第251話 天運スキルの本質
怖いからここに逃げたい……か。
「それは……人が怖いとか、そういうこと?」
ちょっと無神経だったかもしれないが、俺は直接聞いてみた。
何故ならサナに対人恐怖症のイメージはないからだ。
「違います。怖いのは、人ではなく……私のスキルです」
予想外の答えが返ってきた。
スキルって天運のスキルだよな。
運がいいのが怖いスキル?
良すぎるって意味なのか?
「私、最初はこのスキルを運が良くなるだけのスキルだと思っていたんです」
「それが違ったと?」
たった今まで俺もそう思っていたんだが?
コクンと頷くサナ。
「このスキルは、私の運が良くなるスキルじゃなくて、私が常に最良の結果になるスキルなんです」
……よく意味が分からない。
「すまん。もう少し分かりやすく説明してくれるか?」
運がいいから結果が良くなる。
そういう意味なんじゃないのか?
「えっと、サナが怖いってのは、他人の運まで操作してしまうからなんだ」
サナの代わりにルースが答える。
さっき聞いた先日のソニアとの冒険で起こったこと。
ソニアがどんなパーティーなのかを紹介するため、街の外でモンスターを狩ることになった。
だが、そこでソニアのパーティー達は、普段しないようなミスを起こしたり、ちゃんと整備しているはずの武器が壊れたりして、モンスターを逃がしてしまったそうだ。
「私がモンスターを殺したくないと思ったから、ソニアさん達は失敗したんです」
モンスターが生き残ることが、サナにとっての最良の結果だから。
でも、サナにとって運が良くても、周りは同じように運がいいとは限らない。
ソニア達はむしろ運が悪くなっている。
だから、他人の運を操作する……か。
「ソニアさん達とお話しするのは楽しかったですし、皆さんすごく良くしていただいたのに、申し訳なくて。それに、今回は大したことがありませんでしたが、もし大事な場面でこんなことが起こったらと思うと……」
そこでサナは言葉に詰まる。
さっきまでいつも通りだったから、全然気づかなかったが、サナも色々と溜め込んでいたんだな。
「……自分でコントロールできないのか?」
「できなくはないけど、サナにはまだ経験が足りないから」
そりゃあまだこっちの世界に来て1ヶ月も経ってないんだ。
経験不足は当然だ。
「それなのに、ボクの想定を遥かに越えるくらい天運のレベルが上がってるんだ」
ルースの想定では、1ヶ月が終わるくらいで、レベル3程度の予定だった。
だけど、実際は冒険者試験の時点ですでにレベル3。
それから約10日。
サナの天運レベルはすでに5になっていた。
俺なんて、最初の1ヶ月半でレベル3だったのに。
「冒険者になって……ソニアさんや他人と接することが増えて、一気にレベルが上ったんです」
まるで他人の運を吸ってレベルが上っているかのよう。とサナが呟く。
まぁ吸い取っているわけではないだろうが、仮に俺と同じように山でスタートしていたら、同じようにレベルが上っていただろうか?
――いや、上がっていないと思う。
運っていうのは、他人と比べて良いとか悪いとかあると思う。
それを踏まえると、天運のスキルが他人と接することで上がりやすい性質を持っていたのだろう。
「このまま自分のスキルが制御できなくて、他人を傷つけるようになったらと思うと怖くて……」
傷つけるなんて大げさな……とは言えなかった。
単純に敵でもいいし、仕事上のライバルでもいい。
それこそナンパ野郎でも構わない。
もしサナがスキルを制御できない状態で、サナに不利益を与えようとしたら……その人物は、急遽怪我をしたり、病気にかかったりで、サナに害を与えられないようになる可能性がある。
いや、実は既にサナの知らない所で、そうなっている可能性すら考えられる。
――怖くなっても仕方ない。
「だから、今は人がいない場所で、ゆっくりと自分のスキルと向き合っていきたいんです。ついでにモンスターたちと触れあえることができたらと」
要するにこの場所はサナにとって、人がいないから迷惑をかけないし、モンスターとも触れあえるから、めちゃくちゃ都合のいい場所なんだ。
というか、今の話を聞いていると、ここにサナが住むために、俺は牧場を作るように操作されたんじゃ? と、勘ぐってしまう。
……まぁ真実はどうであれ、牧場を作ったことに後悔はないけど。
「分かった。じゃあサナが自分のスキルに慣れるまで、ここにいればいいよ。なんならウチの連中にスキルの使い方を教わればいいさ」
「ありがとうございます!」
別にずっとこの山で生活するわけじゃない。
ちゃんとスキルを扱えるようになったら、またライラネートに戻っていいんだから。
「しかし、これくらいの話だったら、別にアザレア達から離れなくてもよかったんじゃ?」
結局日本のことには全く触れてないんだし、アズリアの家を出てこっちで暮らすならちゃんと説明しなくちゃいけない。
話し方次第では移動する必要がなかったと思う。
「いえ、離れた本当の理由はこれからです」
えっ? まだ何か残っているの?
俺としてはもうお腹一杯なんだが。
「シュート君は他のプレーヤーと戦うんですか?」
うわぁ。いきなりブッこんできたなぁ。
もし俺がお茶を飲んでいたら、全力で吹き出していたぞ。
「あの。ルース君に聞いたんです。次の会議から戻ったら、シュート君が改造のプレーヤーを倒しに行くって」
「ボクも詳しいことは知らないけど、ナビ子が討伐を志願していたから、そのつもりなのかなと」
「あれは違うの!?」
ナビ子が慌てて否定する。
そっか。俺はナビ子から直接気持ちを聞いたから知ってるけど、普通に考えたらナビ子がやる気を出しているようにしか見えないだろうな。
でも、それを正直にルースには話せない。
ルースを介して運営の耳に入ってしまうかも知れないからだ。
「私もあんまり詳しく知らないけれど、先月色々あったんでしょ?」
サナはグリムの存在は知っていても、ブルームで起きたことは説明していない。
「確かに色々あったし、運営が命令したら行くことになると思う。だけど……信じてくれとしか言えないけれど、俺としては戦いたいわけではない」
「それを聞いて安心しました。もしかしてシュート君は、他のプレーヤーは全員敵だなんて考えの人かと少しだけ思っちゃってたんで」
「それだったら、サナは真っ先にやられてるよな」
「うん。だから、ちょっとだけだって」
サナが苦笑いを浮かべる。
「でも、俺に敵対の意思はなくても、向こうにはあるかもしれない。なにせ向こうはこの世界に迷惑かけてもいいと思っているみたいだからな。そうなると、必然的に戦うことになる」
「シュート君。私はまだ1ヶ月しか住んでいないし、今はスキルで苦しんでいるけど、この世界のことは嫌いじゃない。ううん、知り合いもたくさんできたし、好きなんだと思う。だからじゃないけど、私は迷惑かけてもいいとは思わない」
「俺もこの世界は好きだし、迷惑をかけちゃいけないと思う」
「なら。私はシュート君の味方だよ。もし、他のプレーヤーと敵対したら、その時は私も手伝うからね」
「ははっ、その時は頼むよ」
ナビ子のように相棒ポジションで賛同しているわけではない。
そしてアズリアのようにこの世界の人間でもない。
俺と同じ立場の人間が俺と同じ考えを持ってくれている。
その事実が何よりも嬉しかった。




