第19話 激戦
最初の一撃を外した二人。
一瞬で間合いを詰める先手必勝の能力を使えなくなった鈴風の方が不利っぽい印象だが、ラビットAとて似たようなもの。
集中が必要とするテレポートを戦闘中に多用できるかと言われたら……今みたいな戦闘開始時くらいなもの。
鈴風だって警戒するだろうし、今みたいな不意打ちにはもう使えないだろう。
次なる手は……と、ここで鈴風が動く。
さっきみたいに移動が見えないほど一瞬ではないものの、音速の二つ名が示すように、一気に間合いを詰める。
「ほらほら、その程度ですか?」
「きゅむむ……」
薙刀のリーチを生かして次々と攻撃を仕掛ける鈴風相手にボーパルソードで何とか凌ぐラビットA。
薙刀みたいな長物相手には、間合いに入りさえすれば絶対に有利なのだが……そもそも間合いに入れない。
「それにしても鈴風はよくあんな長い武器を手足のように自由に操ってんね。あれもスキルのおかげ?」
「うむ。武芸百般の能力でござる」
武芸百般……それも疾風迅雷スキルの能力の一つか。
タクミの絶対強者のスキルにも全武術って能力があったけど、似たような能力なのかな?
「武芸百般ってことは、薙刀だけじゃなく、剣とか弓とかも得意ってこと?」
「うむ。それだけでなく盾術、格闘術、馬術に水泳、舞踏なども達人級でござる」
えっそれ全武術より凄くない?
全武術は戦闘に特化したものだけだったけど……馬術に水泳に舞踏まで?
武芸の幅広すぎんだろ。
……百般ってことは、まさか百種類あるのか?
ラビットAなんて剣術と杖術だけの武芸二般だぞ。
これ……薙刀の間合いをくぐり抜けても格闘術でやられちゃうんじゃね?
「きゅっきゅきゅきゅ……きゅい!」
何とか鈴風の猛攻を凌いでいたが、このままでは埒が明かないと感じたのか、テレポートで鈴風から距離を取るラビットA。
目の前からいなくなったことで、鈴風は一瞬ラビットAを見失う。
が、辺りを見回しすぐにラビットAの位置を特定。
ただ、一瞬でも見失った分、ラビットAにも余裕ができる。
今度は近づけさせまいと、鈴風が行動を起こす前にラビットAが魔法を唱える。
「ロックランス!」
「くっ!?」
鈴風の進行方向の地面が次々と槍の形状となり鈴風へと襲いかかる。
――――
ロックランス【土属性】レア度:☆☆☆
中級土魔法。
地面から岩槍を発生させる。
――――
本来なら一回の魔法で一本しか発生しないはずなのだが、ラビットAの唱えたロックランスは複数の岩の槍を発生させている。
おそらく既存のロックランスを創造魔法で変化させたのだろう。
ラビットAと鈴風までの道のりが、落とし穴の下にある串刺しの罠みたいになっている。
流石の鈴風も障害物のある状態では簡単にラビットAに詰め寄ることができない。
回り道するか、ロックランスをなぎ倒すか……ジャンプして飛び越えるか。
そう考える間もなくラビットAは次の魔法を唱える。
「プリズムガード! ミラージュミスト!」
ほぼ同時に二種類の魔法。
空中に鏡みたいな三角柱がいくつも現れ、ラビットAの周囲には霧と共にラビットAの分身が発生。
それもただの分身ではない。
ぼやけたり、縮んだり、太ったり、めっちゃデカくなったり、さらには逆さまになったり、空を飛んだりと多種多様な姿をしている。
はたしてあの中に本体のラビットAがいるのか……もしくはラビットAの姿は見えてないのか。
これで一気に形勢がラビットAに傾いた。
「分身の方は撹乱でしょうが、あの鏡みたいなのは何でしょう?」
「あれは魔法を反射する魔法だよ」
魔法を知らないアズリアにナビ子が解説するが……ナビ子よ。
それは解説になってないぞ。
まぁ試合中に詳細な説明はできないのは仕方ないが。
――――
プリズムガード【光属性】レア度:☆☆☆☆
上級光魔法。
光の多面体を召喚し、物体以外のあらゆるものを反射する。
――――
物理攻撃に対してはただの鏡程度の防御力しかないが、実態のない魔法やスキルなら何でも反射させる。
先日酒場で使ったインビジブルカーテンとは正反対って感じの魔法だ。
姿見用の鏡くらいの大きさで、それをあちこちに発生させている。
鈴風が使える雷属性と風属性は土属性とかと違い、ほとんどが実態のない魔法。
ラビットAはそれを封じたってことか?
