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第36話 ナビ子の用事

 ナビ子が、突然お休みが欲しいと言い出した。


 ……そういえば、こっちの世界に来て半月以上経つが、ナビ子はいつも俺に付きっきりだった。

 ベレッタの発砲音で調子が悪いときもあったし……もしかしたら、また体調が悪いのかもしれない。

 そうでなくても、ナビ子だってやりたいことや、プライベートな時間が欲しいはずだ。

 今の状態じゃ完全にブラックだ。


「ごめんなぁナビ子。気づかなくて……これからはナビ子にも定期的に休みをやるよ」


「へっ? いや、別に謝ることじゃ……ってシュート、アンタまた何か勘違いしてるよ!」


 あれっ? なんかナビ子の反応が思っていたのと違う。


「勘違いって? ブラックな職場の改善を申し立てているんじゃないのか?」


「違うよっ!? 別にアタイは現状に不満はないよ!! ただ、用事があるから、少しだけ時間を頂戴って言ってるの!」


 現状に不満はないって言ってくれたのは嬉しいけど……


「用事って?」


 こっちに来てからずっと俺と行動していたんだ。

 知り合いが出来たわけでもないし……用事なんかできるはずないと思うんだが。


「報告会議と定期メンテナンスだよ。月に一度やらなくちゃ駄目なの」


「……報告会議? ……定期メンテナンス?」


「そう、シュートがこっちに来てから、こんなことしたよーとか、新しい発見があったよーとかの報告。それとアタイが壊れてないかーとか、追加のアップデートとか。それと、まだこっちの世界に来てない同僚への自慢かな」


「はぁ!?」


 またなんかとんでもないこと言い出したぞ。

 報告って……運営にってことだよな?

 それって、電話やメールじゃなく、日本に帰ってってことだよな?

 電話やメールなら休みなんて必要ないはずだ。


 ……えええっ!? 日本に帰れる……って、そういえば最初に言ってたな。

 ナビ子は嘘をつけないからあの選択も嘘じゃなかったってことだ。

 あの時、俺は帰らない選択を選んだけど、今となっては帰らなくて良かったと思ってる。

 まぁ会社には迷惑が掛かってるだろうし、下手したら行方不明扱いになってそうだけど。


 俺がこの世界に来てからの報告か。……やましいことは何もしてないよな?

 もし報告を聞いて、俺がこの世界にふさわしくないと思われたら……強制送還とかないよな?

 そういえばナビ子もちょっと前に、俺のことこんなにヘタレだと思わなかったって言ってたし……愛想尽かされてたりして。

 報告次第では、俺の代わりの新しい人を召喚する……って流れなのかもしれない。

 正直ようやく楽しくなってきそうなのに、ここで終わりは嫌だ。


「なぁナビ子……俺はお前に捨てられるのか?」


「ちょっ!? どんな思考回路をしたらそんな結果になるのよ!!」


「だって……俺は役立たずのクズだったって報告するんだろ?」


「んなわけないじゃない!! どこまでネガティブなのよ! 別に強制送還とか処分とか、そんな怪しいことはないから安心してよ」


「処分って……何気に恐ろしいこと言うんだな」


 俺は強制送還くらいは考えていたけど、処分されることは考えなかったぞ。

 しかし……そうか、この世界の情報を日本で漏らされたくないんだったら、殺される選択肢もあったのかもしれない。

 まぁとりあえず今回は大丈夫そうではあるな。


「ちょっと具体的な話をすると、運営もまだこの世界のことや、シュートのカード化スキルのことを全部把握できてないの。だからちゃんと報告してこの世界のことが知りたいのよ」


「運営が把握できてないとか……だってここは運営が作り出したゲームの世界だろ?」


 俺がそう言うとナビ子が呆れた顔をする。


「何言ってるの? アタイは最初からこの世界はゲームの世界じゃないって言ってるよ?」


「いや、だから『グローリークエスト』じゃないのは言ってたけど、他のゲームの中とは言ってなかっただろ? だからこれは運営が新しく開発中のゲーム……それのベータテスターとかそういった感じなんだろ?」


 ナビ子は少し考えこむ。


「あ~そういう風に解釈しちゃったのね。アタイはそういうつもりで言った訳じゃないんだけど……まぁ答えになることは言えないから、頑張って自分で見つけてね」


 その言い方だと……ここは本当にゲームの中じゃない?


