第228話 サナの実技試験
サナと一緒に実技の試験場へ来た。
体育館のように広々とした空間。
2階の踊り場には、すでにかなりの冒険者が観客として来ていた。
「うわっ、スゴいなぁ。これ全部サナを観に来たのか?」
試験会場は各職業で違う。
ここでやるのはテイマーの試験で、今日テイマーの試験を受けるのはサナだけ。
ミーナも言ってたけど、マジでサナをスカウトする動きがあるようだな。
「シュートさん。私、この人達の中で試験をするんですか?」
サナは思いっきり緊張しまくっている模様。
多分、今までこんな風に注目されたことなかっただろうからな。
「シュートさんもこんな感じで試験を受けたんですか?」
「いや、俺の時は観客はアザレアとギルマスしか居なかったから」
あの時はギルマスが観客なしにしてくれたんだっけ。
あ~、それを考えると、難易度を上げて、ギルマスに知られて観客なしにしてもらった方が良かったかも。
「まぁ観客なんか気にせず、バルを信じて頑張ればいいよ」
相手がどんなモンスターを使ったとしても、バルの能力なら負けはしない。
後はサナがバルを使いこなせるかどうかだ。
「はい! バル君、頑張ろうね」
コクンとバルが頷く。
「サナ! ボクには?」
「ふふっ、ルース君も手伝ってね」
「うん! 任せてよ!」
……大丈夫そうだな。
俺はサナに頑張れよと激励して観客席へと向かった。
****
う~ん。
2階に来たけど……サナと一緒にいたからか、冒険者の視線がいたい。
「ねぇシュート。ちょっと居心地悪いんだけど」
ナビ子が隠れるように俺の胸ポケットに入る。
俺も逃げ出したいけど……サナにちゃんと観てるって言っちゃったからなぁ。
あまり人がいなさそうな場所に……
「おーい! シュート、こっちこっち」
大声で俺を呼ぶ声が聞こえる。
誰だ? と、声がした方に視線を向ける。
そこには知り合いの冒険者がいた。
「ソニアさん。こんにちは」
彼女はまだ21才なのに、すでにレベル28。
今年中にベテラン冒険者になれるかもしれない、めちゃくちゃ有望な冒険者だ。
彼女はアザレアが俺の前に担当をしていた人で、俺たち以外にアザレアが変態研究者だと言うことを知っている唯一の冒険者だ。
しかも、俺の作った属性武器のお得意様でもある。
そのため、ファーレン商会や街中で出会うこともあり、挨拶や世間話をするくらいの仲にはなっていた。
「シュートはあの子と知り合いなの?」
「ええ、同郷なんですよ」
「そうなんだ。じゃあさ、あの子を紹介してくれない?」
「別に紹介は構いませんが……パーティーには入らないと思いますよ」
俺を介して勧誘するつもりだったのだろう。
俺はサナが本当は冒険者ではなく、ギルド職員を希望していることを説明した。
「あ~、そういうこと。将来有望な女の子は貴重だから欲しかったんだけど、それじゃあ無理か」
ソニアのパーティーは女性だけしかいないって聞いたことがある。
だからサナを狙っていたんだろうけど、冒険者活動をメインに行わないと分かれば、あっさりと引き下がる。
ただ、それでも出ていかず、そのまま試験を観戦するみたいだ。
しばらくすると、試験官が試験場に顔を出す。
「あっヘルハウンドだ」
試験官が連れてきたモンスターは、ブルームの山でも見かけたヘルハウンド。
もちろん俺も既にモンスター化して手持ちにいる。
――――
ヘルハウンド
レア度:☆☆☆
固有スキル:ブレス、火耐性、遠吠え
犬系の中級モンスター。
素早い動きと、鋭い牙と爪で敵を翻弄する。
口から炎のブレスを吐くため、遠距離でも油断できない。
――――
「ヘルハウンドだって!? 冒険者試験に使うレベルのモンスターじゃないだろ」
隣でソニアが驚いている。
いや、ソニアだけじゃない。
他の冒険者もヘルハウンドの登場でかなりざわついている。
「俺はテイマーの試験は初めてなんだけど、普通はどんなモンスターが相手なんです?」
「犬系モンスターなら、キラードッグ辺りが定番かな」
キラードッグは持ってないけど、ヘルハウンドのレシピにキラードッグ×火属性魔法とあったから、多分星2で、ワイルドドッグの進化系辺りじゃないかと思う。
キラードッグに各属性で星3の属性モンスターができそうだから、何処かに生息地があれば捕まえに行きたいんだけどな。
ともあれ、試験は星2辺りが定番なのかな。
「ギルド側も相手がケットシーだから、マジになっているのかも」
結局ギルマスが関わって無くても、難易度は上がってしまうのか。
しかし、こんな観客の中で、堂々と難易度を上げたら、冒険者にさせるつもりがないとか思われないのか?