「今度はこっちの番!」
太っちょラビットAやら巨大ラビットAやら……全ての分身ラビットAが向日葵ワンドを構える。
うん? かわいい……か?
「ええーい! ソレイユ! ソレイユ! きゅレイユ!」
そして向日葵ワンドの固有魔法であるソレイユを連発。
霧の中から無数のレーザー光線が発射される。
結局ソレイユってまだカードにしてなかったが、レーザー光線みたいな攻撃なのな。
当たったらそれだけで致命傷になりそうだ。
そのレーザー光線はまっすぐに鈴風へと……向かわず、プリズムガードで反射する。
「なるほど。そのためのプリズムガードか」
直線の魔法なら、鈴風には容易に躱されると思ったのだろう。
そこで銃の跳弾のようにソレイユを反射させるためにプリズムガードを唱えてたと。
……鈴風の魔法を反射させるためじゃなかったのか。
気がつくとドッジボールのパス回しのように、いくつものソレイユが反射を繰り返して鈴風を狙っている。
「くっ!?」
背後から襲いかかったソレイユを鈴風が紙一重で躱す。
だが、一発躱したところでソレイユは今もラビットAが量産している。
「ソレイユ! ソレイユ! きゅレイユ!」
うん、可愛いかどうかはさておき、やってることはえげつない。
「ねぇねぇラビットA調子いいんじゃない?」
現状、鈴風はソレイユを躱すのに精一杯。
それでも今は避けきってるが……疲れと集中力、どちらかが一瞬でも失くなった時点でソレイユは命中するだろう。
かといって、攻撃しようとしても遠距離からの魔法はプリズムガードに阻まれるだろうし、ソレイユやロックランスがある限り近づけない。
「ふふーん。この勝負、アタイたちの勝ちみたいね」
……ナビ子。ドヤ顔しているところ悪いけどさ。
それはフラグって言うんだぞ。
「ふむ。中々やるでござるが……まだまだでござる」
ほらね。
「へ、へへ~んだ。どうせ強がりなんでしょ」
おいこらナビ子。お前はもう喋るんじゃない。
というか実況解説しろ。
「まぁ見てるがいいでござる」
ムサシはそれだけ言うと黙って観戦を始める。
もちろん俺とナビ子、アズリアも試合に集中する。
そして、うるさいくらい盛り上がっていた観客も……ずっと避け続ける鈴風にいつの間にか静まっていた。
****
均衡が崩れたのはそれから数分後。
突如、鈴風の足元が泥濘む。
「なっ、きゃあ!」
突然の出来事に足を取られる鈴風。
その一瞬の隙を突き、鈴風の左腕にソレイユが掠る。
「くっ」
それでも掠った程度ですんだのは大したもの。
だが、体制を崩した鈴風に無数のソレイユが襲いかかる。
動きの止まった鈴風の足に、肩に。
「くっ……あああああ!!」
辛うじて致命傷は避けたようだが、鈴風は苦痛に顔をにじませた後、会場全体に響き渡るような大声を上げる。
「やったか!?」
だが、鈴風は大声で叫びながら薙刀を振り上げ……そのまま叫びながらあらん限りの力を込めて薙刀を振り下ろす。
「かあああああああつ!!」
瞬間、闘技場内に爆風が巻き怒る。
その衝撃にロックランス、プリズムガード、ミラージュミスト、そしてソレイユ。
闘技場にあった全ての魔法が跡形もなく吹き飛んだ。
「きゅぴえええ!?」
残ったのは鈴風本人と……分身がいた場所から全然違う場所で壁にぶち当たってるラビットA。
壁にぶつかってるのは今の攻撃で吹き飛んだからだろうが……あんな場所にいるってことは、分身体の場所とは違う場所に隠れてたな。
「きゅてて……」
「……今のですら軽傷ですか」
ラビットAは痛がっているようだが、多分壁にぶつかった痛みで、鈴風の攻撃のダメージはそこまで大きくなさそうだ。
対する鈴風は……こっちはソレイユのダメージで結構血が流れている。
が、こっちも戦えないわけではなさそう。
本来なら腕とか消滅してもおかしくないくらいのダメージだったろうに。
もしかしたら心頭滅却の属性軽減の効果なのかもしれない。
……というか、あれっ? 血が止まってる?
