第45話 目的地はアクアパッツァ
まだ誰も起きてこない朝。
テーブルに並んだししゃもに海苔の佃煮。
そしてシジミの味噌汁。
一週間前と同じ、一人だけの至福の時間である。
まずは味噌汁を一口。
「うん、美味い」
そう。美味しい。美味しいのだが……流石に初日ほどの感動はない。
まぁ似たような朝食が一週間も続けばね。
もちろん飽きたわけでもない。
ただこれが当たり前になっただけ。
……もう絶対に手放せないよなぁ。
食後は前と同じく、もふもふタイム。
「はぁ。やっぱりお前は最高だよ」
ユキコのひんやりモフモフをじっくり堪能。
もし、今後ユキコを合成するようなことがあっても、ユキコにはこのままでいてほしい。
「ああー!! またシュートが早起きしてるー!」
「きゅート。おはー」
前回とほぼ同じ時間にナビ子とラビットAが起きてくる。
「やっぱ、楽しみすぎて眠れなかったの?」
「きゅート。こどもみたい!」
だから違うっての。
「まぁちょっと……色々と作業していたら眠れなかっただけだ」
「作業? もう昨日のうちに準備は完了して、早く寝るって言ってたじゃない」
まぁ確かにそう言って早めに部屋に戻ったけどさ。
まぁその……長電話というかね。絶対に言えないことがあるのよ。
「でもでもシュート。確か一昨日も徹夜したよね? 二日連続徹夜で海中探索って大丈夫なの?」
どうやら作業内容よりも俺の体調を心配している様子。
確かに一昨日の夜も合成でほとんど寝てないが……。
「全く寝てないってわけじゃないし、栄養ドリンクも飲んだからさ」
うちのスイートアピス特性のローヤルゼリーがたっぷり入った栄養ドリンク。
あれ、めっちゃ効くんだよなぁ。
「そう? ならいいけど……無理しないでね」
「ああ。ありがとう」
まぁ本当に無理そうなら今日の探索は軽めにするから心配すんなって。
「おはようございます」
「……おはよう」
そうこうしているうちに、アズリアと鈴風も起きてきた。
どうやら鈴風は朝が苦手らしく、いつも眠そうにしている。
まぁ朝食を食べ終わる頃にはいつも通りになっているが。
「シュートさん。昨夜はお楽しみだったようで」
「……なんのことだ?」
とりあえず、すっとぼけてみるが……たとえバレバレだったとしても、その言い方はどうかと思うんだ。
だが、さっきまで心配そうにしていたナビ子が、俺とアズリアとのやりとりを見て怪訝そうな顔つきになる。
「むむっ何やらシュートがさいてーな波動を感じる」
「きゅいてー?」
いやいや。、どんな波動だよ。
「徹夜って……もしかしてアズリアとしばらく会えなくなるからって、さいてーなことしてないでしょうね?」
「きゅてないでしょーね?」
「するわけないだろうが!」
ったく。さいてーなのはナビ子の頭の中だっての。
「ふふっ。ナビ子さん。安心してください。シュートさんは私には何もしていませんから」
ほら。そんな言い方するとまたナビ子が勘違いするじゃないか。
「私にはって……まさか鈴風っ……って流石にそれはないか」
うん。もし鈴風に何かしようものなら、今頃俺はこの世にいない。
ちなみに鈴風はといえば、我関せずとばかりに一人で朝食を食っていた。
「ふふっ。実は先ほど姉さんから連絡が来まして。何故か今日から私が一人で行動することを知って、心配だったそうです」
んなっ!?
「何故知っているか尋ねたら、誰かと夜通しお話ししていたと……いったい誰のことでしょうねぇシュートさん」
「あんらまぁ。それ本当のことかしら!?」
「かしら!」
アズリアの話に近所のおばちゃんと化したナビ子とラビットAがニマニマと俺を見る。
「知らん知らん。それより早く準備しろ!!」
「ふ~ん。シュートがねぇ。隅に置けないねぇ」
「おけないね~」
怒鳴って誤魔化す俺を変わらずにやけた顔して見つめるナビ子とラビットA。
……だから知られたくなかったんだよ。
****
「……疲れた」
「そりゃ二日も寝てないんだから疲れもするでしょうよ」
ナビ子とラビットAのせいだよ!?
