第54話 お土産
宝箱に擬態していた玉手貝。
モンスターだと分かった今でも……うん。
見れば見るほど宝箱にしか見えない。
その玉手貝はこちらに気づいているのかいないのか。
逃げる気配も襲いかかってくる気配もなく、その場に留まっている。
「逃げられる前にサクッと倒したいところだけど……なんとか宝箱を壊さずに倒せないかな?」
倒すだけなら斬ればいいだけだから簡単。
鈴風なら、またつつまらぬものを……とか言いながら、宝箱ごと一刀両断するだろう。
でも見た目は綺麗な宝箱。
コレクション的な意味でも、できれば美品のまま手に入れたい。
「死体をカードにして分解すれば素材として宝箱が手に入るのでは?」
カード化のことをあまりよく知らない鈴風の疑問はもっとも。
「本当、それならどんなに楽だったことか」
残念ながら分解もそこまで万能じゃないんだよなぁ。
たとえばホーンラビットの死体。
カード化を使わずに普通に解体した場合、素材として価値のあるものは魔石、肉、角、毛皮、尻尾。
当然、死体の破損具合で角が手に入らなかったり毛皮がボロボロだったりするわけだが。
それはカードの分解でも同様。
ホーンラビットの死体をカードにした際に、角が折れていると分解しても角は手に入らない。
真っ二つになっていると、肉の量も少ないし、毛皮もボロボロ。
レア度の低い質の悪い素材になる。
ちなみに肉の部位はどこだろうと肉としか表示されないが、実際に分解された肉は、ちゃんとそれぞれの部位で精肉されている。
それを踏まえて今回の場合。
おそらく貝殻という名の宝箱と……貝って言ってるんだから、貝肉が手に入るんだろう。
……はたして食材と足り得るか激しく疑問だが。
それより宝箱の方。
倒す時に壊れていたら、分解しても壊れたままの状態でしか手に入らない。
逆に美品の状態でカードにしたら、壊れても自動修復でいつでも美品に戻すことが出来る。
「だから絶対に宝箱は傷つけないように」
「理由はわかりましたが……本当に面倒な」
箱を傷つけずに箱の中のモンスターを倒せって言ってるんだから、確かに面倒だよなぁ。
と、そこに手をつないでいたラビットAがねぇねぇと声をかける。
「シュート。ちょっとしゃがんて」
理由は分からないが俺は言われたとおりにしゃがむ。
「ありがとー。きゅしょ……きゅしょ……。はい、立ってー」
ラビットAはお礼を言いながら俺の背によじ登り肩に座る。
何故か肩車をすることになったが……まだまだ甘えん坊モードのようだ。
……別にいいけど。
「きゅぷぷ……きゅぎゅか、そんなことも出来ないのー?」
そしてラビットAが鈴風を煽る。
肩車状態なので、当然ながら鈴風よりも高い位置から。
えっ!? もしかして鈴風を見下ろすために肩車を要求したの!?
「むっ面倒だと言っただけで出来ないとは言ってません」
「きゅぷぷ。あんなのらきゅしょーなのに、きゅぎゅかにはめんどーなんだ」
お前ら仲良かったよね?
何でそんなに煽ってんの?
「楽勝と言うのであれば、ウサコがやればいいでしょう」
「きゅふふ……まーかせて。シュート、ちょっとこっち向いて」
ラビットAが俺の首を玉手貝の方へ向ける。
「わ、分かったから止めれ!」
痛いから! グキッとするから!?
って!? 肩車状態でやる気なの!?
