第207話 少女の観察
新しくやって来たプレーヤー。
どういうことかナビ子に色々問いただしたかったが、ナビ子はすぐに分かるからと教えてくれなかった。
そして現在、俺はリビングで部屋の様子を見ていた。
「へへん。どう? バッチリ映ってるでしょ」
ナビ子が自慢気に胸を張る。
今回ナビ子はお土産のひとつとして、隠しカメラと受信用タブレットを持ち帰っていた。
まさかの現代機器である。
どうやら前回のグリムに食べられそうになったこと。
実際は食べられることはなかったが、どうもあれがかなりのトラウマになってしまったらしい。
映像機器が欲しい!! と、運営に直談判をして、見事にもぎ取ったらしい。
俺としても、カメラとかあった方が何かと都合がいいし、助かるっちゃあ助かる。
ただし持ち帰りはひとつだけ。
しかも、タブレットも別途用意したカメラの映像を映す機能だけ。
もちろんネットには繋がらないし、他のアプリは何も入っていない。
せめて辞書とか参考書類だけでも入っていれば大分違ったのに。
まぁ無い物ねだりをしても仕方ない。
それに、運営の意図としては、これを見本にして、魔法やスキルでどうにかしろってことらしい。
……できなくはないのかな?
とりあえず今は俺の部屋がバッチリ映っている。
彼女は……まだ寝ているようだ。
「ナビ子。後でちゃんと外しておけよ」
自室に隠しカメラが設置されてるとなったら、気になって仕方がない。
もちろん見られてマズいことはなにもないけどね!!
「心配しなくても、ちゃんとカードにしてるから、返還で回収できるよ」
ナビ子がブランクカードを見せる。
まぁそれならいいか。
「それで……なんで隠しカメラでのぞき見なんだ? 趣味悪いぞ」
でも……なんかドキドキする。
「あのね。本当はプレーヤー同士が最初に接触しちゃ駄目なんだよ」
おいおい待てと。
「じゃあ何で俺と一緒のベッドで寝てたんだよ」
「それはシュートの驚く顔が見たかったからだけど」
コイツ……マジで調子に乗ってるな。
「でもでも、あの時はまだ馴染んでなかったから、シュートがたたき起こそうとしても、起きない状態だったの」
「どういうことだ?」
「ほら、シュートだって、その体は本来の体じゃないでしょ。あの子も同じ。グローリークエストのキャラメイクで作った体なの。だから、馴染むまで少し時間がかかるの」
「それって後どれくらいかかるんだ?」
「もう終わったから、アタイが降りてきたんだよ。だからいつ起きてもおかしくないよ」
なるほど。それこそ今すぐにでも起きるかもしれないというわけか。
だからナビ子は慌てて準備したんだな。
「それで、なんで接触しちゃ駄目なんだ?」
「だって、最初はあの子のナビゲーターと接触しないと。シュートだってアタイからいろいろ説明聞いたでしょ」
なるほど。
「それに、帰るかどうかの選択肢の前に、誰かに出会ったら、帰る選択肢がなくなっちゃうの」
こっちの情報を何も仕入れない状況だったら、帰る選択肢がある。
俺は帰らなかったけど、あの子はどうするだろうか?
「それで、なんで俺のところに来てるんだ? プレーヤーは別々の場所に飛ばされるんだろ?」
「それはあの子の……あっ、起きたよ」
俺は思わずモニターを確認する。
確かに彼女の目が開いている。
俺は追求を止め、しばらく彼女を観察することにした。
モニター越しの彼女は起き抜けで、まだ気づいていないようだ。
そのまま上半身だけ起きて……そこで何かに気づいたように、目を見開いてキョロキョロと辺りを見渡す。
そして……布団を被って亀のように丸まった。
起きたら全く知らない場所だった。
きっと頭の中は今頃大混乱だろうな。
俺も経験したから気持ちはよくわかる。
「確かシュートもあんなんだったよね」
お前はその時はまだしおりの中だったろうに。
もしかしてしおりの中からでも見えてたのか?
