第295話 アズリアの帰宅
バタンと玄関のドアが開かれたと思ったら、バタバタと足音が聞こえ、リビングのドアが勢いよく開かれる。
「シュートさん! 帰っ……!?」
アズリアがリビングの光景を見て固まる。
何故なら正面のテーブル席に座っていたのは、俺じゃなくアゼリアと、エイジ、タクミ、サテラの4人。
俺は少し離れた場所でナビ子とテーブル席を眺めていた。
「ん。アズ姉。遅い」
「アゼ!? なぜここに!?」
アゼリアがいることに驚くアズリア。
やっぱり連れてくる予定はなかったようだ。
「アズリア。こっちこっち」
混乱しているアズリアを手招きする。
アズリアはアゼリアが気になってしかたないようで、視線はアゼリアに向けたままこっちにやってくる。
「シュートさん。ラビットAちゃんが外で歌ってたから、帰ってきたことは知っていましたが……」
どうやらラビットAを見て俺が帰ってきたことに気づいたらしい。
「ん? 歌ってた?」
「ええ。ニンジンをマイクに見立てて魔法少女コンサートって……あの、ラビットAちゃん進化しました?」
……何をしているんだアイツは?
と、そういえばカグヤになったのはタクミに会う直前だったな。
「ああ、進化して魔兎族の姫になったらしい」
アズリアとは何度か通信機で話して情報交換していたけど、ラビットAが進化したとか細かなことは話してなかった。
「また成長して可愛らしくなってましたが……そうではなく、何でここにアゼがいるのです?」
「俺が帰ってきた時にはもういたんだ。アズリアが偵察機を取り上げて暇になったらしい」
俺がそう説明するとアズリアは盛大にため息をついた。
「あの子はもう……すいませんシュートさん。迷惑をかけたでしょう?」
「いや、そこまで迷惑は……」
「シュート。ずっと胸ばっかり見てた」
そんなことは言わんでよろしい。
案の定、アズリアの目が鋭くなる。
「あら。胸でしたら私の方が大きいですよ。ほら」
だから見せつけなくてよろしい。
「まぁアゼも姉さんに比べたら……あれ? あの子、あんな肩掛けを持っていましたか?」
アズリアが俺の渡したストールを見て言う。
「ああ。あの格好じゃ目の毒だろ。だから俺があげた」
「すいません。あの子はあの通り見た目を気にしないものですから。ご配慮感謝します」
やっぱり基本的にずっとあんな感じのようだ。
「あの方々が他のプレーヤーですか?」
「ああ。デカい人間が連勝プレーヤーのタクミ。魔族の男がエイジで女性が電子魔族のサテラだ」
「プレーヤーまで魔族とは聞いていませんが?」
そういえば通信の時には言ってなかったな。
「自分で改造して魔族になったんだってさ」
「意味が分かりません」
うん。俺もそう思う。
でも、そうとしか言えないからなぁ。
「それで、何故シュートさんとナビ子さんだけ離れているんです?」
「……俺は必要ないんだと」
「アタイも……サテラがいれば十分だって」
解析眼でずっと日本のことを調べてきたアゼリア。
そこに住んでいた俺達から直接話を聞きたいと思うのは当然だろう。
ただ、俺やナビ子に関しては、アズリアから話を聞いている。
なら、全く知らないエイジやタクミやサテラから話を聞きたいと。
そういうことらしい。
「まぁあれを見たら俺はこっち側で良かったと思うよ」
「アタイも」
次から次に質問するアゼリアに対応している三人を見ていると、俺はこっちで良かったと心底思う。
三人もかなりお疲れっぽい。
「あっそうそうシュートさん。こちらをどうぞ」
アズリアが壊れた偵察機を取り出す。
流石に以前のように胸の中には入れてなかったようだ。
「ふふっ期待しましたか?」
だから察するなよ。
「偵察機……本当にアズリアが持ってたんだ」
ナビ子は別に信じていなかったわけではないだろうが、実物を見るとやはり驚きが隠せない様子。
「ナビ子さん。隠していてすいませんでした」
「ううん。それはいいの。アタイが知っちゃってたら多分運営に回収されていただろうし……もしかしたら、アズリア達のスキルも取られちゃったかもしれないから」
ナビ子の言う通り、偵察機は回収されて、偵察機の中にあった神眼スキルも取られたかもしれない。
「でも、こうやって実物を見たら、あの話は全部本当だったんだって、ちょっとショックを受けちゃった」
……もしかしたら、ナビ子はどこかでまだ運営のことを信じていたのかもしれない。
こればっかりは自分で乗り越えてもらわないと。
俺は偵察機をエイジ達のところへ持っていく。
「エイジ。これが偵察機だ」
俺はテーブルの上に置く。
「妖精タイプの偵察機か……ちょっと調べてみないと分からないな。集中したいから、別の部屋を借りれるか?」
「ああ。じゃあ隣の部屋を使ってくれ」
よし、と席を立つエイジ。
それに付き添うサテラとアゼリア。
「いや、君は待って……」
「ん。それ、私の。だから直すところ見る」
一瞬だけすごく嫌な顔をするエイジ。
スキルを使っている所を見られたくないのか、アゼリアに辟易しているのか……どっちもな気がする。
「……分かった」
多分話を聞いてもらえないと察したのか、渋々許可して三人で隣の部屋へ向かった。
一人テーブル席に残されたタクミはホッと安堵したようにみえた。
……やっぱりタクミもアゼリアに辟易していたようだ。
俺はアズリアを伴ってテーブル席に座る。
「はじめまして、アズリアと申します。妹がご迷惑をおかけしたようで」
「あっいえ、そんな!?」
タクミは慌てて否定してアズリアから視線をそらす。
……顔が赤い。照れているようだ。
まぁアズリアはかなりの美人。
それに、商会の仕事帰りだからピシッとした服装をしているが、それでもはっきりと分かる胸の大きさ。
元高校生のタクミには刺激が強すぎるかもしれない。
「ではシュートさん。お話を聞かせて頂けませんか?」
「詳しい話は全員揃ってからだな」
なので、今はファーレン商会の依頼に関して話ながらサナとガロン、そしてアザレアが集まるのを待つことにした。
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バタンと玄関のドアが開かれたと思ったら、バタバタと足音が聞こえる。
本日四度目の音だ。
「シュートさん! 帰っ……!?」
勢いよくリビングにやって来たのは最後の一人であるアザレア。
彼女も他の三人同様、リビングの光景を見て固まる。
いつものテーブル席に座っているのはエイジ、ガロン、タクミ。
追加で用意したテーブル席に座っているのが、アズリアとアゼリアとサナ。
そして給仕係のサテラと料理係の俺。
「あっ、おかえり。いま飯の準備をしているから、適当に座って待っててくれ」
「姉さん。こちらにどうぞ」
「ん。アザ姉、こっち」
二人の妹に促されて、アザレアは呆けたまま席につく。
きっと頭には多くの疑問でいっぱいだろう。
アザレアは今からする話を聞いてどんな反応をするだろう。
怒るだろうか? それとも泣くだろうか?
俺は以前引っ越しする冗談を言って、アザレアを泣かせたことがある。
……もうアザレアの泣き顔は見たくないな。




