第206話 少女の正体
リビングに来た俺は早速朝食の準備をする。
アザレアとアズリアの2人はまだ来ていないが、まもなくやってくるだろう。
え~っと、2人にはできるだけ早く食べ終わって出勤してもらわなければならない。
すぐに食べ終わるもの……シリアル食品じゃ手抜きと思われる。
よし、サンドイッチにしよう。
定番の玉子サンドと、カツサンドは……朝からは少しキツいか。
いや、ガロンがいるから問題ないだろう。
それと、個人的に好きなローストビーフとレタスのサンド。
それをわさびソースで食べると最高だ。
どれもレシピはあるから、合成でパパっと作った。
よし、後はコーヒーと紅茶を用意すれば完成だ。
俺がテーブルに人数分並べていると、2人がやってくる。
「シュートさん。おはようございます」
「……おはようございます」
アズリアは元気に、アザレアは少し不機嫌そうにしている。
う~ん。一晩経ってもまだ昨晩のことを根に持っているようだ。
こんな状態で、あの少女が見つかったら……うん、絶対に見つかってはならない。
「2人ともおはよう。ちょうど準備が終わったところだ。早く食べよう」
俺はできるだけ普段どおりに接する。
「はい。ほら、姉さんもいつまでも拗ねずに食べましょう」
「わっ、わたくしは別に拗ねてなどおりません。ただですね、やはり2人だけで夜遅くまでデートというのは……」
「はいはい。昨日さんざん聞かされました。シュートさん、今度は姉さんともデートしてあげてください」
「んなっ!? わたくしは別に……」
俺は2人を止めるため、手を叩く。
これ以上うるさくしたら、あの子が起きるだろうが。
「はいはい。そのくらいで終わり。デートくらいいくらでもしてやるから、早く食べよう。じゃないと遅刻するぞ」
今は変な言い争いをしている場合じゃないんだ。
「……わたくしに対しては、随分と投げやりではありませんか?」
「そんなことないって。どこか行きたい場所があるなら、考えとけよ。それより早く食べろ。じゃないとガロンに全部食われるぞ」
ガロンは我関せずと、既に人の皿の分を平らげ、中央の余分にまで手を付けていた。
コイツ……俺を助ける気はあるのか?
「別に儂は他人の皿まで取りゃせんわ」
確かに他人の皿に乗ってる分は取らないかもしれないが、おかわりは無くなってしまいそうだ。
おかわりをするかは不明だが、無くなるのは困ると2人も急いで席に座る。
「「いただきます」」
食べ始めた2人に紅茶を渡す。
これで準備は終わったので、俺も座って食べ始めた。
「のぅアズリア嬢よ。今日の下見はいつ頃出掛けるんじゃ?」
おおっ、早速ガロンがアズリアに今日のスケジュールを確認する。
この調子で早めに出発しようと言うんだ!
「そうですね。朝の開店を見届けてからでよろしいでしょうか?」
「うむ。儂は異論ない」
「シュートさんはどうですか?」
「う~ん。俺は昼くらいに合流でいいかな? 出掛ける前に食材の在庫確認をしたいんだ」
後から合流ってことにすれば、一緒に出勤しましょうとは言われないだろう。
「わたくしも昼過ぎでしたら参加できると思います」
あれっアザレアも行くのか。
昨日までは行く気がないような感じだったのに……昨日のことで、仲間外れがイヤなのかな?
「分かりました。姉さんも一緒に行きましょう。では、お昼に一旦戻ってきますね」
よし、後は2人が出勤して、昼までにあの子をここから追い出せば……。
ガタッ。
と、そこで2階の俺の部屋から物音が聞こえた。
ヤバい!? 起きたのか!?
「今……何か物音がしませんでしたか?」
「ええ。2階から聞こえたような……でも、ここに全員いますよね」
ヤバい。今の音は2人にも聞こえたようだ。
「……誰もいないんだ。気のせいだろ」
俺は精一杯平静を装って言う。
「姉さん。なんだか怪しくありません?」
「ええ。何か隠しているようです」
案の定すぐにバレる。
「そんなことないって。なぁガロン」
「しっ知らん。わしゃ何も知らん」
くそっ。
ガロンのやつ。余計に怪しく見えるじゃないか!
