第48話 お説教
「わたくしが124匹でウサコが83匹……わたくしの勝ちですね」
「きゅむむ……」
結局、二人だけで全てのメガロバラクーダを狩り終えた鈴風とラビットA。
どうやら勝負自体は鈴風の方が圧勝のようで、ラビットAが悔しがっている。
俺はと言うと、リコたちが回収した全てのメガロバラクーダを全てカードにし終えたところ。
「シュート……穏便にね」
俺の雰囲気で何か悟ったようだが、俺はそれに答えずラビットAに近づく。
そして……ラビットAの頭に思いっきりの拳骨。
「きゅぴゃあ!? シュート! 痛い!」
頭を押さえながら涙目で抗議するラビットAを俺は黙ってジッと見続ける。
「ちょっと。負けたからって暴力は辞めなさい」
それに対して見当違いなことを言う鈴風。
勝ち負けとかどうだっていいんだよ。
「黙ってろ」
そんな鈴風を一瞥し、一言だけ言ってラビットAに向き直る。
「なっ!? なんですかその態度は!?」
「きゅぎゅか駄目!」
「鈴風、ごめん。ちょっとだけ待ってて」
なおも突っかかろうとする鈴風にラビットAと胸ポケットから飛び出して制止するナビ子。
付き合いの長い二人は俺が本気で怒っていることに気づいている。
ラビットAはしゅんとして俺に向き合う。
「ラビットA。俺が何で怒っているか分かるか?」
「……勝手に勝負したから?」
少し悩んでラビットAがそう答える。
もし、負けたからとか言ったらもう一回拳骨が飛ぶところだったぞ。
「それもあるが……そうじゃない。俺が怒っているのは勝負に集中しすぎたからだ」
「きゅう? ……勝負だから集中しないと」
ラビットAは分からないと首を傾げる。
怒られているからって謝罪だけせずに、ちゃんと疑問に思うのはラビットAの良いところだと思う。
だから俺は一からちゃんと説明する。
「ラビットAは鈴風に勝負と言われてどう思った? あのモンスターの数を見て勝負どころじゃないとは思わなかったか?」
「きゅう……思わなかった。強いモンスターならシュートを守んなきゃだけど、あのモンスターが弱かったから、きゅぎゅかと二人ならよゆーと思った」
うん。
勝負を挑まれたから何も考えず……とかならリーダー失格と思ったが、相手の力量を考えた上で、俺が安全だと確信しての行動だったと。
実際、海中というアウェーで魔法の制限があっても無傷で全滅できるくらいメガロバラクーダは二人にとって雑魚だったから、二人の相手を見る力量は確かだろう。
そこに関しては俺も信じていたから、本気で止めることもなかったので、勝負を受けたことに関しては怒らない。
「じゃあラビットA……さっきのモンスターが体内に毒を持っていたことは知っていたか?」
「ううん。知らなかった」
毒を持っていたと聞いて驚くラビットA。
まぁ俺もハイアナライズするまで気づかなかったし。
攻撃を一切受けてないラビットAが気づかなくても無理はない。
ただ、ラビットAと鈴風がメガロバラクーダを斬りまくったせいで、血が海に広がり、辺り一面毒の海状態。
それでも元々毒を防ぐソリッドエアを改良しているライファスキンとテキトーオーを使っているから、どれだけ毒が広まっても効かないが……。
「二人をサポートしていたリコ、チコ、クコは魔法を使ってないから毒を受けた」
「きゅぴえ!? だいじょーぶ!?」
俺の言葉にラビットAが慌ててリコたちに近づく。
もちろん魔法で治療済みで元気いっぱいなので、ラビットAは良かったと安堵する。
死体を触って収納したり、鎖をぶっ刺したりしてるんだから、耐性がないなら毒を受けるのは当然といえば当然。
一応三匹は適応力スキルは持っているが、適応力はあくまでも環境に適応するだけで、毒にならないわけではない。
まぁそのまま毒状態でも死なずに耐性を得るだろうが……わざわざ苦しんで毒耐性を取得しなくても、毒耐性スキルならいつでも手に入るから、今回は普通に治療した。
「ラビットA。俺が何で怒っているか分かったか?」
「きゅい。……ごめんなさい」
俺がラビットAに対して怒っているのは、勝負に集中するあまり、リコたちが毒になったのに気づかなかったこと。
正直、今回は大した毒ではなかったし、最悪死んでもカードに戻るだけだが……そんなことは関係ない。
リーダーなら勝負中だろうと近くにいるリコたちのことも気にかけ、少しでも異変があったらすぐに対処しなくてはならなかった。
「それからもう一つ。こんなに血を巻き散らかして……血の匂いに他のモンスターや魚が寄ってきたらどうするつもりだ」
「きゅい……考えてなかった」
