第229話 サナの結果
ヘルハウンドを無力化したサナとバル。
これで終了か……と思ったが、そうではなかった。
「バル君!」
サナの声に、バルが咄嗟にヘルハウンドをサナに向かって投げ、自分はその場から離れる。
すると間一髪、さっきまでバルがいた位置に、試験官からのファイアが飛んでくる。
「ほぅ。よく今の攻撃をかわしましたね」
そういえば、ヘルハウンドを倒しただけじゃ、試験は終了じゃなかった。
試験官も降参か戦闘不能にさせないと。
「どういうつもりですか!!」
サナが怒鳴る。
普段は温厚なサナがメチャクチャ怒っている。
「何をそんなに怒っているのです? 貴女だって、先ほど似たようなことをして不意打ちを……」
「試験のことじゃありません! この子はバル君に無効化されて動けなかったんですよ! もしバル君が逃がさなかったら、パートナーが怪我をしていたかもしれませんよ!」
サナの言う通り、今のコースは完全にヘルハウンドにも当たっていた。
しかし、俺はそれよりもバルの行動が気になった。
あの時、バルは試験官に背を向けていたので、バルにはファイアは見えなかったはずだ。
それなのに、サナの呼び声だけで、ヘルハウンドを逃がす行動までとれるのか?
普通なら振り向いて防御か、自分だけ咄嗟に避けるしかできないだろうに。
「何を馬鹿なことを。ヘルハウンドにファイアが効くはずがないでしょう」
確かにヘルハウンドには火耐性があるから、ダメージを受けなかったかもしれない。
でも、サナが怒っているのはそんなことじゃないんだよなぁ。
「効くとか効かないとか関係ありません! 自分のパートナーを巻き添えにして、なんとも思わないのですか!」
まぁそういうことだ。
俺も以前はカードモンスターを傷つけたくないと思っていたから、気持ちは分かる。
でも、これに関しては、試験官が間違いって訳でもない。
あらかじめ巻き添えにする作戦を立てていたかもしれない。
それに、たとえ咄嗟のことだとしても、パートナーと通じあっていれば、裏切られたなんて思うことはないだろう。
要は信頼度の問題だよな。
俺も最近少しだけ分かってきた。
ただ、心優しいサナは、分かっていても、許せないんだろうけどな。
「バル君!」
サナが叫ぶとバルはレイピアを構え、試験官へ攻撃を開始する。
バルに迷いはない。
やっぱり名前を呼ばれただけで、サナとバルは完全に意思疏通ができているみたいだ。
……俺のモンスターなのに、俺よりも分かっているみたいでなんか悔しい。
そのサナは、すぐそばにいるヘルハウンドの様子を確認する。
そして何を思ったか、魔法でヘルハウンドを治療し始めた。
いやいや、待てと。
試験が終わった後なら、治療するのは分かるけど、まだ試験中だぞ。
元気になったヘルハウンドが襲ってきたらどうするんだ?
唯一の戦力のバルは近くにいないんだぞ。
肝心のバルは……チラリとサナを確認して、それでも戻らずに試験官と戦っている。
ヘルハウンドが回復終わる前に、試験官を戦闘不能にするつもりか?
試験官は防戦一方だけど、バルのレイピアを上手く捌いている。
倒すには少し時間がかかりそうだ。
バルが苦戦している間に、ヘルハウンドの治療が終わる。
「バル君!」
サナの言葉にバルは試験官から離れ、サナの元へと戻る。
肝心のヘルハウンドは……完全に戦意を喪失していた。
「この子は降参しました。それでもまだ続けますか?」
これで本当に残るは試験官ひとり。
流石に試験官も勝ち目がないと分かったのか、両手を上げて降参した。
****
「シュートさん! 無事に合格しました!」
冒険者カードを片手にサナが近づいてくる。
今のところ、他の冒険者からスカウトにあったということはないようだ。
……ソニアが上手くやってくれたのかな?
試験が終わったら、スカウトが殺到すると思った俺は、ソニアに頼んでサナが冒険者活動をするつもりがないことは広めてもらった。
どんなに有望でも冒険をしないのなら、勧誘するメリットはない。
まぁ上手く他の冒険者を退けたら、ソニアには紹介することにはなったけど。
もちろんパーティーを組むわけではない。
ソニアのパーティーにもテイマーがいるらしく、意見交換などできないかと言う話だった。
それくらいなら、むしろサナの為にもなるので、後日サナを紹介することにした。
そんなことが水面下で起こっていることはまったく知らないサナ。
「試験官の人に、すごく怒られたんですけど、なんとか合格できました」
どうやらヘルハウンドの治療の件で、こっぴどく叱られたらしい。
まぁあれは俺も気になったもんなぁ。
「うん。試験官の言うことが正しいな。あれは俺もビックリしたぞ。もし本当にヘルハウンドに襲われたらどうする気だったんだ?」
今回は試験だったから、万が一はないだろうが、これが野生のモンスターにもとなれば、試験官が怒るのも無理はない。
まぁそれでも才能は十分に分かったから合格になったようだけど。
「平気ですよ。もしあの時あの子が襲ってきていたら、ルース君が守ってくれますから」
「え゛っ!?」
おいおい。ルースが驚いているぞ。
「それに、私だって考えなしに治療したんじゃありません。ちゃんと、あの子がもう戦わないって約束したから治療したんです」
それも読心術のスキルで意思疏通ができたのかな。
「そうだ。冒険者カードを見せてくれないか」
せっかくだし、スキルを確認させてもらおう。
「はい。え~っと、魔力をカードに込めて渡せばいいんですよね?」
覗き見防止用に、本人の魔力を込めないと、スキルは見れない。
ちゃんと教わってきたようだ。
――――
天運:レベル3
言語翻訳:レベル7
シンパシー:レベル4
魔力妨害:レベル2
スキル妨害:レベル2
魔の素質:レベル3
調教:レベル4
――――
う~ん。ツッコミどころが満載だな。
サナが最初に持っていたスキルは天運と言語翻訳の2つ。
妨害系2種と魔の素質は、今回の試験のために俺が覚えさせた。
気になるのは、前回確認したときに覚えていた読心術が無くなっていること。
代わりにシンパシーと調教のスキルが増えている。
しかもすでにレベル4だし。
というか、言語翻訳のレベルが7て。
今の俺と同じレベルになっているじゃないか。
こんなに簡単にレベルが上がるなんて……マジで天運ってヤバいスキルなのかもしれない。
でも、その天運スキルはあまり上がってないな。
天運自体には経験値アップは無効なのかな?
「冒険者カードを発行して貰うときに、スキルが多いですね~って驚かれちゃった。普通の人は多くても5個なんだって」
5個どころか、普通は3個なんですが。
というか、やっぱり驚かれるよなぁ。
本当なら、アザレアに発行して欲しかったんだが、アザレアはケフィアを連れていって戻ってきていない。
それなら、せめて顔見知りなミーナにお願いしようと思ったら、彼女は部署が違うので無理だった。
今回担当した人が言いふらさなければいいけど。
「いいか、あんまり人に見せびらかしたりしないように」
そう言いながら俺はカードを返す。
「そんなことしませんよ~」
サナはふくれっ面でそれを受け取る。
普段がボケ~っとしているから、いまいち信用できないんだよなぁ。
「えっと、俺は今から試験があるけど……サナはどうする?」
「もちろん見学に行きますよ」
別に見ても面白くないと思うけど……まぁここで一人にさせるよりはいいか。
俺はサナと一緒に自分の試験会場へ向かうことにした。