そして、追い打ちをかけるように、2階から扉が開いて閉じる音がした。
もしかして降りてくるの!?
「……確実に誰かいますね」
「姉さん。行ってみましょうか」
2人は俺の許可無く先に進もうとする。
もう止めても無駄だ。
……俺、死んだかな。
そう思っていたのだが、2階から降りてきたのは……
「シュートー!! みんなー!! ただいまー!!」
元気な声とともに現れたのは、まさかまさかのナビ子だった。
そういえば、今日帰ってくる予定だったっけ。
「えっ、ああ。今の物音はナビ子さんでしたか」
アザレアが肩透かしにあったように言う。
「音? もしかして扉を開けた音かな。だったらアタイだよ。それがどうかした?」
「いえ、誰もいないはずなのに、音がしたから何事かと思いまして」
「ええ。シュートさんのことですから、ナビ子さんが不在中に女性を連れ込む可能性がありますからね」
今まさにその状況だったとはいえない。
「2人とも、俺に失礼だとは思わないか?」
それどころか反論する。我ながら……いけしゃあしゃあとは、まさにこのことだな。
「そんなことはありません。シュートさんが怪しいのが悪いんです」
「ええ。挙動不審でした」
こんな時にも息ピッタリと。
「いや、挙動不審だったのはガロンだけだろ。俺はただ気のせいだと思っただけだ。それより……容疑が晴れたんなら、さっさと出勤したらどうだ?」
「「あっそうでした」」
2人は慌ただしく準備を始める。
「アザレアとアズリアにもお土産があるからね。お仕事頑張ってきたら渡すから、楽しみにしててよ」
「「はい!!」」
2人は元気よく答えて出て行った。
以前のお土産のシャンプーや石けんは大好評だったからなぁ。
今回も期待しているんだろ。
「では、儂も行くかの」
全く役に立たなかったガロンも出かけた。
本気で役に立たないよなアイツ。
「シュート……貸し一ね」
全て分かってるという風にナビ子は言う。
俺はそんなナビ子の首をキュッと絞める。
「んきゅっ!? ゲホゲホっ!! なにすんのさ!」
「何するじゃない!! 全部お前が仕組んだんだろうが!!」
「……えへっ。分かる?」
「当たり前だ!!」
もしナビ子が俺の部屋から出てきたのなら、寝ている少女のことにも気づいたはず。
なら、あの少女のことを知っていて、黙っているのはおかしい。
間違いなくアザレア達と一緒に俺を糾弾するはず。
そもそも、ナビ子が不在の間、本体である旅のしおりは、俺が手元に持っている。
だから、このタイミングでナビ子が戻ってきたのであれば、俺の部屋から戻ってくるのはおかしい。
つまり、俺が起きる前から戻ってきていて、実体化していたってことだ。
だとすれば、隠れて俺が慌てていたのを見ていたはず。
「お前……俺がどんなに慌てたか本当に分かってるのか」
俺がそう言うと、ナビ子はニヤニヤと笑う。
「いやぁ、面白いものを見せてもらったよ」
「お前……またキュッと絞めるぞ」
俺がそう言うとナビ子は慌てて首をガードする。
「ちょっと! あれ、苦しいんだかんね!」
「どうせ電子妖精なんだから、息なんてしないだろ」
「あ~それ、電子妖精差別だよ。確かに息はしないけど、気分の問題だよ! 大体ね。慌てるのは疚しいことがあるからだよ。心当たりがあったんでしょ」
「……別に何もないよ」
「あっ、目をそらした。ほーら、やっぱり心当たりがあったんだ。ほら、ちゃんとアタイに話してみ」
コイツ……やっぱりキュッてしてやろうか。
それにしても、ナビ子のやつ。いつにも増してテンション高いな。
「もしかして、うまくいったのか?」
「あっ、話そらしたね。でも……へへん。聞いちゃう?」
うぜぇ。はてしなくうぜぇ。
ただ、この雰囲気は駄目だったって感じではない。
よかったと安堵する。
「まぁ色々と聞きたいけど……とりあえず、あの子は誰だ?」
「えっとね……あの子は新しいプレーヤーだよ」