どうやら何も考えていなかったらしい。
それはそれで問題だが……引き寄せられたモンスターも片っ端から倒すつもりだったとか言ってたら拳骨だったな。
……まぁ鈴風はそのつもりだったかもしれないが。
ただ、実際にモンスターが引き寄せられるとは考えにくい。
毒の血だと嗅ぎ分けるなら近づかないようにするだろうし、血の量が多くて危険だと判断したら近づかないだろうし。
それこそ、やってきたとしても好戦的なサメモンスターくらいかもしれない。
それよりも、この辺りが毒に汚染されないかの方が問題。
せっかく綺麗な海なのに、汚染とかたまったもんじゃない。
もちろん今回は毒が広がらないように、既にセレンとコールが対処済み。
――――
リフレッシュウォーター【水属性】レア度:☆☆☆
中級水魔法。
汚染された水を浄化する。
また汚れを洗い落とす効果もある。
――――
毒の沼や血溜まりを飲料水レベルにまで浄化したり。
それだけじゃなく、掃除洗濯武器の手入れなど、しつこい汚れも洗い落とせるとても便利な魔法である。
……まぁ星3と一般人には取得しづらいレベルの魔法で浸透はしてないみたいだが。
今回は現場にこれを使うだけで一瞬にして元通り。
いや、正確には海水じゃなくて真水になってるけど……まぁすぐに混ざるよね。
「きゅぅぅ……ごめんなさい」
ラビットAが涙を流しながら謝る。
ぶっちゃけ、俺に怒る資格はない。
俺だってリコたちが死体を持って近づくまで毒を受けているなんて気づかなかったし、セレンに指摘されるまでモンスターを引き寄せる可能性があるなんて思い至らなかった。
――俺は戦わずにその光景を見ていただけ。誰よりも早く気づく立場にいたのに。
ラビットAのことをリーダーだから気にかけろって言ったが、俺の方こそ全員のマスターなんだから気にかけろって話だ。
だから……俺が本当に怒っているのは俺自身に対して。
それでもラビットAには怒らなければならない。
今回は大したことがなかったが、いつか大事になって取り返しのつかないことにならないように。
だから本気で怒った。
拳骨も落とした。
今後も立派なリーダーとして皆をまとめてもらうために。
「ラビットA。俺たちが今いるのは海中だ。いつどんなことがあるか分からない。いつも以上に慎重に……お互い気をつけような」
俺はさっき拳骨を落としたラビットAの頭を優しく撫でる。
……痛かっただろうなぁ。ごめんなぁ。
「きゅーとおおお。ごめんー」
ラビットAはわんわん泣きながら俺に抱きつく。
俺はよしよしとラビットAを抱きしめながら……鈴風を見る。
「これが俺がラビットAに暴力を奮った理由だ。勝負なんてどうでもいいんだよ」
別に対抗意識を燃やすのは悪いことじゃないから、勝負自体は悪くないがそれに固執しすぎるのは駄目。
「……わたくしのことは殴らないのですか?」
「殴ってほしいのか?」
「…………」
鈴風は答えない。
俺がラビットAを拳骨した時に鈴風にしなかったのは……単純に拳骨しようとしても避けられるか反撃されるだけだから。
本当なら拳骨を落としてやりたかったのは鈴風の方だっての。
うちの子を唆すんじゃないってね。
……今なら避けそうもないけど。
まぁ今更殴るような真似はしない。
そもそも俺がラビットAに拳骨を落としたのは叱るため。
俺は鈴風を叱りたいわけじゃない。
「俺はお前の保護者じゃないからな。自分が何をしたか、これからどうするつもりか、自分で考えろ」
ラビットAは仲間で家族だが、鈴風に関しては……悪い言い方をすれば他人。
一緒に行動している今もアズリアのような仲間ではなく、どちらかと言えばお客様感覚に近い。
というか、そもそも鈴風は多分俺より年上だろ?
怒るとか怒られるとかじゃなく、自分で考えろって話だ。
ただ……もし、今の話を聞いて自分は悪くないと。
変わらず傍若無人のままなら……最悪、鈴風を帝都にテレポートで強制送還させるってことも考えないといけないな。
「……わたくしも少しはしゃぎ過ぎていたかもしれません。海中では未知の部分も多いですし、もう少し慎重に行動することを心がけます」
……うん。
そもそも鈴風も根っからのワガママ娘ってわけではない。
帝都では闘技場のルールに従っていたし。
ただ……この世界に来て初めての仲間との冒険。
しかも海中という心躍る状況。
俺だってテンションが上っているのに、鈴風が上がらないわけはない。
だから別に悪かったと謝罪をする必要はない。
自分勝手な行動じゃなく、皆でワクワク出来るような冒険をすればいいだけのことさ。




