第294話 アゼリア
俺は初めて会う三女を見る。
服装はワンピース。
といっても、完全に部屋着みたいだが。
髪の毛は伸ばしっぱなして、全く手入れをしていないように見える。
そして、アズリアと双子だけあって胸がデカい。
ただまぁアズリアに比べると、まだ常識の範囲っぽいけど。
でもアザレアよりは確実にデカい。
というか、ワンピースの下ってもしかして下着をつけてな……
「シュートどこみてんの? さいてー」
案の定、ナビ子に突っ込まれる。
「いや、これは仕方ないと思わないか? ナビ子だって気になっただろ?」
「そりゃあね。……アザレアって妹二人に負けてるんだね」
いや、そういうことじゃなく……おい、それは流石にアザレアが可哀想だぞ。
言っておくが、妹達が異常なだけで、アザレアも決して小さくないからな。
……いや、見たことはないから知らないけど!!
とにかく、こんな姿をタクミやエイジに見せるわけにはいかない。
俺はエイジ達にちょっとだけ玄関で待っててもらうことにした。
「それで、何でここにいるんだ?」
引きこもりの彼女が何でここにいるのだろうか?
今回の説明のために、アズリアが連れてきたのか?
いや、それならアズリアも一緒にいるはずだ。
まさか初対面で妹だけ放置するとは思えない。
つまりアゼリアは自分の意思でここにいるってことになる。
「あ~、ここ、どこ?」
何で知らねーんだよ!!
というか、説明したよね!?
「だから、俺の家だって」
「……誘拐?」
なんてことを言い出すんだコイツは!?
「違う。お前が自分の意志でここに来たんだろう?」
「何で?」
知らねーよ!!
「ったく、まだ寝ぼけているのか?」
「あ~、そう。うん寝ぼけてる」
アゼリアはボリボリと頭をかく。
あーもう。体は十分に大人の女性なのに、まるで子どもと話している気分だ。
「寝ぼけているなら、顔を洗ってシャッキリしろ」
「やだ。もう一度寝る」
そう言ってアゼリアはもう一度テーブルに突っ伏す。
「本当に寝るのかよ……」
自由すぎるだろ。
「うん。久しぶりに寝たから。もう少し味わう」
あっ、返事は返ってくるのね。
久しぶりに寝たって……そういえば、アゼリアは食事もとらず、寝ることもなくずっと研究し続けるってアズリアが言ってたな。
だから数日放っておくと死にかけるとか。
本人を見て、それが事実っぽいことを実感した。
「食事や睡眠はちゃんと取れよ」
「ん。やだ。面倒」
「面倒って……」
食べることと寝ることが面倒って……そういうもんじゃないだろう。
「研究の方が面白いから仕方がない。研究と同時にできればいいのに」
無茶言うなよ。
「あっ、でもサンドイッチは別。あれは研究しながら食べられる」
確かにサンドイッチなら片手で食べながら作業できそうだ。
「でも最近サンドイッチない。だから面倒」
そういえば、俺が朝食を作ってた頃はアゼリアの食事は基本的にサンドイッチだったな。
俺がいなくなったから、サンドイッチが無くなっちゃったか。
そこで再びアゼリアがガバッと起き出す。
……だからその起き方はビックリして心臓に悪いから止めてほしい。
「お腹すいた」
コイツは……本能に忠実すぎるだろ。
というか、たった今、食べるのが面倒って言ったばかりなのに。
ああでも、今は研究をしてないから、食欲と睡眠欲が一気に押し寄せているのかも。
「……いつから食べてないんだ?」
「ん? 分からない。ちょっと前にアズ姉に、食べろと無理矢理口の中に押し込められたのが最後」
アズリア……マジで大変そうだな。
おそらくアズリアのことだから、一応毎日は食べさせているはず。
昼は仕事で不在で、朝は食べさせる余裕なんてないだろうから……昨晩かな?
「ほら、これを食え」
仕方がないから俺はサンドイッチのカードを解放してアゼリアの目の前に置く。
「おお~。サンドイッチ」
アゼリアが手に取り口に入れようとする所でピタッと止まる。
「ん。今の……カード化?」
「ああ。そうだ」
「……シュート兄?」
カード化のスキルを見て、ようやく俺が誰か気づいたようだ。
にい? ……兄さんってことか。
「何で俺がお前の兄さんなんだよ」
むしろ今の年齢を考えると、アゼリアの方が年上だろ。
「アズ姉の夫なら、わたしの兄」
……アズリア。こんなところにも、その話をしているのか。
「違うよ!! シュートの嫁はアザレアだよ!!」
「それも違う!!」
なんてことを言うんだ、このなんちゃって妖精は!?
「ん。どっちでもいい。アザ姉の夫でも、わたしの兄」
確かにそうだけども。
ただし、それが事実だったらの話だ。
でも残念ながら、どっちも違う。
「カード化スキル……興味深い。いい研究対象」
獲物を見つけたような怪しい目をこちらに向ける。
アザレアも似たようなことを言ってたけど……似たもの姉妹だな。
「……解剖していい?」
「いいわけないだろ!?」
前言撤回。
こっちの方がヤバい。
「良かったねシュート。この子、シュートの好きな変わり者の研究者だよ」
「……いや、その話はもういいから」
いつの話を持ってきているんだよ。
もう変わり者の協力者はいるから、もう変わっている必要はないんだよ。
「ったく。それを食ったら大人しく自分の部屋に戻って、ちゃんと寝直せ」
俺はサンドイッチを食べているアゼリアに後ろからストールを掛ける。
「ん。なに?」
「その薄着じゃ風邪ひきそうだからな。ちゃんと羽織っとけ」
本当はそのだらしない姿をエイジ達に見せたくないだけだけど。
でも、実際その格好で寝ていたら風邪ひきそう。
この子の場合、ベッドじゃなくて、机で寝てそうだもんな。
「シュート。なんでそんなの持ってんの?」
「万能糸からの合成を試している時に色々とな」
それに、ストールとかは、男性の俺でもちょっと羽織りたい時に便利なんだ。
「ふぁ~」
サンドイッチを食べ終わったアゼリアが大あくびをする。
本当に子どもみたいだ。
「ほら、食べたんなら、ちゃんと自分の部屋に戻って休め。言っとくが、間違っても研究なんかするんじゃないぞ」
そう言っておかないと、部屋に戻ったら研究を始めそうだ。
「ん。思い出した」
「思いだした? 何をだ?」
「アズ姉に研究材料取られた」
「……それって偵察機のこと?」
アズリアに貸してくれって頼んだから、ちゃんと準備してくれたようだ。
「ん。そう。直すんだって」
「修理した方がいいだろ?」
「ん。でも、暇になった」
「……暇になったから、ここにいるのか?」
「ん。そう。アズ姉がここで直すって言った」
あ~。だからわざわざ待ってたのか。
んで、やることがなくて暇だから寝て待っていたと。
「ん。帰ってきたなら早く直す」
どうやら俺が修理すると思っているらしい。
「いや、アズリアが居ないから実物がないし。それに修理するのは俺じゃねーよ」
「じゃあ誰が直す?」
……まぁもうストールで隠したし、目も覚めたようだしいいか。
俺はリビングの扉を開けてエイジたちを呼ぶ。
「魔族……初めて見た」
姿を見せたエイジとサテラを見て驚くアゼリア。
「……解剖していい?」
期待するアゼリアと困惑するエイジ達の視線が俺に突き刺さる。
はぁ。アザレアでもアズリアでもいいから、早く帰ってきてくれ。




