第209話 少女と対話
『じゃあ早速だけど、サナにやってもらいたいことがあるんだ!』
この世界に残ることを選んだ彼女はサナと言うらしい。
俺と同じように、ゲーム名だろうが。
というか、この電子妖精は彼女に何をさせる気なんだ?
俺の時は……カード化のスキルの説明を受けて、実践したよな。
でもサナはまだ何の説明も受けてない。
それに初心者だし……何だろう?
『え~と、私は何をすればいいのかな?』
サナは不安そうに尋ねる。
そりゃあ、いきなりやってもらいたいことがあると言われたらねぇ。
『あのねっ! ボクに名前を付けて欲しいんだ!』
……期待して損した。
『名前……貴方の名前を私が決めるの?』
『そうだよ! ボク達電子妖精の名前を付けることがプレーヤーの初仕事なんだよ!』
……初耳だな。
「ふふん。アタイやサテラが戻ったときに名前を自慢しまくったかんね。こっちに来たら名前がもらえると、みんな楽しみにしてんのさ」
要するにコイツが元凶……いや、俺が元凶なのか。
『でも名前なんて急に言われても……』
まぁ戸惑うよな。
でも電子妖精の期待に満ちた目を見て、真剣に考え始める。
どうやら真面目な子のようだ。
『え~っと、ルース。ルース君ってどうかな?』
『ルース!? 分かったよ。ボクは今からルースだね!』
わーいと喜ぶ電子妖精――ルース。
思った以上に真面目な名前だ。
というか、サテラもそうだけど……あれっ!?
もしかして、ナビ子って安易すぎないか?
ヤバい。これって俺のセンスが疑われるやつじゃね?
「なぁナビ子。お前って自分の名前ってどう思う?」
「もちろんサイコーだよ! だってシュートが考えてくれたんだもん」
……なんか心苦しい。
「でもさ。もっとかわいい名前が良かったとか、そういうのはない?」
「えっ? 全然ないけど?」
全く考えたこともないという感じのナビ子。
……まぁ本人がいいんならいいけどね。
モニターの方はルースがこの世界について説明を始めていた。
『――じゃあ私にもスキルがあるの?』
『そうさ! サナのスキルはね。言語翻訳と天運だよ!』
……天運。
「なぁナビ子。天運ってどんなスキルなんだ?」
抽選で選ばれたんだし、運って言うくらいだから、幸運の上位互換って感じなイメージだけど……今までから考えても、それだけじゃないよな。
「ちゃんとルースが説明するから黙って聞いてるの!」
ナビ子に窘められたので、大人しく説明を待つことにする。
『天運のスキルは運が良くなるスキルなのさ!』
……えっ!? それだけ?
『あの~ルース君。この世界って、モンスターとかいるんだよね?』
『うん、いるよ』
『私、運動とか苦手なんだけど、この世界で生きていくのに、運が良くなるだけで、どうにかなるのかな~?』
『うん。どうにもならないね!』
……おいおい。
『えええ~!? じゃあ私はどうすればいいの?』
『大丈夫だよ。他の人は一人ぼっちでスタートするんだけど、サナは運がいいからね。なんと助っ人がいるんだ』
『助っ人?』
『うん。サナと同じプレーヤーで、もう何ヶ月も前からこの世界で暮らしているんだ。彼にこの世界で養ってもらおうよ』
『なぁんだ。じゃあ安心だね』
サナはホッと安堵する。
……それって俺のことだよな。
「ナビ子。アイツら追い出してもいいか?」
「駄目だよ! せめて彼女だけでも生きていけられるようにするまではね」
……どんな罰ゲームだよ。
もしかして、これが前回運営のルールに逆らった罰なのか?
まぁ嘆いても仕方がない。
一旦彼女に会ってちゃんと話をすることにした。
****
「え、え~と。初めまして。鳴海紗奈っていいます」
サナがやや緊張しながら挨拶をする。
鳴海紗奈……本名とゲーム名が同じなんだ。
「初めまして。俺の名前は石動拓真。ただ、こっちの世界ではシュートって名乗ってるから、シュートって呼んでくれ」
本名を名乗るなんて久しぶりすぎて、自分でもちょっと新鮮な気持ちになる。
「アンタのことはサナって呼んでもいいか?」
これで呼び捨てにすんじゃねーよとか言われたらどうしよう。
「分かりました。私は……じゃあ、シュート君って呼びますね」
……くん。
「駄目ですか?」
「いや、駄目じゃないけど……くん付けなんて久しぶりすぎて、ちょっと驚いただけだ」
まさかアラサーにもなって今更くん付けされるとは……って今は16才だから仕方ないか。
「でも~シュートくんって私よりも年下ですよね?」
「……それは今の年齢か? それとも元の年齢か?」
グローリークエストのキャラマイクは性別や種族は変えれても、年齢は一律共通だったはずだ。
だから、今の年齢は同い年。
元の年齢は……さすがに年上じゃないだろう。
「あっそうでした。どう見ても高校生くらいにしか見えませんでしたから……今の見た目と本当の年齢は違うんでしたね」
「一応、俺の元の年齢は20後半だったんだけど……」
女性に年齢を聞くのはNGだよな。
「あっ、じゃあシュートさんって呼んだ方がいいですよね」
どうやら予想通り年下だったようだ。
「いや、別に今は同い年だし、元の年齢は気にしなくていいよ。サナが呼びやすいように呼んでくれ」
考えてみたら皆さん付けしてるけど、そもそも俺みたい見た目にさん付けがおかしいんだもんな。
「分かりました、ではシュート君で」
お互い自己紹介も済んだので本題に入る。
「どうやら俺はサナのサポートをするようになったみたいなんだけど……」
「は、はい。よろしくお願いします」
「ただ、俺にも自分の生活もあるし、いつまでも面倒はみれない。だからサナがこの世界に慣れるまで……とりあえず1ヶ月だけ面倒を見るってことでどうだ?」
「……それって、1ヶ月でこの世界で1人で生活できるようになれということでしょうか?」
「1ヶ月あれば十分だろ」
「私……運しか取り柄がないみたいなんですけど、大丈夫でしょうか?」
「うん、生きていくだけなら、ぜんぜん大丈夫だと思うよ」
別にモンスターと戦えってわけじゃない。
この街で普通に生活する分には、運がいいだけでも十分に生活できるはずだ。
「分かりました。それでいいので、1ヶ月の間、よろしくお願いします」
これでサナとの契約は成立した。
あとはアザレア達の説得だな。
言い訳……どうしよう?