……気配察知のスキルで把握できていたのかもな。
「……俺は布団を被ってない」
まぁ挙動不審だったのは認めるけどさ。
しばらくして彼女が顔だけ飛び出る。
本当に亀みたいだ。
そしてもう一度辺りを見渡して一言呟く。
『ここ……どこぉ?』
もちろん答える人はどこにもいない。
彼女はすでに涙目である。
……なんかちょっと可哀想だ。
あの部屋には異世界らしきものは何もない。
だから、彼女はまだ日本と思っているはず。
おそらく自分が誘拐されたとでも思っているんじゃないだろうか。
「おい、彼女のナビゲーターはどうした?」
早く出てきてあげろよ。
「最初は旅のしおりの中に決まってるでしょ。ほら、ちゃんと分かりやすい位置に置いてるから」
ベッドから少し離れた床に、1冊の本が無造作に置かれている。
俺が部屋を出るときにはなかったものだ。
さっきの物音は、これを置いた音だったんだな。
今にも泣きそうな彼女を見ているのは忍びない。
早く見つけてくれないかなぁ。
しばらく待ったが、彼女は布団から出る気はなさそう。
というか、あの布団、俺のだから……匂いとか大丈夫かな?
臭いとか思われていたら、立ち直れないぞ。
彼女は亀状態のまま、もう一度辺りを見回す。
……あっ、旅のしおりを見つけたようだ。
布団から手を伸ばして、必死にしおりを取ろうとする。
いや、絶対にその場所からは届かないぞ。
……うん、どうやらそのまま取ろうとするのは諦めたようだ。
彼女は一旦しおりから目を離して、辺りを見回す。
「他にも何か探してるのかな?」
「あれは多分……長い棒を探しているんだ」
「はえ? 長い棒? なんで?」
「だって手を伸ばしても届かないんだから、届くように長いものが必要だろ?」
こたつに入った状態で、手の届かない物を取る気分と一緒だろう。
ものすごく気持ちが分かる。
「別に手を伸ばさなくても、取りに行けばいいじゃん」
「ナビ子は分かってないなぁ。取りに行ったら、布団から出なくちゃいけないじゃないか。今の彼女はあの布団だけが心の拠り所なんだ」
実際はあんな布団、何の役にもたたないけれど、身を隠せるだけで安心するんだろうな。
「あっ、彼女が動き出したよ」
その場から取るのは諦めたようで、ちゃんと取りに行くようだ。
ベッドから足を出し……すぐに引っ込める。
そしておもむろに布団を捲って全身を確かめる。
『えええ~。何で着替えてるの~?』
それだけ言って、また布団に籠る。
どうやらようやく服が違うことに気づいたようだ。
でも、まだ体が変わったことには気づいていない。
体型はあまり変わらないのかな?
「なんか……驚いているわりには、のんびりしてる感じだね」
「そうだな」
どうやら彼女はおっとりとした性格のようだ。
今度はさっきよりも長い時間、布団から出てこない。
「今度は顔も出さないね」
「おそらく下着とか、体に変化はないか、色々と確認してるんだろ」
寝ている間に着替えてるってことは、何か悪戯されたかもと考えてもおかしくない。
そして、体が違うことに気づいたら……
「あっ、また顔を出したけど……何だか顔色が悪いよ」
「おそらく体が違うことに気づいたんだろ。見てろ、今からあの窓に向かうからな」
俺の経験から考えて、次にやることは鏡で全身を確認すること。
だけど、あの部屋に鏡はないから、必然的に顔を確認しようとしたら、ドアの外に出るか、窓しかない。
ドアの外には誘拐犯がいるかもしれない。
そう考えると、外には出れない。
必然的に窓しかないってわけだ。
しばらくの間、彼女は悩んでいたが、やがて覚悟を決めたように、ベッドから降り、布団フードのように目深に被って窓へと向かう。
さっきまで取ろうとしていた旅のしおりには目もくれない。
「すごいねシュート。大当たりだよ」
こんなことでスゴいと言われてもなぁ。
彼女は窓の前で、意を決して布団を脱ぎ捨てる。
「ええええっ!? これ誰えええ!?」
少女の絶叫が、モニター越しだけでなく、2階からも聞こえてきた。
「なぁナビ子。今度日本に戻ったらさ、もっと別の方法で連れてくるように言わないか?」
「……そうだね。今度帰ったら言っとくよ」
見ていてあまりにも痛ましい。
というか、俺もそうだったかと思うと本当に恥ずかくなった。




