第201話 グリムのカード
ケフィアへ報告を終えた次の日。
俺達はブルームの街を後にする。
「本当にソニックイーグルは必要ないのかい?」
依頼以上の成果を果たしたので、サービスで送ってくれると言ったのだが、俺はそれを断った。
「ええ。思ったよりも早く終わったので、ゆっくり帰りますよ」
まだナビ子が日本に戻るまで10日ある。
それまでにライラネートにたどり着けばいいから、地上からゆっくりと帰る予定だ。
まぁ馬車道を進んでいくので、モンスターに遭遇することはないだろうけど。
途中の街で特産品とか買えたらいいなとは思う。
「今回は本当に助かったよ。流石あの男が推薦しただけのことはあるね」
ケフィアは昨日と違って穏やかだ。
昨日は謀るとか言われたけど、あれ現実逃避していただけで、信じていなかったわけではなかった。
おかげで昨日はほぼ徹夜で追求された。
本当ならブルームの街をブラブラしてみたかったけど、ケフィアが離してくれなそうなので、さっさと旅立つことにした。
「あの男にはアタシから依頼完了の連絡をいれとくよ。帰ったらあの男からも報酬をたんまり受け取りな!」
ケフィアからも依頼の報酬と魔水晶の代金を貰っている。
その報酬額はまさかの白金貨3枚。
普通のギルドの依頼って言ったら、高くても金貨3枚とかそんな感じ。
それが100倍なんて……まぁその内の大半は魔水晶の代金だが。
それでもこんなに貰えるとは思っていなかった。
加えてライラネートでも報酬が貰えると。
更に毎月のミランダばあさんやファーレン商会からもお金もある。
うん、お金に随分余裕ができたし、ライラネートに戻ったら、念願の商店街買い占め計画をやろうかな。
「最後にひとつだけ忠告させてもらうよ」
そう言ってケフィアが俺にだけ聞こえるように耳打ちする。
「アンタはスキルに頼りすぎているね。いいかい。スキルを過信し過ぎちゃいけないよ。じゃないと、足元を掬われるよ」
それだけ言ってケフィアは離れる。
「今のはいったい……」
「さてね。自分で考えな」
どうやら教えてくれるつもりはないようだ。
スキルを過信しすぎるな……か。
確かにスキルには頼りっぱなしだけど……何で俺以外に聞こえないように言ったんだ?
何か理由があるのか? そういえば、ケフィアはナビ子を怪しんでいたからそのせいかな。
……一応、念頭に置いておこう。
「また困ったことがあったらお願いするよ」
この人なら本当にまた依頼してきそうだ。
……まぁ別にいいけどね。
****
ブルームの街を出発してから3日後。
俺とガロンはユニコーン馬車に揺られていた。
「はぁ。狭い馬車でむさいオッサンと一緒の空間ってのは、思っていた以上にキツいな」
今まではどんなに狭くても六畳一間の個室。
ダンジョン内では薄暗くても開けた空間だったので、それほど気にすることもなかった。
それが馬車だと二畳程度。
暑苦しいわ酒臭いわイビキはうるさいわと、3日でギブアップしてしまいそうだった。
「……お主。そういうことは考えておったとしても、本人に聞こえないようにするもんじゃぞ」
ガロンが呆れたように言う。
ただ自覚があるのか否定はしない。
まぁこんな風に気軽に言えるようになったのはいいことだと思う。
「しかし、今日は儂だけでなくグリムもいるんじゃから、もっと大変じゃぞ」
「そうなんだよなぁ」
ソニックイーグルを断ったもう一つの理由。
それは、グリムの召喚を確かめるからだ。
一応グリムをカードに出来た時に何回か解放と返還の確認をして、人型状態で召喚できることは確認している。
が、ダンジョン内はグリムの魔力が充満している言わばホーム。
全く関係ない土地で召喚しても果たして人型状態で召喚できるのか。
それを確かめずにライラネートで召喚してドラゴン状態になったら……大変なことになる。
だからブルームの街からも離れて、誰もいない場所で呼び出してみる。
ここなら迷惑はかからない。
そして、一晩ほど様子を見てから、ちゃんとダンジョンに戻れるか。
それを今から確かめる。
生きた状態のままカードになったグリム。
ナビ子の説明によると、魔石からモンスターカードになるのとはかなり違うらしい。
