第5話 天運少女とラビットA
「あっシュート!」
「えっ? あっ本当だ」
自分のスキルやカードの確認を終え自室から出ると、ラビットAとサナがいた。
どうやら二人も牧場から帰ってきたばかりみたいだ。
「シュート君お久しぶり。天岩戸ごっこは止めたんですか?」
天岩戸ごっこって……確かにこの一週間は一歩も外へ出ず部屋に引きこもってはいたけどさぁ。
「あっシュート君の場合、外で宴会しても出てこなかったですから、一緒にしたら天岩戸さんに失礼ですね」
……宴会していたのか?
それは少し気になるが……まぁどんだけ煩くしていても、静寂スキルで一切の音は聞こえないからな。
出ていくはずがない。
しかし随分とサナも言うようになったものだ。
以前ならこんな皮肉は言わなかっただろうに……それだけサナもこの世界に慣れたってことだろう。
「まっ失礼ってなら天岩戸じゃなくて天照大神にだがな」
皮肉には皮肉で返す。
天岩戸はただの洞窟で、中に隠れていたのが天照大神だ。
……だったよな?
「そ、そんなことはどうでもいーんですぅ」
サナは少し恥ずかしそうに言う。
天岩戸にさん付けしている時点で全く気づいてないことは分かっていたけど。
まぁ確かにどうでもいいことだな。
「牧場はどうだった?」
任せっきりだった俺が言うのもなんだが、気になるものは気になる。
「ええ。みんな起き始めてますよ」
うむ。それはなにより。
「ただまだシュート君みたいに引きこもってるお寝坊さんもいますけど」
懲りずにサナが俺をディスろうとする。
サナだって牧場に引きこもってるじゃないか?
一瞬、そう言い返してやろうかと思ったが、流石に冗談じゃすまなくなりそうなので思いとどまる。
サナのスキルは天運スキル。
ただ運が良すぎるだけのスキルじゃなく、サナがこうだったらいいのにな、と思うだけで、そうなるように自分だけでなく他人の運命までも変えるスキル。
……と、そうサナは思っている。
ぶっちゃけ、それが事実かどうかは定かではない。
実際にサナがそう思うようなことがあったらしいが……それは偶々で、サナが願わなくても同じ結果になった可能性だって十分ある。
だって途中で運命が変わったかどうかなんて、調べようがないんだし。
まぁ全く関係ないとは言い切れないが……運命を変えるまではねぇ。
そうじゃないと……例えばサナが世界が滅びろと願ったら世界が滅ぶのか?
さすがに有りえないだろ。
そんなの星6のカードマスターですら不可能なんだから、星5の天運スキルにできるわけがない。
ともあれサナがそう信じて牧場に引きこもっているのは事実。
そこを冗談でからかうと碌なことにならない。
「まぁそのうち全員起きてくるだろ」
だから俺は無難にそう答えた。
「ねぇねぇシュートシュート」
サナと話している間、ずっとウズウズしていたラビットAが我慢できずに俺の裾をくいっと引っ張る。
なんとなく言いたいことは分かる。
だってラビットAの着ている服に見覚えがないからだ。
白のワンピースに麦わら帽子。
「きゅるるーん。きゅぴ!」
ラビットAが俺の前でくるりと一回りしてポーズ。
うん、かわいい。
「や~ん。ラビットAかっわい~」
「よく似合ってるじゃないか。かわいいぞラビットA」
「きゅへへぇ」
俺とナビ子の言葉にラビットAが嬉しそうにはにかむ。
いや、実際にめっちゃかわいい。
麦わら帽子にはウサギ耳用の穴が空いており、そこからピョコンと出ている耳があざとかわいい。
そして白のワンピースには、ひまわりのイラストがプリントされており、こちらも元気いっぱいのラビットAによく似合っている。
「この服はサナが用意したのか?」
「そうです。題して向日葵の妖精セットです」
サナが珍しく得意げに答える。
しかし……向日葵の妖精か。
ウサギって妖精だっけ?
「きゅい?」
うん、ウサギは妖精。
どっかのなんちゃって妖精とは段違いに可愛い。
「あによ?」
「別になんでも」
ディスりの気配を敏感に察知したようだが、俺は軽くあしらってサナに向き直る。
「これは……カード合成?」
「はい。お借りしたカード化スキルの練習がてらに作ってみました」
なるほど。
レシピ合成で型紙を使用すれば狙って服の合成もできるので、合成の練習としては最適かも。
「あっこちらがカードです」
はいっとサナがブランクカードを手渡す。
――――
向日葵のワンピース【服】レア度:☆☆☆
火属性と土属性に耐性を持つワンピース。
着ているだけで日向ぼっこをしているようにポカポカと暖かい。
――――
おおう。
ただの普段着で☆1とかだと思ったら、意外と高かった。
「素材はスイートアピスさんたちが育てている向日葵とアルケニーさんの糸を使いました」
牧場の花畑でスイートアピスが丹精込めて育てた向日葵と、星5のアルケニーの万能糸を使ったのか。
そんだけいい素材を使ったら、そりゃあ余裕で星3になるわ。
ってことは帽子の方も?
