第2話 相変わらずの二人
「とりゃあ!!」
「あいたっ!?」
ナビ子の自称必殺キックが土下座をしていた俺の後頭部に炸裂する。
「何すんだナビ子!! ちゃんと謝っただろ!」
確かに仕事をサボった俺が全面的に悪いよ。
その間の仕事をナビ子が代わりにやってくれたのも申し訳なく思う。
けど誠心誠意謝って、この仕打ちはあんまりではないか?
「謝る? アタイには関係ない本のこととか言い訳ばっかりしてさ、結局コレクターのことを熱く語っているようにしか聞こえなかったわよ」
……確かにそういう側面もあったような気もする。
「まっ今ので今回のサボりは許してあげる」
「……どーも」
ちょっと理不尽に思いつつも、一週間サボった罰がこれだけで済むのなら、もう一回くらいしても罰は当たらんよな?
「言っとくけど、優しいのは今回だけだかんね。次はさらに威力を上げた必殺きりもみキックをお見舞いしてやるんだから!」
……回転が加わるのか?
「ナビ子……おまえ、制限が無くなったからって、日に日に暴力的になってないか?」
「それはシュートが駄目駄目くんになっちゃってるからでしょーが!」
酷いことを言う。
「俺のどこが駄目駄目くんなんだよ」
「じゃあ聞くけど……シュート。あの事件から自分が何したか覚えている?」
あの事件。
運営の野望を阻止すべく動いたあの事件で、俺とナビ子の運命は大きく変わった。
俺は日本と完全に決別し、この世界で一生を終える決意をした。
ナビ子も創造主である運営との繋がりが無くなり、自由を得ることとなった。
その事件から俺が何をしたか。
「え~っと、牧場の世話したり、アズリアに武器を卸したり、ミランダばあさんにアンブロシアを卸したり……なんだ。ちゃんと働いてるじゃないか」
この一週間はちょっとサボってしまったが、それ以外では、普段やるべき仕事はちゃんとやってる。
うん、駄目駄目くんと呼ばれる謂われはないぞ。
「アタイの言いたいことはそういうことじゃなーい!! シュートは冒険者でしょーが!! 冒険者なら冒険者らしく冒険者の仕事をしなさい!」
そんな冒険者を連呼しなくてもいいだろうに。
「ちゃんと冒険者の仕事もやってるぞ。人気のない下水道掃除をやってくれるってギルドからの評判も良好だ」
下水道掃除は臭いわ汚いわ掃除が辛いわで、報酬の割には人気のない依頼だ。
なので、率先して引き受けるのは俺くらいなもんだと、下水道依頼を斡旋してくれる受付のミーナから喜んでいる。
まぁ実際のところカードモンスターのスライム達がパパッと終わらせるだけで、俺は何もしてないけど。
「ちっがーう!! 下水道掃除は冒険者の仕事じゃないでしょ!!」
いや、普通に冒険者ギルドの依頼なんだが……とまぁナビ子の言いたいことはそういうことじゃない。
「冒険よ冒険! 冒険者なら冒険してなんぼでしょ!!」
「そりゃそうだが……しばらくの間、冒険はしないでゆっくりするって話だったじゃないか」
俺がこの世界に来てから正直色々とあった。
山で暮らしたり、ドラゴンと出会ったり、他のプレーヤーと協力して運営と戦ったり。
半年ちょっとの間に色々ありすぎた。
「そりゃあアタイだって多少ゆっくりしたかったよ! でも……そう言ってから何ヶ月経つと思ってんのさ!!」
何ヶ月? ……え~っと。
あの事件が終わったのが秋の初め。
それからこの街でゆっくりして……秋が終わって冬が来て……そして今は初春。
気がつけば俺がこの世界に来て一年が経とうとしていた。
「なんだ。まだ半年も経ってないじゃないか」
「まだ半年じゃなくて、もう半年よ!! 少しって言ってたくせに、ガッツリここに根を生やしてるじゃないのさ!?」
「いやぁ時の流れって早いもんだなぁ」
「笑いごっちゃなああああい!」
「あだっ!?」
本日二度目のナビ子キックが炸裂する。
ったく、人の頭をぽんぽん蹴りやがって。
ただまぁナビ子の気持ちを考えれば怒っても仕方ないか。
ナビ子が旅に出たがっている理由は半年間引きこもっていたからとか、冒険者だからとか、カードコンプのためだとかそういった理由ではない。
ナビ子の存在そのものに関する重大な理由がある。
運営との繋がりがなくなったことにより、本体の「旅のしおり」に戻ることができなくなったナビ子。
自由になっただけ……ならば良かったのだが、果たして今のナビ子はどういった存在なのか。
ただの妖精なのか、そのまま電子妖精なのか。
もしかしたら全く別の存在になっているのかもしれない。
そこでナビ子をカード図鑑に登録できるか試してみることにした。
今までは本体の旅のしおりはカードにして、アイテム図鑑に登録できたが、ナビ子を登録することは不可能だった。
さて今は……と、ダメ元で登録してみたところ驚くべき結果に。
なんとナビ子をモンスター図鑑に登録することができたのだ。
つまりナビ子が無生物じゃなく、ちゃんと生物として……というか、モンスターとして認識されたということ。
