第16話 鈴風の退屈な日々
鈴風が決闘を申し込んだで、店内はまだざわついている。
……少し聞き耳を立ててみる。
「おい。あの音速が決闘を申し込むなんて……聞いたことあるか?」
「いや。申し込まれたって話はよく聞くが、申し込んだって話は聞いたことない」
「音速はヤツを探し回ってここまでやって来たんだろ? あの男……本当に何者だ?」
「さっきの見ただろ。あのダラズ達を威嚇しただけで追い返したんだ。只者じゃねえぜ」
「誰かヤツの情報を知ってるやつはいねえのか」
「決闘って……いつやるんだ?」
とまぁこんな感じの声が聞こえてくる。
……あのごろつき、ダラズって名前だったんだ。
と、そんなことはどうでもいい。
――早くここから逃げ出したい。
そう思いつつも、逃げ出せないんだよなぁと。
ここで逃げると勝手に決闘をやることに決まって……決闘の日時まで決定してそうだ。
そんなもの無視しても……と思わなくもないが、そうすると俺の評判はガタ落ちだろう。
まぁ帝都での評判なんて気にしない……と思わなくもないが、冒険者ギルド経由でライラネートにまで届きそうなもんなぁ。
『何敵前逃亡してやがる!』
とかギルマスが激怒しそうだ。
ってことで、少なくとも決闘の返事はしないと。
本当は即座に断りたいけど……今のこの雰囲気で断ると、待っているのはブーイングの嵐。
どちらにせよ評判が地に落ちるだろう。
「……随分と強引な手を使うんだな」
ぶっちゃけ鈴風がここまで強引な手に出るとは思わなかった。
俺の鈴風に対する印象は、バトルジャンキーで高圧的……なのだが、かといって常識がないわけではない。
前回だって戦えと言われたけど、無理やり戦うことはせず、最後はちゃんと諦めてくれた。
……しつこかったけど。
というわけで、今回再会したとしても、話せばわかると思っていた。
「多少強引な方が、貴方も逃げられないでしょう?」
実際はこうだったけど。
う~ん。絶対に断らせないという執念すら感じる。
ただ決闘と言ってもさぁ。
「……俺と決闘しても、お前の圧勝だぞ?」
「それはやってみないと分かりません」
いやいや、分かるから。
普通に瞬殺されるっての。
というか、俺が戦っているところなんか見たことないくせに、何故にここまで評価されているのか。
とりあえずできるだけ回避する方向に話を持っていく。
「実は受けたくても、時間がなくてな。ほら見ての通り連れがいてね」
そう言って俺はアズリアを鈴風に紹介する。
「……アズリアです」
アズリアは俺に恨みがましい視線を向けた後、渋々挨拶をする。
……うん。関わり合いになりたくない気持ちはよく分かるよ。
実際、ナビ子もラビットAも完全に知らぬ存ぜぬを決め込んでるもんね。
ただまぁここは言い訳に使わせてもらおう。
「明日は一日中彼女の護衛で、明後日には帝都を予定だ」
本当はもう数日のんびりしてもいいかと思ってたけど、こうなった以上さっさと帝都から出ていったほうがいい。
「言っておきますが、わたくしに嘘は通じません。……彼女の護衛は嘘ではないかもしれませんが、時間がないは嘘ですね」
……あれぇ?
アズリアのようにフェイクも発動させたんだけど……フェイクよりもレア度が高い看破系スキルを持ってる?
確か鈴風のスキルは……。
「シュート。確か貴方はコレクターでしたよね?」
「……ああ。そうだが」
突然話が変わったことに驚きつつもここはちゃんと答える。
鈴風はプレーヤーだから、俺が貰ったカード化スキルのことは当然知っている。
それに前回飲んだ時にコレクションについても語った覚えがある。
――ゴトリ。
「なっ!? これはっ!?」
鈴風がテーブルの上に置いたのは……薄い水色の魔石。
「アイスワイバーンの魔石。もちろん未加工です」
「アイスワイバーン!?」
えっ何そのモンスター。すごく気になるんですけど。
しかも未加工!?
今すぐにハイアナライズをしたいけど……流石にこ周囲の目が集まっている状況で目の前にカードを出現させるわけにはいかない。
「もしわたくしと決闘をするというのであれば、差し上げましょう」
「えっマジで」
ヤバい。めっちゃ欲しい。
「決闘するだけでくれるの? 勝敗は?」
「真剣に戦うのであれば勝ち負けは関係なく差し上げます」
わざと負けるのは駄目だが、決闘するだけでアイスワイバーンの魔石がもらえる。
「なんだよ。それを早く言えよ」
だったら話が変わってくるじゃん。
「あっこれは絶対に受けるつもりだわ」
「もう完全に魔石に心を奪われてますね」
「きゅく……シュート、がめつい!」
……三人ともさっきまで我関せずだったくせに。
というか、ラビットAのやつ。いつの間にか二杯目を飲んでるし。
「どうやらやる気が出てきたようですね」
「お陰様でな」
「ではもう少し本気を出してもらうために……もしわたくしに勝つことができましたら、他のモンスターの魔石も差し上げましょう。もちろんそれらも未加工品です」
うおっ。マジかよ。
……他のモンスター。
「ちなみにそのモンスターの名前は?」
「それは私に勝ってからその目で確かめなさい。……勝てるならですが」
くっ、ここは素直に教えてくれないか。
う~ん。
これはガチで勝ちに行かないと……そうだな。
「ひとつだけ条件がある」
「何でしょう?」
俺はラビットAの方を見る。
「ブクブクブク……」
こらっ。ストローでジュースをブクブクさせるのは行儀が悪いからやめなさい。
「決闘は……俺じゃなく、そこにいるラビットAがやる」
「ブクブ……きゅぴえっゲボ!?」
突然振られたことでむせるラビットA。
うん、かわいいけど……きゅぴぇと涙目になってむせている姿を見ると、ちょっと悪いことした気分になる。
というか、周囲からうわぁマジかよコイツ的なドン引きの空気が漂っている。
……あれ? 結局俺のイメージ大幅ダウンじゃね?