「きゅむむ……きゅいっ! コキュートス!」
ラビットAが頭上から魔法を唱える。
――――
コキュートス【水属性】レア度:☆☆☆☆☆
水属性最上級魔法。
対象を氷の牢獄に閉じ込める。
――――
コキュートスはラビットAのオリジナル魔法ではなく合成で完成した既存魔法。
まぁ星5の時点で失われた古代の超魔法とか、魔法の得意な伝説級のモンスターとか上位魔族のしか使えなさそうだけど。
ラビットAは以前、マグマゴーレムをブリザードームってオリジナル魔法でマグマゴーレムを雪山の中に閉じ込めたけど、このコキュートスはそれをさらに強化したような魔法。
雪を降らせて閉じ込めるんじゃなく、一瞬で対象をクリスタルのような形の氷の中に閉じ込める。
単体攻撃のため、周囲に影響は……ちょっと寒くなる程度。
俺たちには海水が少し冷たく……って、それもライファスキンで気づかないんだが。
玉手貝は壊れることもなく、元の形のまま巨大なクリスタルの中に。
少し待てば、中の本体も凍死することだろう。
もちろん、そう簡単にこの中から抜け出すことは出来ない。
氷の牢獄とはよく言ったもので、この氷、星5の魔法だけあって、海水程度で溶けるようなことはないし、地上でも日光くらいじゃ絶対に溶けない。
壊すには弱点の火属性……それも最低でも星3か4レベル。
弱点以外だと、同じ星5レベルの魔法が必要だろう。
当然、この玉手貝がそんな魔法を持っているはずはない。
「きゅふふ。どーお?」
宣言通り宝箱を破壊せず簡単に倒したラビットA。
確かにすごいことだけど……人の頭上でドヤ顔は止めて欲しい。
「……魔法はズルいよね」
「ああ……ズルいな」
ラビットAには聞こえないようにボソッと呟く俺とナビ子。
鈴風を煽ってるから、てっきり物理的な何かで倒すとばかり思っていた。
ただ鈴風もそう思っていたようで。
「ま、魔法は卑怯です!」
「まほーが駄目だって言ってないもー。悔しかったらきゅぎゅかもまほー使えばいーだけだし」
抗議する鈴風を更に煽るラビットA。
魔法を使えったって、鈴風は風と雷しか使えない。
殺傷能力の高い風と雷じゃ、破壊せずに倒すのは不可能だろうし……そもそも俺みたいに合成で簡単に習得できるわけじゃないから、レア度の高い魔法は覚えていないだろう。
「ぐぬぬ……魔法など使わずとも簡単に倒せます。シュート、次を用意しなさい」
次って……ったく。んなの用意できるわけ無いだろ。
そりゃ複数枚欲しいけどさ。
でもとりあえず先に目の前のをカードにしないと。
氷の中の玉手貝が死んだかどうかはハイアナライズで確認できる。
なので死んだタイミングでラビットAにコキュートスを解除してもらい、玉手貝をカードにし、分解。
――――
玉手貝の魔石【素材】レア度:☆☆☆
玉手貝の魔石。
――――
――――
玉手貝の殻【美術品】レア度:☆☆☆
玉手貝の殻。
宝石箱にピッタリ。
――――
――――
玉手貝の肉【食材】レア度:☆☆☆
玉手貝の肉。
焼いて食べると美味しい。
――――
――――
玉手貝の真珠【宝石】レア度:☆☆☆☆
玉手貝の真珠。
不老長寿の秘薬の材料となる。
――――
分解結果を確認して俺は思わずガッツポーズ。
「ふっふふふ……よっしゃあああ!!」
「えっ!? 何っ!? そんなに宝箱の質が良かったの?」
「きゅぴゃ!? きゅート、暴れないで!」
「あっごめん」
突然のハイテンションに驚くナビ子と肩から落ちそうになるラビットA。
俺はラビットAを降ろして全員に分解結果を見せる。
宝箱に関しては予想通り、美品状態で手に入った。
……名前は宝箱じゃなくて殻だけど。
少し手直しすれば名称も宝箱とか宝石箱とかに変化もしそう。
ただそれ以上に価値があるのは真珠。
さっきまで念頭になかったけど、真珠って貝から採れるんだった。
「不老長寿の秘薬……もしかしてシュートたちプレーヤーの寿命に効果あるんじゃ!?」
「きゅぴえ!? いっぱー集めなきゃ!」
ナビ子の言うプレーヤーの寿命とは、俺や鈴風の身体の寿命のこと。
俺たちプレーヤーは精神はともかく、身体は運営が作った仮初の身体。
元々この世界の調査で作られただけなので、はたして普通の人間と同じ寿命設定がされているのか。
数年は大丈夫だろうが、数十年も調査を考えていたかは分からない。
俺もそれが不安だったから……告白を断ったこともある。
……それはさておき。
不老長寿の秘薬があれば……とナビ子とラビットAは考えたようだ。
「わたくしは余裕で倒せるということを証明できればそれだけで構いません」
ちなみに鈴風にも簡単に事情を説明しているが、自分の体のくせに特に興味はないようだ。
まぁ寿命がどうかは分からないんだから、悩んでも無駄って感じだろう。
鈴風らしいっちゃ鈴風らしい。
ちなみに俺は……そこまでサバサバできないけど、そこまで深く考えているわけでもないんだよなぁ。
考えても仕方ないし。
数年後に体調に異常がありそうだったら真剣になろうって感じ。
ただ……今回に関してはナビ子とは違い、まったく考えてなかったけど。
俺が気にしたのは……真珠そのもの。
出発前夜のアズリアの言葉を思い出す。
――ふふっ。では大きめの真珠でも期待しておきましょうか。
この真珠はまさにお土産にピッタリの真珠。
だからアズリアと……もうひとり。
「とりあえず後ひと……いや、あと三つ用意しよう」
「シュートと鈴風とサナとエイジの分ね!」
「きゅい! 頑張る!」
いや、サナはそうだけど、最後の一人はアゼリア。
やっぱり女性陣へのお土産は統一しないとな。