そこで俺は詳細な説明文を見ようと登録だけじゃなく、ナビ子をカードにしようと試みる。
本来、モンスターをカードにするには一度殺して魔石からカードにする必要があるが、対象がカード化に応じれば、生きたままカードになることができる。
今の所、クリムゾンドラゴンのグリムだけが生きたままカードになっているが……まさかナビ子が2枚目のカードになるとは。
もちろんナビ子は拒否せずにカード化に応じた。
その結果……
――――
ナビ子(元電子妖精)
レア度:なし
固有スキル:浮遊、探知、情報処理
個別スキル:脚力、代理人
元電子妖精。
貴女を縛るものはもう何もない。
ただ魔石を所持していない貴女は非常に不安定な存在。
成長し、魔石が生えた時、真の妖精へとなりえるだろう。
ナビ子「はやく妖精になりたーい!」
――――
とまぁ突っ込みどころ満載なカードが出来上がったわけだ。
まず名前。普通は種族名が入るところがナビ子に。
まぁ横に元電子妖精とは書かれているが。
これはナビ子という種族になっているのか、はたまた種族がないということなのか。
非常に不安定な存在と書いてあるから後者のような気がする。
レア度がないのはナビ子が異界シリーズ同様、地球産だからか、それとも名前と同じく不安定な存在だからか。
これも後者のような気がするが現時点では判断できない。
スキルに関しては電子妖精の頃のスキルがそのまま。
元々浮いていたから浮遊と俺もお世話になった探知。
たまに処理落ちしていたけど、自称スパコンだった能力は情報処理のスキルで使えるようだ。
それから途中で運営から貰った代理人スキルと……必殺キックのお陰か脚力を取得していた。
そして最後に突っ込みどころ満載の説明文。
まず気になるのがなんちゃっての部分。
なんちゃって妖精は俺やメーブがナビ子をからかう時に使っていた言葉。
その言葉が説明文に使われている?
以前からカードの説明文は誰が書いているのかという疑問はあった。
ナビ子に聞いたところ、異界シリーズは運営が書いたと言っていたがそれ以外は不明。
そもそも、異界シリーズも全部運営が書いたものなのかも怪しいところだが。
もしかしてこの説明文を書いた奴は俺たちを監視している?
……まさかね?
まぁどれだけ考えても答えが見つかることはない。
当然のことだが、ナビ子もこの結果を知っているわけで。
『アタイのどこがなんちゃってなのよ!!』とか『アタイはどこぞの妖怪人間みたいなことは言わない!!』とか。
いやぁ荒れに荒れたね。
『こうなったら一刻も早くこの不名誉な状況から脱却して、真の妖精になってやるんだから!』
とまぁ仕舞いには本当に図鑑説明文のように早く妖精になりたいとか言い始めた。
そして成長するにはどうすればいいか?
冒険でしょ! というわけである。
ただまぁナビ子自身、今の体に慣れる必要もあるし、俺も少しゆっくりしたいという思いもあったので、冒険を休んでいたと。
それでも最初は1、2ヶ月くらいの予定だった。
ただ2ヶ月休んだことで季節が変わり冬になった。
まぁ冬になろうが冒険自体はできるし、冬限定のモンスターを捕まえるチャンスかと思ったが……ここに来て問題が発生。
牧場で生活していた俺のカードモンスターたちが冬眠を始めたのだ。
もちろん冬眠と言っても本当に冬眠するわけではない。
寒いのが嫌だとカードから出たがらないのだ。
まぁ俺の持っているモンスターの大半が昆虫やらゴブリンやらで、寒さが得意そうではない。
もちろん俺が命令すれば外で活動するが……無理やりはねぇ。
あのラビットAですら『寒いのやっ!?』とか言ってカードから滅多にでなくなった。
ウサギは冬眠しないと聞いたんだが……まぁそれでも寒いのは苦手だったと。
ただ、それでもニンジンだけは食べに出てくるし、表に出たがらないだけで、暖房のある部屋でぬくぬくしてたけど。
そんなわけで戦力が激減した状態で冒険に出るわけにはいかず。
ナビ子もそれは理解しているからか何も言わずに引き続き大人しくしていた。
だから俺は引き続き仕事をしたり、スキルの使い込みをしたり、カードを整理していたってわけだ。
そして、ようやく冬も終わり、そろそろ春かというところ。
そろそろ本当に冒険を……って考えていたところに、俺が一週間もサボったことで、堪忍袋の緒が切れちゃったと。
まぁ俺としてもそろそろどこかに行きたい気持ちはあるし、ナビ子の状態も気になる。
それに俺自身の体のこともあるし。
俺の体は運営が用意した仮初の肉体。
ぶっちゃけ今のナビ子と同じ状態だと思うんだよね。
俺をカードに登録したら『なんちゃって人間』とか出るかもしれない。
それこそ『早く人間になりたーい!』状態だ。
まぁ自分をカードにできないし、仮にカード化できたとしても、怖くて確認できないけどさ。
……よし。
「んじゃまぁ、そろそろ新しい冒険にでも出発しようか?」
「うん!」
俺の言葉にナビ子が元気よく答えた。




