第219話 サナの職業
「シュート君。私、文字の読み書きができるようになったんですよ」
サナが誇らしげに言う。
「おっ意外と早かったな」
サナがこの世界に来てから、まだ数日しか経っていないぞ。
天運のスキルでレベルが上がりやすいと聞いていたけど……マジで早いのな。
しかし、文字を覚えたのなら……
「サナ、分かっていると思うけど」
「冒険者試験ですよね。ちゃんと分かってますよ。でも……試験の前にはルース君に帰ってきてもらいたいですね」
「……そうだな」
ナビ子とルースはまだ戻ってきていない。
まだ数日だし、心配はしていないんだが、試験までに間に合うか。
まぁ試験は一週間に一度だし、戻ってきてから受ければいいんだけどね。
「サナは冒険者の職業を決めたのか?」
文字が書ける前から、サナはアザレアに冒険者の勉強を受けていた。
俺の時と違い、学科の試験で不正はしないようなので、しっかりと教わっているそうだ。
「ええ。私はテイマーで試験を受けることにしました」
へぇ。予想外だったな。
「俺はエレメンタラーにすると思ってたよ」
「最初は少し悩んだんですけど、アザレアさんから色々と話を聞いていたら、テイマーの方がいい気がして」
「アザレアは何て言ってたの?」
「エレメンタラーだと試験にルース君が必要になるって。でも私、ルース君に戦わせたくないから」
「いや、だからそれは俺のモンスターを使えばいいだけで」
「ううん。エレメンタラーの試験は呼び出すところから始めないと駄目だから、私がカードから呼び出すならいいけど、最初から連れてはいるのは駄目だって」
あ~、それは盲点だったな。
確かに試験会場までの道のりは考えてなかった。
「ルース君なら旅のしおりを持ち歩いていたら私でも呼び出せるけど、ルース君を戦わせるわけにはいかないですから」
「最初からテイマーしか選択肢がなかったってことか」
「一応他にもケミストやファイターや、魔法が使えるようならヒーラーの選択肢もあったんですが……」
ファイターは何の取り柄もない人が、とりあえず選択する職業で、特別なスキルはいらない。
けど、最低限の運動神経と戦闘技術を講習で叩き込まれるため、サナには向かない。
ケミストはガロンのような錬金術師じゃない道具のスペシャリストがなるものだが、道具がしっかり扱えたり、最悪荷物持ち担当でもいいから、こっちも特別なスキルはいらないそうだ。
まぁサナがテキパキと道具を扱えるとも思えないから、これも向かない。
ヒーラーは回復要因で戦う必要もないから、魔法さえ使えればアリだと思う。
ただ、ヒーラーは人気職で勧誘とかが多いらしい。
それに、有事の際には必ず駆り出される職でもあるから面倒な部分も多い。
こう考えるとどれも微妙か。
「それに私、動物が好きなんですよ~。日本にいた頃はペットショップでアルバイトをしたこともあったんです」
まぁクビになったんですけどね。と続けて自虐気味に笑う。
ペットの世話は得意だったが、料金ミスや発注ミスなど、それ以外のところで失敗が多くてクビになったようだ。
本人はトロいって言ってたけど、どちらかと言うとドジって感じだな。
動物好きってのは、この数日で分かっていた。
サナは暇があると庭にいる俺のモンスターと楽しそうに戯れていた。
モンスター達も嫌がらなかったから、世話が得意ってのも本当なのだろう。
「言っておくが、俺のモンスターが特別なだけだぞ」
だけど、全てのモンスターが穏やかだと思われたら大間違だ。
同じ調子で野生のモンスターに接触したら大変なことになる。
「そんなことくらい私にも分かっていますよ~」
サナがむぅと頬を膨らませる。
まぁ分かってるならいい。
「私がテイマーを選んだのはもう一つ理由があるんですよ。アザレアさんに聞いたんですけど、テイマーって、冒険者の仕事だけじゃなく、飼育員としての仕事もあるそうなんです」
冒険者支援ギルドには、冒険者試験や運搬、偵察など様々な用途に対応できるように、モンスターを飼っている。
基本的には冒険者を引退した元テイマーとその従魔ってことだが、人手不足の時などはテイマーに世話を頼むこともあるそうだ。
「それに、多少テイマーとしての実績が必要になりますけど、がんばり次第ではそのままギルド職員として採用も可能なんだそうです」
へぇ。
ちゃんと将来のことも踏まえて考えているんだ。
本当はファーレン商会で世話してもらおうと思っていたけど、本人にやる気があるならテイマーからのギルド職員でもいいかもしれない。
「それで、テイマーの試験なんですけど、モンスターは別に自分のじゃなくてもいいそうなんです」
「あっ、そうなんだ」
「ええ。むしろ飼育系のテイマーを目指すなら、他人のモンスターをうまくコントロールできる方がテイマーとしてはポイントが高いらしいです」
なるほど。
自分のモンスターだと言うことを聞かせるのは当たり前。
戦い専門のテイマーならそれでいいだろうけど、将来飼育系の方に進むのなら、他人のモンスターを使いこなした方がポイントが高いのか。
「なら、気にせずにモンスターを貸せるってことか」
「それなんですけど~、借りるモンスターに、シュートさんは指示を出さないでほしいんです」
ん?
「一応、私がちゃんとモンスターを扱えるか試すのですから、シュートさんが私のいうことを聞けって言ったら、意味がないと思うんですよ~」
ああ、そういうことか。
「要するに俺がサナの言うことを聞けって命令しなければいいんだな」
「ええ。あっ、でも私のいうことを聞くなって言っちゃ駄目です」
「もちろん分かっているよ」
そんなことをすれば、試験の時に一切命令を聞かなくなっちゃうからな。
「要するに、サナの命令が正しいと思えばいうことを聞けってことだよな」
「そういうことです」
サナが満足そうに頷く。
別に試験くらい適当でもいいと思うんだけどなぁ。
まぁ真面目なのは悪いことじゃないし、仮に落ちても何度受けてもいいしな。
しかし……何を貸せばいいんだ?
一応星3のモンスターにするつもりだが……昆虫系よりは、動物系の方がいいよな。
それとも人型?
ドラゴニュートなら……いや、サナには似合わない。
セイレー……いやいや、魔族は駄目だろう。
よし、こうなったらサナの試験用に新しいモンスターを合成するか。
この数日の間に、前回の戦利品カードは全て分解済み。
ナビ子が戻ってきてから合成……って思ったけど、1体くらいはいいだろう。
「サナはどんな動物が好き?」
「えっ? いきなりなんですか?」
あっ、流石に唐突すぎたか。
「いや、試験用に貸し出すモンスターを何にしようかなって。どうせなら好きな動物がいいだろ?」
「あ~そういうことですか。そうですね~動物なら何でも好きですけど、実家では猫を飼ってましたし、猫が一番好きかも」
猫か。
ちょうど猫系のモンスターは大量に手に入った。
別にそのままでもいいだろうけど、せっかくだから合成したい。
好戦的な猫よりも、可愛い感じの猫の方がいいよな。
あっ、でもゴブリンを合成して……うん、いけそうだ。
「サナ。すまん、ちょっと急用。すぐ戻る」
「えっ? あっはい、いってらっしゃい」
突然のことにキョトンとするサナを尻目に、俺は今思いついた考えを実行すべく、自室へと戻った。