たださ。
俺が戦うよりもラビットAが戦った方が勝率高そうなんだもん。
そして、もちろん周囲だけでなく鈴風も、えっ? って表情を浮かべている。
「……わたくしにその可愛らしい生き物と戦えと?」
……鈴風が可愛らしいとか言うのは思わなかった。
いや、確かにラビットAはかわいいけどさ。
「さっきも言ったが、ぶっちゃけ俺じゃ鈴風に勝てない」
音速の鈴風の名が示すように、鈴風の戦闘スタイルはスピードを生かした戦いだ。
対して俺はカードを駆使して戦うスタイル。
以前に比べるとカード呼び出しなどで解放までの時間は短くなっているが、それでも鈴風のスピードを考えると発動前にやられてしまう可能性が高い。
正直、タクミ以上に相性が悪すぎる。
そこでラビットAの出番って訳だ。
「では、そこのうさちゃ……ウサギなら勝てると?」
こいつ……今うさちゃんって言おうとした?
もしかして鈴風って可愛いもの好きなのか?
「まぁラビットAは俺のモンスターで一番強いし」
「きゅへん」
「それから鈴風が倒したブラックドラゴンの剥製を見たが、あの程度のモンスターならラビットAは簡単に倒すぞ」
「らくしょー」
よし。煽てたことでラビットAはすっかりその気になってる。
「なー。ラビットAは鈴風にも勝てるよな-?」
「きゅぎゅかなんかに負けなーもー!」
「……ほぅ」
鈴風の表情が鋭くなる。
「いいでしょう。まずはそこのウサギと勝負して……わたくしが勝ったら、その後はシュート。貴方と決闘です」
「……わかったよ」
どうあがいても俺とは決闘したいみたいだ。
……ラビットA。期待しているからな。
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その後、詳しい話をするために料亭へと移動する俺たち。
「ああ。貴女がファーレン商会の」
料亭で改めてアズリアを紹介する。
どうやら鈴風はファーレン商会のことを知っていたみたいだ。
「わたくしがよく行く店にファーレン商会製の製品が置かれているんですが……日本製品に近い効能だと思っていましたが、なるほど。シュートが絡んでいたのですか」
納得といった感じの鈴風。
まぁそれは偵察機から仕入れた情報で作った製品だから、俺は関与してないんだけど……わざわざ指摘する必要はないか。
ちなみに自己紹介時に恋人だと勘違いされてたので、そこはちゃんと否定しておいた。
……アズリアは不服そうだったが。
「そういうわけで、明日は商会巡りをする予定になっている。一人にすると危険だからな」
「こちらも準備が必要ですし……逃げたりしないのであれば、それで構いません」
ったく。魔石がかかってるんだから逃げないっての。
「それにしても……未加工ってことは、最初から俺への交渉材料にするつもりだったな?」
未加工の状態が必要なのはカード化スキルのみ。
魔道具に使うにせよエネルギーとして使用するにせよ、加工しても使えるんだから、単純に消滅のデメリットがなくなる。
「ええ。そうしないと前回みたいに逃げられますから」
……まぁそうだけどさ。
「そうまでして戦いたいものかね」
俺がそう言うと、鈴風は自嘲気味に笑う。
「正直、今の生活は退屈ですから」
「……退屈?」
退屈って……今も毎日闘技場で戦っているんだよな?
「ええ退屈です。最初こそ新鮮でしたが、闘技場の挑戦者も帝都周辺のモンスターも。どれもこれも歯ごたえのない相手ばかり」
……そりゃあそんだけ強けりゃな。
「ですので、せめて歯ごたえのある相手と戦いたいではないですか」
それで多少強引でも俺と戦いたかったってことか。
流石に俺も闘技場の面々よりは強い自信はあるから……確かにいつもより歯ごたえはあるだろう。
「それで……その子は本当に強いんですか?」
まだ訝しんでるのか。
「強いぞ。……そうだなぁ。鈴風もプレーヤーなら絶対強者ってスキルは知っているだろ?」
「ええ。わたくしよりも先にこの世界に来たプレーヤーが所持しているスキルだったかと。そして、こと戦闘面に関してはわたくしのスキルより上だとか。一度戦ってみたいです」
まぁ使用者がタクミだったから、強さで言ったら鈴風の方が上だろうけど。
「残念ながら絶対強者の所有者は日本との繋がりが無くなる前に日本に帰ってしまったがな」
「……そうですか」
タクミのやつ……元気してるかな。
「んでだ。このラビットAはその絶対強者の所有者とガチのタイマンで戦って圧勝している」
「きゅふふ~ん」
まぁあれは力試しの意味合いが強かったし、タクミの経験不足もあったけど。
「なるほど。その話が本当であれば、予想以上に楽しめそうです」
鈴風が完全に獲物を見る目に変わった瞬間だった。