ったく。さっきの俺の体を気遣うナビ子はどこに行ってしまったんだ。
親戚のおばちゃんみたいにしつこく聞いてきやがって。
もちろん全部ノーコメントでやり過ごしたけどな。
今俺たちがいる場所は、この一週間毎日通っていた無人島の砂浜。
毎日ここに転移してから、無人島探索したり、海中訓練したり、コレクション鑑賞会したりと色々やってきたが。
ここから海中に入り本格的な探索を行う。
「とりあえず目標はここから海中を通ってアクアパッツァに戻る……だな」
これ以上この話題はやりたくないので、さっさと本題に入る。
詳しい距離は分からないが、ここからアクアパッツァまでは直線で100キロ程度離れている。
テレポートなら一瞬、グリフォン――進化したテンペストグリフなら数時間。
もし地上なら馬車で二日程度の距離。
その距離を海中を泳いで帰るとなると……何日かかるか。
当然海中だから道路も目印もまったくない。
しかも道中で大型のモンスターも確認されている。
何日どころか、迷わず無事にアズリアのいるアクアパッツァにたどり着くことができるか。
……まぁ無理そうだったら途中でテレポートなり海上に出るだけなのだが。
「えっと……全員、準備の方はよさそうだな?」
準備と言っても装備品くらいで別に荷物なんてないんだが……うーん。
ただ一部突っ込みたいというか、おかしい奴らがいる。
「きゅしし。どーお?」
水着姿のラビットAがポーズをとる。
……まぁ百歩譲って水着なのはまだいい。
ただその水着が……胸に『らびっとA』と書かれたまるでスクール水着のような。
うん、かわ……いや、あざとい。
「……どうしたんだその水着?」
「アズーに作ってもらった!」
まぁ俺が作ってないから、ナビ子かアズリアが合成で作ったのだろうけど。
「……その名札も?」
「これはきゅぎゅかー!」
「ええ。ウサコがあの子に勝つのなら、これくらいあざとくないと」
「そーなのー!」
勝つ……誰に?
と一瞬考えたけど、そういえばつい先日、あざとかわいいウサギが増えたっけ。
それで可愛さで勝つために二人で対策した結果がこれと。
対抗意識を燃やすのはいつものことだけど……あざとかわいいのジャンルが違うくね?
あと、どうでもいいことだけど、二人とも仲がいいくせに、鈴鹿のことはきゅぎゅかで、ラビットAのことはウサコ呼びなんだな。
まぁ本人たちがそれでいいならいいけど。
その鈴風は……こちらもいつもの着物姿ではなく、ダイビング用のウェットスーツ。
胸の部分や腰回りにはプロテクターのようなもので守られている。
正直、プロテクターがあるとは言え、その格好は目のやり場に困る。
二人が水着やウェットスーツを着ている理由は着物やセーラー服だと動きづらいからだろう。
いくら魔法で海中を自由に動けるとはいえ、水がなくなったわけではない。
そのため体と密着していない着物の袖やスカートが、無重力状態みたいにフヨフヨと浮かんで邪魔になる。
だからといって、そんなピッタリした服じゃなくて、俺みたいにズボンと長袖シャツみたいなのでいいのにな。
まぁ半分くらい雰囲気ってのもあるんだろう。
……俺もうウェットスーツにしようかな?
俺がそう考えていると鈴風が睨んでくる。
「なにジロジロ見つめてるんですか。潰しますよ」
怖ええよ!
つーか見つめてるんじゃなくて、考え事していただけだし。
ったく。そんなこと言うとまたナビ子のさいてーが……あれっ? こない。
「ねぇねぇ。潰すって何をかな? やっぱり目かな?」
「あっちかもー」
ラビットAと二人でひそひそと話しているけど……二人ともさいてーな会話をしているって気づいてる?
……気づいてないよなぁ。
「わたくしも変態に見られるのは本意ではありませんので……」
そう言って鈴風は上からパーカーを着る。
……始めからそうしてくれ。
「ってか……あれっ? 鈴風の武器……いつもと違くない?」
薙刀は薙刀なのだが……いつものとは少し違う気がする。
「ええ。あちらは防水仕様ではありませんので、今回はこちらを用意しました」
そう言って鈴風は俺に薙刀を差し出す。
破損防止のためにカードにしろってことだろう。
――――
海鳴刀【武器】レア度:☆☆☆☆
水属性の魔力を秘めた薙刀。
刀身に魔力を流すことで切れ味を増加させる。
水属性の魔法の威力を増加する。
――――
確か前の薙刀は風属性の静嵐刀だったか。
属性が違うだけでそっくりな薙刀なので姉妹刀とかになるのかも。
……もしかしたら、他にも持っているかもしれないが。
ただ……凄く気になっていることがある。
それはこの海鳴刀をどうやって持ち込んだのか。
鈴風はいつも薙刀を持ち歩いていたが、それは一本だけ。
手荷物にもそれらしいものはなかったが……。
「もしかして収納スキルを持っている?」
「武具限定ですが」
……持っているのかよ。
「整理整頓というスキルで、武具を千個まで収納することが可能です。ですから……千本の名刀を手に入れることがわたくしの目標でしょうか」
……弁慶かな?




