第275話 ミース王国へ出発
俺はいったんアール商会から離れて、宿を取る。
「じゃあ俺たちは作業に取り掛かるから」
部屋は俺とタクミと隣同士で別部屋だ。
今から属性武器とポーションの量産とバトルジャケットの偽物を作るから、作業している所を見られたくなかった。
「ったく、さっさとしなさいよね」
「ちょっとアイビー。僕のせいで……面倒かけてごめん」
アイビーを窘めつつ、タクミが謝る。
どちらかというと、そっちの生意気な妖精に謝ってほしいんだが。
「別にこれくらいいいさ。それよりも、絶対に部屋から出るなよ」
「うん。初めての街だから気になるけど我慢するよ」
今のタクミは何もかも新鮮だから色々と見て回りたいだろうが、流石にこの街で出歩くのはマズすぎる。
いくらモヒカンとトゲパッドでなくても、顔は変わってないから、気づかれる可能性があるもんな。
まっ、どうせしばらく旅をするんだから、別の街に寄ることもあるだろう。
タクミにはその時まで我慢してもらおう。
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「では、手配書の件、よろしくお願いします」
数時間後、準備が完了した俺は、一人でアール商会に戻ってきた。
今度はタクミとアイビーは留守番。
万が一に備えてナビ子に見張ってもらっている。
「分かりました。後はこちらにお任せください」
俺が渡した冒険者の所持品と、バトルジャケットの偽物を確認したヨルクが言った。
ヨルクによると、手配書はすぐにでも回収されるだろうが、冒険者への返却は数日は掛かるとのこと。
まぁすでに別の依頼を受けてこの街に居ない冒険者などがいるらしいから仕方がない。
ヨルクを信じてお願いすることにした。
「それから、こちらがポーションと属性武器です。でも……武器を卸しても問題ないんですか?」
他国から仕入れるときは、関税が高いから仕入れないはずじゃ?
というか、これって密輸になるんじゃ?
「これは他国から仕入れたわけでなく、錬金系スキルを持ったシュート様がこの街で作製した武器を卸してくださった。そうですよね?」
「あっはい」
どうやらそういうことらしい。
確かにいくつかはさっき作ったけど……殆どが作り置きだぞ。
まぁそれで捕まらないんなら別にいいけどね。
「いやぁよい取引でした。今後もシュート様とは、よいお付き合いしたいですね」
これって要するに、定期的に卸しに来いと。
「そんなにしょっちゅうは来れないですけど……また、配達には来ると思いますよ」
今回の件でアズリアには大きな借りができたから、次の配達依頼も断れない。
というか、そのうち本当にファーレン商会の専属契約をさせられそうだ。
「今度来た時は、取引だけでなく、お酒でも酌み交わしましょう。ハーフリングの可愛い子がやっているお店があるんですよ」
ヨルクが含んだ笑みを浮かべながら言う。
この場にナビ子がいたら絶対にサイテーって言われていただろう。
でも、ハーフリングのキャバクラか。きっと楽しいに違いない。
俺はヨルクにその際は是非にと言って、アール商会を後にした。
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全ての問題が解決した俺達は、ようやく改造プレーヤーのいるミース王国へと出発する。
ミース王国の場所は、今いるストラーン共和国からだとバルバラート帝国を挟むため、一旦帝国に戻る必要がある。
戻ると言っても、ライラネートとは方角が違うため、単純に抜けるだけなのだが。
「じゃあ一旦国境を抜けるから、タクミはここで待機な」
俺は正式な入国をしたから普通に戻ればいいけど、タクミは違う。
アントープの街に入ったときのように、ラビットAにテレポートで連れてきてもらうしかない。
「うん。でもここじゃ、見つかりそうだから、すぐに迎えに来てくれると嬉しいんだけど」
タクミが不安そうに言う。
俺達が今いる場所は国境のすぐ近く。
一応、門番や警備兵からは死角になっているが、少しでも動くとすぐに見つかってしまいそうだ。
そして、タクミは現在魔法使いが着ていそうな全身を隠せるローブ姿。
ただのローブ姿なら、この世界では珍しくないかも知れないが、ローブの下にトゲパッドを装備しているので、肩幅に違和感ありまくり。
たとえ山賊じゃなくても、見つかった瞬間、捕縛されてしまいそうだ。
――ったく。脱げば問題ないのに。
そう思うが、街中では戦わないだろうし、何より謝罪だったからジャケット姿でも我慢できた。
でも、街の外ではモンスターもいるし、俺と離れて一人になることを考えると、やっぱりトゲパッドじゃないと不安なのだそうだ。
う~ん。でも、これじゃあ他の街に入るのも難しい。
本当に何か対策を考えないとな。
「あのガキンチョがもう少し役に立てば、アチキ達は宿で待ってればいいだけだったのに」
アイビーが愚痴る。
もちろんガキンチョとはラビットAのこと。
今の所、ラビットAのテレポートは1キロが限界らしい。
テレポートは他の魔法よりも、魔力やイメージの消費が激しく、少しでも油断すると変な場所に転移する恐れがあるから、どうしても慎重にならざるを得ない。
もう少し慣れれば、もっと遠い距離……それこそライラネートとアントープでも平気らしいのだが、慣れるにはかなり時間がかかりそうだ。
「言っとくが、ラビットAがいなかったら、お前たちは国から出ることができなかったんだからな」
もしテレポートがなかったら、この国で山賊騒ぎが広まっていない場所で身分証を発行するか、アントープで騒ぎが収束するのを待つかしかタクミが出国する方法がなかった。
「別にまどろっこしいことせずに、空飛んで行けばいいじゃない」
「それも説明しただろ。街レベルならともかく、国境付近は上空もちゃんとチェックしているんだよ」
ナビ子やアイビーくらい小さければ、見逃すかも知れないが、人を乗せたグリフォンとなると、間違いなく見つかるだろう。
だから、テレポートが可能かアントープの街で実験したんじゃないか。
「タクミだって、せっかくお尋ね者じゃなくなったのに、またお尋ね者になりたくないだろ?」
「当然だよ!」
「ふん。こんな世界の規則なんて気にする必要なんかないのに。ほんっとうに面倒なんだから」
本当に目先のことしか考えてないよな。
面倒って……世界を敵に回したほうがよっぽど面倒なことになるぞ。
「とにかく。できるだけ早めに戻ってくるから。動かずに大人しくしておけば見つからないから心配するな」
そう言って俺はタクミから離れる。
そして離れた場所で先日進化したアサシンビーを召喚する。
「タクミ達に見つからないように、守ってやってくれ」
隠れて護衛するなら、不可視や影移動、闇同化などのスキルを持つアサシンビー以上の適役はいない。
このアサシンビーにジャミングスキルをついでに覚えさせたら、動かない限り誰にも見つかることはないだろう。
俺は安心して出国手続きをすることにした。