――――
麦わラビット帽子【帽子】レア度:☆☆☆
麦わら帽子にウサギ耳用の穴が空いた兎獣人専用帽子。
聴力強化の効果がある。
――――
いや、性能云々よりも馬鹿みたいな名前に真っ先に目が行く。
う~ん。既製品なのか新製品なのか悩ましいところ。
聴力強化ってのは面白い効果だよな。
にしても兎獣人専用って……他の獣人は使えないのかな?
「あれっもう一枚?」
これだけかと思ったら、もう一枚カードがあった。
――――
向日葵ワンド【杖】レア度:☆☆☆☆
向日葵型の杖。
魔力を込めることでサンフラワーとソレイユの魔法を使うことができる。
火属性と土属性と光属性の威力増。
――――
えっ? いやチョット待って。
めっちゃ強いんだけど。
星4でしかも魔法威力増?
さらに聞いたこともない二種類の魔法が使える?
「きゅきゅーん! きゅるるるーん」
いつの間に取り出したのか、ラビットAが自分の背丈以上もある向日葵を持ってもう一度くるりと一回り。
うん。かわいいけどさ。
向日葵ワンドというか、完全に向日葵だぞこれ。
「ちょっとそれ、貸してみ?」
「きゅい」
ラビットAから向日葵ワンドを受け取る。
あっ硬い。それにちょっと重い。
見た目は完全に向日葵を引っこ抜いて、葉を取り除いただけに見えたけど、植物じゃなくてちゃんと杖なんだ。
「きゅい。もーいーでしょ。返して」
「はいはい」
もうちょっと調べたかったけど、せっつかれたので素直に返す。
「きゅふふ……いーでしょー」
ラビットAが嬉しそうに振り回す。
……うん。確かに向日葵の妖精だ。
「そういえばサンフラワーとソレイユってどんな魔法だ?」
「きゅみつー」
秘密って……テンション上がってちょっと調子に乗ってんな。
「サンフラワーは太陽光を放って疲れている人や植物を元気にする魔法で、ソレイユも同じく太陽光を放つんですが、こちらは攻撃用みたいです」
「あっサナ。ゆっちゃめー!」
言ったら駄目って……別にハイアナライズで調べれば一発なんだから。
なるほど。補助魔法と攻撃魔法か。
流石に家の中では試せないから、今度外で使ってもらおう。
「ラビットAちゃんはこれを使っていっぱい仕事したよね」
「きゅい!」
サナの言葉にラビットAが元気に返事をする。
うん、かわいい。
多分、植物やカードモンスターにサンフラワーを使って元気にしてやったとかそんなところかな。
ぶっちゃけ仕事という名の遊びだよなきっと。
でもまぁ頑張ったのは間違いないと。
よし。俺はラビットAの頭を撫でる。
「ちゃんと仕事してえらいなラビットA」
「きゅへへぇ」
俺に褒められて嬉しそうにするラビットA。
うん、かわいい。
そうだ。後でにんじんケーキでもを作ってやろう。
「ひきこもーのきゅートとはちがーもん!」
……前言撤回。
にんじんケーキはお預けだな。
俺はラビットAのムニ―っとほっぺをつねる。
「おまえだってこの前まで寒いのが嫌だって引きこもってただろうが」
「きゅひ!? いひゃいいひゃい」
「それと、きゅートって呼ぶなって言ってるだろ」
最近のラビットAは俺をからかう時だけきゅート呼びに変える。
「きゅひぃ……ごめんひゃはーい」
うん、かわいい。
まぁにんじんクッキーくらいは作ってやるか。
「そういえばルースとバルの姿が見えないけど、やっぱり牧場?」
俺の言葉にサナが苦笑いを浮かべて答える。
「ええ。みんな起きたばかりで心配だから……って言ってましたけど、本当はアゼリアちゃんに会いたくないだけです」
「……まだ苦手にしてるのか」
アゼリアは半年前まで何年も偵察機の解析をやっていた。
その偵察機が分解して失くなった後、次に目をつけたのがナビ子とルースの二人。
元電子妖精という特異性と日本の情報を解析眼で調査できないかと隅々まで調べようとしていたのだ。
挙げ句解剖まで言い始めたから、やり過ぎだと今後ナビ子とルースの解析は禁止にしたんだが、それ以来ルースはアゼリアを避けるようになっていた。
ナビ子もルースほどではないが、時折アゼリアから向けられる視線に体を震わせている。
まぁルースもいつかは慣れるだろうし、牧場で留守番してくれるのも助かる。
うん。俺が冒険に出ても牧場管理は任せても大丈夫だな。
「にしても、よかったよ」
「? なにがですか?」
「いやサボってたこと。サナが怒ってたらどうしようかと」
ナビ子はブチギレてキックしてきたからな。
サナが怒ってキックするとは思わないが、牧場をボイコットされたら困る。
「別に怒りはしませんよ。……呆れはしましたが」
ははは……だよねぇ。
ただサナよりも怖い人達がまだ残っているんだよなぁ。
「ちなみにアザレアたちは?」
「アザレアさんたちも『またいつものか』と呆れてはいましたが、怒っていませんでしたよ」
それを聞いて俺はホッと胸をなで下ろす。
もし怒っていたとしたら、冒険に行くなんて言いづらくなるところだった。
それから俺はこの一週間の牧場の話を聞きながら、アザレアたちが帰ってくるのを待つことにしとにした。