回復促進系スキルでも持っているのだろうか。
「ナビ子さん。解説」
アズリアが試合から目を離さずにナビ子に言う。
「えっあ~うん。えっとね……最初に鈴風が体勢を崩したのは、多分ラビットAの魔法だと思うんだよね」
うん。地面が泥になってるから、ラビットAの土いじりの魔法に似ていると思う。
近寄ってないから土いじりの応用魔法だろうけど。
すぐに地面を泥にしなかったのは、今の攻撃にこれ以上の変化はないと思わせて鈴風の油断を誘うためだろう。
さっきのプリズムガードの反射といい、こと戦闘に関してはラビットAは本当に色々と考えている。
「主の方は起死回生の能力であるな。先手必勝とは逆の……負けそうな場面でしか使えぬが、一発逆転の一撃を放つ能力である」
本来、物体のない物を反射するプリズムガードすら跡形もなく吹き飛ばしてるんだから、まさに一撃必殺って感じの能力なのだろう。
ラビットAが場所移動していたからか、思った以上にダメージはないが……あの場にいたままだったら、今頃カードに戻っていたかもしれない。
「今のが一発逆転の奥の手だとしたら、今度こそラビットAちゃんの勝ちみたいですね」
「否。主はまだもう一つ手が残っておる」
ええ……まだ残ってるの?
「何故、主が起死回生を温存し、攻撃を避け続けていたか分かるでござるか?」
確かに。
下手に避け続けなくても、さっさと攻撃を受けていればもっと早く起死回生を発動できたはず。
ラビットAの泥みたいに鈴風もあの数分間に何かしてたってこと?
「主が避け続けていた理由……それは虎視眈々の能力を発動させるためでござる。虎視眈々は戦っている間、少しずつ己のエネルギーを蓄える能力。きっと今の主であれば、先程の攻防よりも速く、強く動けるでござる」
先手必勝で速攻で敵を倒す。
先手必勝が通じなくても、虎視眈々で能力を上げて敵を倒す。
仮に負けそうになった場合でも、起死回生で逆転の目がある。
――疾風迅雷。
自己強化に特化したスキルってことだったけど……マジで隙がない。
「でもさでもさ。ラビットAだって奥の手があるじゃん」
ナビ子の言葉にハッと思い出す。
そういえばラビットAが秘密兵器って言ってたスキルがあった。
「……お互い、次の攻撃で最後にしましょう」
「きゅい。わかった……ちょっとまって」
ラビットAはタイムとばかりに武器を地面に置く。
いや、決闘中にタイムて。
……鈴風も普通に待ってるし。
ラビットAは両手を高く上げ叫ぶ。
「きゅむむ……パワーアップ―!」
その言葉と同時にラビットAの体が魔力に包まれ変化を始める。
魔力の光はラビットAを包んだまま少し細く、そして長く変化する。
これ……似たような現象を見たことがある。
俺のカードモンスターで初めて生きたままカードになったクリムゾンドラゴン。
グリムが人化スキルで人型になる時とそっくりな……。
「しゅしゅしゅ、シュート。ここここれってもしかして!?」
「おおお落ち着けナビ子。ほほほら、もうすぐ終わるぞ」
「……シュートさんも落ち着いてください」
アズリアのツッコミなんてなんのやら。
そうこう言っている間にラビットAを包んでいた魔力の光が落ち着き……現れたのはウサギ耳を付けた可愛い人間の女の子。
「「ら、ら、ら、ラビットAが、お、女の子になっちゃったあああ!!!」」
ウサギが二足歩行になった姿だったラビットAは今、完全に人間の女の子そっくりになっていた。




