第220話 長靴を履かせた猫
「サナ! お待たせ!」
「あれっ? 戻ってきましたよ」
「きゅれぇ?」
俺が戻ってくると、サナが少し驚いたように言う。
どうやら待っていた間に、庭にいたラビットAと遊んでいたようだ。
「すぐに戻るって言っただろ」
まぁすぐって言っても10分くらいは経っているのだが。
「いえ、ラビちゃんがいつもの悪い癖で、最低でも半日は戻らないと……」
なるほど、だからラビットAもあれ? って首をかしげていたのか。
「きゅぴぇ!? サナ、いっちゃめっ!」
ラビットAがチクったサナを怒る。
……俺はその事よりも、サナって普通に呼んでいることの方が気になるぞ。
「ははっ、ごめんねラビちゃん」
「きゅむぅ」
サナが謝りながらラビットAの頭を撫でると、ラビットAが怒りながらも気持ち良さそうにする。
……本当に動物の扱い方は得意そうだ。
「それでシュート君。いきなり飛び出して何してたんですか~?」
まぁ悪い癖と説明されても分からないよな。
「すまんすまん。サナの試験用のモンスターを準備していたんだ」
「えっ私の試験用ですか?」
「ああ、ちょっと呼び出してみるよ」
俺はそう言って1枚のカードを召喚する。
現れたのは二足歩行の猫。
猫獣人のように、人に猫耳とかではなく、猫メインの人型。
ラビットAやコボルトなどの猫バージョンみたいな感じだ。
――――
ケットシー
レア度:☆☆☆
固有スキル:魔の素質、猫だまし、隠密、跳躍
個別スキル:剣術、気品
猫人型の中級モンスター。
猫の貴族とも言われる。
猫系モンスターの中でも特に賢いモンスター。
滅多に人前に現れることはないが、もし見つけたら騙されないように注意するべし。
――――
「うわっうわ~……うわ~」
どうやら驚きすぎて言葉がでないようだ。
その様子から、少なくとも喜んでくれているのは間違いない。
「きゅむむ」
逆にラビットAは難しい顔をしている。
……ライバル出現とか思っているのだろうか?
「どうだ? 猫が好きだって言ったからな。ケットシーってモンスターなんだ。可愛いだろ」
コクコクと何度も頷くサナ。
でもまだこれで終わりじゃない。
俺はこのケットシーに準備していた服を着せる。
貴族服にマント、そして帽子。
武器は刺突用の細身剣――レイピア。
そして最後に長靴を履かせて完成だ。
「シュート君! もしかして……」
どうやらサナも気づいたようだ。
「ああ。長靴をはいた猫だよ」
以前、ナビ子がケットシーが長靴をはいた猫のモチーフみたいなことを話していたからな。
子供の頃に見たアニメや絵本をイメージしてこの格好にしてみた。
同じ日本人のサナならピンとくると思ったけど、ビンゴだった。
「きゅふー!」
衣装まで準備されたケットシーを完全にライバル視したラビットAがケットシーを威嚇する。
そんなラビットAを見て……ツンとすまし顔のケットシー。
……全く相手にされてないぞ。
「きゅ……サナ」
ラビットAがサナに助けを求めようとするが、サナは完全にケットシーに夢中で気づいていない。
「きゅわ~~ん!」
完全敗北したラビットAが泣きながら逃げ出した。
「あれっ? ラビちゃん、どうしたんだろ?」
全く気づいていないサナ……なんかラビットAが哀れになってきた。
「さぁ? 用事でも思い出したんじゃないのか?」
とりあえずラビットAには後でフォローすることにして、先にサナの方を終わらせよう。
「この子をサナの試験のパートナーにしたいんだけど……不満か?」
俺がそう言うとサナが慌てて首を振る。
「とんでもないです! でも……本当にいいんですか?」
「ああ、もちろんだ。何なら慣れるために試験まで一緒にいてもいいぞ」
俺はサナに言われたように、このケットシーにはサナの言うことが正しいと思うのなら指示に従えと言ってある。
だから互いの意思疎通を図るためにも、しばらく一緒に居たほうがいいと思う。
「はい! シュート君、ありがとう」
そう言ってケットシーに駆け寄るサナ。
「シュート君、この子の名前は?」
「いや、まだ考えてな」
「あっ、バスティモール君って言うんだ。じゃあバル君でいい?」
俺が言い終わる前にサナが勝手に名前をつける。
まぁいいけど……でも、なんか少しおかしくなかったか?
ケットシーも納得したように頷いている。
「サナ……今どうやって名前を付けたんだ?」
「えっ? 付けたんじゃなくて、この子が教えてくれたんですよ」
「いや、コイツは今喋ってないだろ」
というか、俺が倒したモンスターじゃないから、話すことができない。
「別に声を出さなくても、何を言ってるのかくらい分かりますよ」
……いやいや、待てと。
そりゃあずっと飼っているペットなら、何となく分かるかもしれないが。
出会ったばかりで、しかも名前が分かるのは異常だ。
「本当、スキルって便利ですよね~」
スキル? 言語翻訳?
いや、俺でさえ、そんなことできない。
「サナ、ちょっと手を出してくれ」
「えっ? はい」
サナが手を出したので、俺はその手に触る。
「あの~何しているんですか?」
嫌がるというより疑問に思って聞いたようだ。
「ああ、すまん。もう大丈夫だ」
「? はい」
何だったんだろうとハテナ顔のサナ。
俺はそんなサナから離れてスキル図鑑を開く。
「読心術……か」
数日前には天運と言語翻訳しかなかったサナのスキルに読心術が追加されていた。
もちろん俺がスキルを覚えさせたわけではない。
サナが自分で習得したんだ。
以前、アザレアから経験によってスキルは習得できると聞いたことはある。
でも、サナがやったことは、庭で俺のモンスターと数日遊んだだけ。
それだけでスキルを習得できるのか?
もし、これも天運のスキルの効果だとしたら……天運スキルって相当ヤバいスキルなのかもしれないな。
「じゃあサナ。えっと……バルだっけ? バルをよろしくな」
「はい! バル君、しばらくの間、よろしくね」
既に十分通じあっているので、サナに関しては問題ないだろう。
さて、俺は……ラビットAを迎えにいくかな。