だが、冒険者達から不正を訴えるような声はない。
というか、むしろ全員がこれからどうなるのかと興味津々といった感じで見届けている。
「ルールを説明します。今から私達と戦っていただくのですが、相手の降参及び戦闘不能で勝利となります。戦闘不能はモンスターだけでなく、マスターでもあるテイマー自身も含まれます。よろしいですか?」
「はっ、はい!」
サナはやや緊張した面持ちで返事をする。
テイマーはサマナーと違い、モンスターと一緒に戦う。
だからモンスターだけ倒しても駄目ってことだ。
こっちはバルが戦闘要員で、サナはサポート要員。
サナには魔の素質のスキルと回復、補助魔法は覚えさせている。
「そして、相手のモンスターを殺したら失格となります」
テイマーのモンスターは、サマナーと違い、死んだら生き返らない。
だから試験での殺しはご法度。
たとえ事故でも相手のモンスターを死なせたら、その時点でモンスターを制御しきれなかったとして失格。
それどころか、素質がないとして、今後テイマーとしての試験も受けることができなくなる。
ちなみに、試験官のほうが受験者のモンスターを殺した場合はギルドを首になるらしいので、試験官も無茶はできない。
「ちなみにこの試験は受験者がどれだけモンスターと心を通わせることができるかを見る試験。勝敗は合否には関係ありませんのでご安心ください」
仮に負けたとしても、テイマーとしての能力が発揮できていれば合格だし、勝っても内容がテイマーっぽくなければ不合格の場合もあるらしい。
……俺が試験を受けていたら、全部ラビットAが勝手にやって、合格できなかったかもしれない。
「では質問がないようでしたら早速始めましょうか」
「はっはい、よろしくおねがいします」
説明は終わりということで試験が始まる。
「バル君。頑張ってね」
サナがバルに声をかけると、バルはサナを守るように前へ出る。
「……攻めてはきませんか。では、こちらから攻めさせていただきます。いきなさい、ヘルハウンド」
試験官の命令でヘルハウンドがバルに向かって襲いかかってくる。
「バル君!」
サナの声にバルが動き出す。
そしてヘルハウンドがバルに飛びかかろうとした瞬間、『バンッ!?』とまるで巨大な風船が割れるような音が試験場に響き渡った。
「なっなに!?」
隣りにいたソニアがキョロキョロと音の出どころを探る。
他の冒険者も似たような感じだ。
「ソニアさん。よそ見をしていていいんですか?」
「え? ……あっ!?」
ソニアが視線を戻した時点で、ヘルハウンドはバルに組み伏せられていた。
バルがその状態で魔法を唱えると、ヘルハウンドは一瞬体が跳ねて、すぐに動かなかくなる。
「えっ、あのケットシー、いま何したの? もしかして殺して……」
「大丈夫、今のはショックウェイブの魔法。痺れさせて動きを止めただけです」
――――
ショックウェイブ【雷属性】レア度:☆
初級雷魔法。
掌から電撃を出して対象を一定時間痺れさせる魔法。
――――
一言で言えばスタンガンみたいな魔法だ。
星1の割には強力な魔法だが、直接手で触らないと効果を発揮できないから、近接戦が得意な人でないと、使い勝手が悪い。
必然的にエンハンサーやマジックファイターくらいしか使わない魔法になっていた。
「あのケットシー、魔法が使えるの?」
「ケットシーは元々魔の素質のスキル持ちですので、魔法は使えますよ」
ただ、アザレアによると、ケットシーは火か風の魔法が得意って聞いているから、雷属性はあまり使わないと思うけど。
「そうなんだ。ケットシーなんて見たことないから知らなかった」
多分、ここにいる殆どの冒険者はソニアと同じく、魔法が使えることを知らなかったと思う。
「ちなみにさっきの大きな音ですが、あれもケットシーが出した音なんですよ」
これは俺も詳しくは知らないが、サナに言わせれば猫だましのスキルらしい。
大きな音を出して、相手の隙をつくとか、そんな感じらしい。
俺も初めて体験したけど、知らなかったらソニアと同じように、見逃していたかもしれない。
「はぁ~。ヘルハウンドに何もさせずに勝つなんて……ケットシーって凄い」
まぁバルは特別製だけどね。
ともあれ、これでサナの勝利は決まったかな。




