みたいな感じってことは知ってる。
「では何故我らの言葉が理解できる?」
うん? ……そういえば、人魚リーダーの言葉遣いが片言から流暢になっているな。
「シュートシュート。この人魚、さっきは共通語を話してて、今は人魚語を話してるわよ」
ナビ子がコソッと俺に耳打ちする。
つまり……さっきまでの片言は、本来の人魚の言葉ではなく、俺たちが理解できるように共通語で話していたと。
んで、今は人魚語で話していると。
言語翻訳は自動変換だから……つまり片言で話していた共通語が片言っぽく変換され、流暢で話した人魚語は普通に変換されたってことか。
サハギンなら理解できるってことは、正確には人魚語じゃなくて海の共通語なのかもしれない。
ってことは……言語翻訳のスキルを持っている俺と鈴風はともかく、他の人は理解できないんじゃ?
俺は横目にラビットAを見ると……きゅう? と何が何やら分からないって顔。
ああ、これは確実に分かってないな。
「マスターは間違いなく人族です」
ここで前に出てきたのはセレン。
セレンには人魚語が分かるらしい。
人魚リーダーはセレンをまじまじと見つめ驚いた声を上げる。
「ほう。珍しい。お前はもしやセイレーンではないか?」
「はい。アタクシはセイレーン種です」
「確かセイレーン種は魔族領の海域を縄張りにしていたと記憶しているが?」
「アタクシは生まれた時からマスターに付き従っておりますので、他のセイレーン種がどこにいるかは存じません」
「そこのサハギンが?」
セレンの言葉にギロリと人魚リーダーが俺を見る。
……だからサハギンじゃないっての。
「そうか、分かったぞ! 貴様は人攫いだな!?」
「はぁ!?」
何故そうなる。
「違います。マスターは……」
「お前は騙されてるんだ。見てみろこの雑多な種族の集まりを。このサハギンはこれまでも様々な種族を襲い、子を攫っているに違いない」
さっきから薄々感じていたが、この人魚リーダー、人の話を聞かないというか、思い込みが激しいというか……話が通じないタイプだ。
こっちがいくら否定しても聞く耳持たないから……こういうのが一番厄介だ。
「皆のもの。この人攫いのサハギンを捕らえよ!」
「いや、ちゃんと話を聞けって!?」
人魚リーダーの号令で一気に襲いかかってくる人魚たち。
「ふふっ。これはもうやっていいですよね?」
「きゅう? よくわかんなーだけど、やっていーの?」
「あーもう! 怪我させずに無力化させろ!」
……流石にこれは正当防衛だよな。