まず、生きたままの状態だと、俺に完全服従ではなくなるらしい。
ちゃんと自分の意志を持ち、反論もできるらしい。
まぁそれは別に個性だから、俺としてはそっちの方が良い。
それから、解放する際に、俺の考えを伝えて召喚することが出来ない。
これは地味に困る。
召喚時に一々状況を説明する必要があるからな。
もっと厄介なのは解放や返還を拒否できる。
普段はブルーム山のダンジョンにいるから、向こうが忙しい場合、俺が返還を使用しても、戻ってこない場合もあるそうだ。
もし緊急でグリムを召喚する場合は、ピンチの状態だろうから、その時点で呼び出しに答えてくれなかったら、困ったことになりそうだ。
あと、俺に向けて何か伝えたい場合、カードが震えて点滅する。
これはカードの中でも、ブランクカード状態でも同じだ。
この効果は図鑑に入っていると気づきにくいので、ラビットAなどと同じように、普段はすぐ取り出せるようカードホルダーに入れてある。
意思表示が出来るのは助かるけど……内容を聞くには召喚しないといけないのがネックだな。
大したことがなかったら、帰るのが面倒になる。
そして一番大きなところは、死んでも復活しないこと。
怪我をしたらカードの中で治すことはできるが、死んだらカードに戻るんじゃなく、そのまま死体になる。
もちろん死体を分解して魔石からもう一度モンスターカードにできるが。
ただそれは別人と言っていいと思う。
俺はブランクカードを取り出す。
空っぽだから、モノクロのグリムが表示されている。
まずはこのカードにグリムを戻さなくては。
俺が返還を使うと……普段なら一瞬でカードに戻るのに、今回は30秒くらい掛かった。
やはりこのタイムラグは、いざというときが怖いな。
グリムが戻ってカラーになったカードは……光っていた。
これが生きているままカードになっていることの証明になるらしいのだが、ガチャでよくある、プレミアカードを彷彿させる。
ちなみにグリムはやはり星5だった。
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クリムゾンドラゴン
レア度:☆☆☆☆☆
固有スキル:竜王、竜の息吹、人化、火の極意、炎術
個別スキル:蘇生、魔力変質、魔力共鳴、半人化
ドラゴン系最上級モンスター。
火属性のドラゴンの頂点。
千年以上生きた一部のレッドドラゴンが進化すると言われている。
――――
個別スキルの侵蝕が消えて、代わりに蘇生と魔力変質と魔力共鳴、それに半人化が加わっていた。
個別スキルをこんなに一気に習得するとは……蘇生ってどんなスキルなんだろうな。
「さて……呼び出すぞ。解放」
30秒くらいして現れたのは、人型のグリム。
グリムが言うには、ドラゴン状態ならもっと早く出てこれるそうだが、ドラゴン状態で召喚するのは……ねぇ。
でも、一瞬で呼び出せるラビットAと比べると、この時間はやっぱり気になる。
使い方を誤らないようにしないと。
「うおっ!?」
呼び出されたグリムは眩しかったのか、慌てて腕で太陽の光を隠す。
そっか、ずっとダンジョン内にいたからな。
あの場から何百年も動いてないって言ってたし……ってことは、太陽の光もそれ以来ってことか。
そりゃあ眩しいよな。
「久しぶりの外はどうだ?」
俺はグリムに尋ねる。
「……ふむ。陽の光なぞ久しく浴びてなかったが、なかなかの心地よさだ。それに風と草木の匂い。翼があるのなら、本来の姿で思いっきり飛んでみたいところだな」
「それは翼があっても我慢してくれ」
この辺りに人はいなくても絶対に大騒ぎになる。
というか……グリムが召喚されてから、少し離れた場所にある森から鳥が一斉に飛び立って行ったんだけど。
うん、存在感と魔力を隠すスキルを覚えないと街では召喚できないかな。
「しかし思いっきり身体を動かしたいところではある。……よし、シュート、ガロン。あの森へ行こうぞ!」
「えっちょっ!?」
止める間もなく先に行くグリム。
久しぶりの外だからテンションが上がるのは分かるが……あーくそっ! 勝手に動き回ったら、大変なことになるっての!!
実は返還を拒否できるのが一番駄目な感じじゃね?