「と~に~か~く~、別にシュートがひ弱とか、ヘタレとか、そんなことを報告するんじゃないの。カード化の合成結果とか、ゴブリン語のスキルの話とか、そういったことを報告するんだよ」


 ランダムの合成に隔たりがあったり、鉄パイプが出来たり、スキルを持ってないモンスターから言語のスキルカードが手に入ったりってことか。


「でも、やっぱりひ弱とかヘタレとかは思ってたんだな」


「えっ? あはは~……あっそれよりもさ。お土産何がいい?」


「お土産って……」


 ナビ子は笑って誤魔化す。

 嘘はつけなくても誤魔化すことは出来るって言ってたもんな。

 というか、嘘がつけないから……本当にそう思っているのが分かって、かえって傷つくんだが。


 とりあえず、ここは運営が作った新しいゲームの中じゃなくて、運営が管理しているゲームのような世界だということだ。


 ……あれっ?

 それで別に何か変わることはないよな?

 じゃあ別にいっか。


「多分カード10枚くらいだったら、許可が下りると思うから、何でも言ってよ」


 日本製の物……つまり異界シリーズのカード10枚をお土産として持って帰ってきてくれるってことか。


「……ビールをお願い」


 真っ先に思いついたのがそれだ。

 まだ在庫はあるが、補充が出来ないと思って、そろそろ節約しようかと考えていたところだった。

 もし追加で手に入るんなら、ぜひとも手に入れておきたい。


「……ここでビールって言えるシュートって、ある意味大物よね」


「どういう意味だよ」


 俺はちょっとムッとして答える。


「だって普通こういうときは冒険に役に立つものをお願いするよ。シュートは鉄が足らないって思ってるから、鉄とか……それ以上の金属とか……他の銃とか……それなのにビール10本でいいなんて……」


 あっ、お土産ってそういう意味だったのか。

 だってお土産って言われるとさ、出張や旅行に行った上司や同僚が買ってくるお菓子って印象じゃんか。

 だから食べ物って感じだったんだけど……それだと流石にビールだけじゃ嫌だな。

 しかもナビ子の考えではカード1枚で缶ビール1本。

 ……そうだ!


「いやいや、ビール10本なんて言ってないぞ。カートンでカードにすれば、1ケース24本入っているから……」


「240本!?」


「いやいや、どうしてそうなるんだよ。さっきの話だと、ナビ子は毎月報告に帰るんだろ? だったら一ヶ月分でいいんだから2カートン……2枚でいいんだよ。残り8枚は別のカードにしてくれよ」


「それでも48本。1日1本以上のペースじゃないのさ。そんなに飲んで……前の体のように、お腹が出てきても知らないよ?」


 うぐっ!?

 ナビ子め……怖いこと言うなよ。


「前の世界と違って、若いし……体も動かしてるから大丈夫……だと思う」


 多分。

 とりあえず……霊薬が量産可能になって、必要がなくなっても日課の筋トレは継続することにしよう。


「残りの8枚は……本がいいかな。料理本とか武器や鍛冶のやり方が載ってる本」


「本~?」


「そう。それがあれば……レシピ合成出来るようになるんだろ?」


 確かナビ子は料理のレシピがあればレシピカードの代わりになるって言ってた。

 なら料理本があればレシピカードの代わりになるはず。

 同じく武器が載っている本でもレシピカード扱いになれば……鉄パイプのような悲劇は生まれないはずだ。


「まぁ、本なら許可は出ると思うからいいけどね。……でもさ、やっぱりシュートって考え方がズルいよね」


「失礼な。効率がいいって言ってくれよ。残りは適当でいいからさ」


「分かったよ。じゃあ数日……普通なら2、3日なんだけど、今回は初めてだから、もう少し掛かるかも。でも1週間以内には必ず帰ってくるよ! たがら……その間は絶対に無茶しちゃ駄目だよ!」


「分かってるよ。それよりナビ子がいない間に、カード化のスキルをレベル3にしてビックリさせてやるからな」


「ほんとうに~?」


 あっあんまり信じてないな。

 まぁまだ合成100種まで半分以上もあるもんな。


 みてろよ……帰ってきたら絶対に驚かせてやる。

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