第255話 密入国
ナビ子とルースが帰ってきたので、久しぶりに全員が揃って夕食をとる。
「シュートさん。どうですか? 似合いますか?」
アズリアはルースからお土産で貰ったイヤリングを俺に見せる。
「ああ、似合っているんじゃないか」
実際問題よく分からないのが本音なのだが、とりあえず似合っていると言っておけばいいだろう。
というか、イヤリングを見せるために髪を上げた仕草が色っぽくて、そっちに目が移ってしまう。
「ふふっ、ありがとうございます。ほら、姉さんにも何か言ってあげてください」
「アズ!? わ、わたくしは別に……」
アズリアに言われて取り乱すアザレア。
アザレアの方はペンダントを着けている。
「あっ、ああ。アザレアも似合っているよ」
「あ、ありがとうございます」
顔を真っ赤にして照れるアザレア。
どうせいつものポーカーフェイスの副作用だろうが、そんなに照れられると、俺まで照れてしまう。
「ん? それ、中に何か入っているのか?」
よくみればアザレアのペンダントはロケットペンダントだ。
「なっ、何も入っておりません! いいですか! 絶対に見てはいけませんよ」
「あっ、はい」
あまりの剣幕に俺は頷く。
入ってないと言ってるのに、中を見るなとは……その矛盾にすら気づいていないようだ。
一体中には……うん。俺の精神衛生上のためにも、中は知らない方が良さそうだ。
というか、さっきからアズリアとナビ子とサナが俺達のやり取りをニヤニヤして見てやがるのが腹立つ。
くそ~。指摘すると、絶対にやぶ蛇になりそうだから何も言えない。
「あっ、そうだアザレア。近日中に隣の国に行こうと思うけど、他国への移動ってどうしたらいいんだ?」
結果、俺は話をそらすことにした。
「……隣の国へ何しに行かれるのですか?」
さっきの浮かれ具合はどこへやら。
アザレアの表情が一気に真顔になる。
「実は、ナビ子の知り合いが困っているらしいんだ」
「そうなんだよ。アイビーっていう電子妖精が、相棒のことで助けて欲しいって言われて。そのアイビーがいるのが隣の国なの」
「では、その人の所へ行くと?」
俺は頷く。
正直、非常に不本意だけどな。
だって、絶対に足手まといになるのが分かりきっている。
まず、プレーヤーが重度の引きこもりであること。
ずっと山に籠りっぱなしとか、何のためにこの世界に残ったのか分かりゃしない。
仮に説得して一緒に行くことになっても、世間知らずで足を引っ張るのが目に見えている。
……まぁ俺も人のことは言えないけど。
ただ、ナビ子が言うには連勝のプレーヤーのスキルは戦闘向けだから、戦うことになれば絶対に役に立つとのこと。
でも、むしろそれはデメリットの方だと思う。
何故なら、電子妖精のアイビーがサテラを倒す気であるからだ。
説得しようと考えている俺達と方向性が違う。
下手したら、改造だけじゃなく、連勝とも敵対して三つ巴になるんじゃないか?
だから連勝を無視したいところだが、そうなるとナビ子の立場が悪くなる。
『自分が手柄を独り占めにするために、抜け駆けしたんだ!』
アイビーなら絶対にそう言うらしい。
そんなの気にするなと言いたいが、ナビ子は結構溜め込むタイプだから、気にしちゃうんだよなぁ。
そういうわけで、非常に不本意だけど、連勝プレーヤーの元へ行く。
「その場所までは、空からで良いんだけど、それで国境を抜けていいものか悩んでて」
要するに不法入国になってしまう。
それが嫌だから、先月はナビ子だけでサナの家を取りに行かせた。
あれが大丈夫だったんだから、俺も……といいたいところだが、ナビ子とは大きさが違う。
正直、街などに寄らずに、まっすぐ連勝プレーヤーのいる場所に行くだけなら、見つからないとは思う。
けど、常に空を警戒してたりで、万が一のことがあるからなぁ。
「シュートさんの隠蔽能力があれば、空からの密入国も可能でしょうが、もし見つかれば、お尋ね者になってしまうので、正規のルートで入国することをお勧めします」
やっぱり密入国はリスクが高いか。
「ちなみに隣の国とは、どの国のことでしょうか?」
バルバラート帝国はいくつかの国と面している。
連勝プレーヤーがいるのは、ストラーン共和国。
改造プレーヤーがいるのが、ミース王国。
どちらもここからならそれなりに遠い。
まぁ飛行モンスターを使えば数日でたどり着くけどね。
「最初にストラーン共和国に行って、ナビ子の知り合いをミース王国へ送るんだ」
どっちも同じ国にいてくれればいいのに、違う国なんだもんなぁ。
「それですと、やはり正規ルートがよろしいかと。共和国とは友好的な関係ですので、手続きも難しくないかと」
共和国とはって……。
「じゃあ王国は?」
「王国も敵対はしておりませんが、王国は亜人を認めておりませんから、ナビ子さんやお友達、それからウサちゃんなどは隠しておかれた方がよいでしょう」
あ~。
なんか以前聞いた気がする。
帝国はエルフやドワーフ等の亜人を認める多種族国家。
ただし、帝国に取り込まれている形なので、少し立場が弱い。
まぁそれは貴族以上の話で、庶民の暮らしはそう変わらない。
共和国も同じく多種族国家。
しかも帝国よりも差別がなく、共存できている。
そして、王国は人間のみの国。
亜人には人権がなく、住む場所もない。
仮にいたとしても奴隷として扱われる。
だから、亜人は好き好んで王国には行かない。
行くとしたら、国に追われた犯罪者が密入国するくらい。
果たしてナビ子やラビットAが亜人になるかは分からないが、確かに王国では姿を見せない方がよさそうだ。
「それでも密入国よりは正規入国の方がいい?」
「そう……ですね」
どっちもどっちっぽい。
なら、その時の状況次第かな。
「シュートさん。もし、共和国に行かれるのでしたら、ついでに配達を頼んでもいいですか?」
今までずっと話を聞いていたアズリアが言う。
……どうやらファーレン商会の仕事を頼みたいようだ。
「いや、別に街とかに寄るつもりはないんだけど?」
少し興味はあるが、あまり時間はかけられないしなぁ。
「シュートさん。これは結構いい話ですよ」
と、まさかのアザレアまでが賛同する。
「理由もなく国境を抜けるよりも、依頼だということにすれば、すんなり通れます」
ふむ。
確かに言われてみればそうかも。
「荷物は国境から一番近い街ですので、お時間は取らせませんし、カード化スキルがあれば、荷物運びも楽でしょう? こちらも高い運送料を払わずに済みますし、ギブアンドテイクということで」
ギブアンドテイクにしてはアズリアの取り分の方が多そうだけど。
「別途報酬とかないの?」
「では、私を一晩自由にしていい権利を……」
「アズ!!」
「シュートさいてー」
なんでだよ!
「え~。怒られてしまいましたので、報酬は別に考えるということで。どうでしょう?」
まぁ別に報酬がなくてもいいんだけどね。
俺はアズリアの依頼を受けることにした。




