第196話 電子魔族
目の前の魔族はナビ子と同じナビゲーターと言った。
「電子魔族……だと? ナビゲーターは全員電子妖精じゃなかったのか」
「君があの子からどう聞いているか知らないけど、ナビゲーターは姿は違うけど、全員が電子妖精なのは間違いないよ。アタシは改造によって魔族になっただけ」
改造で魔族?
元は電子妖精だったってことか。
「アタシのことはどうでもいいさ。それよりも、これはどういうことなの?」
詳しい話が聞きたいところだが、それはさせてくれないらしい。
「魔吸虫が死んだから様子を見にきたんだけど、ドラゴンは生きてるし……反応がないから、ゴーレムも全部倒されちゃってるよね?」
どうやらゴーレムが倒されたことには今気づいたみたいだ。
……一応、全部倒したのか。
「まぁプレーヤーの君ならゴーレムくらい簡単に倒せるだろうけど……それ、ルール違反じゃないの?」
「ルール? 何のことだ?」
突然出てきた言葉に俺は思わず聞き返す。
俺が本当に知らない様子だからか、電子魔族は少し驚いた表情を浮かべる。
「あれっ? あの子から聞いてないの? ……というかあの子は? もしかして捨てちゃった?」
「捨てるわけ無いだろ……ここにはいないだけだ」
もしここにナビ子がいたら……どうなっていたんだろうか?
「そうなんだ。あの子、基本脳天気だから、捨てられてもおかしくないかと」
同じナビゲーターに能天気と言われるって……大概だぞ。
「でも、ここに居ないとしても、自分のプレーヤーにルールも教えてないんだから、脳天気なのは変わらないみたいだね」
「だからそのルールってのは何なんだ!」
「えっとね。プレーヤーは他のプレーヤーの邪魔しないってことだよ」
他のプレーヤーの邪魔をしない。
「つまり……」
「君はアタシがここでやっていることを邪魔しちゃ駄目だったんだよ。まったく……どうしてくれるんだよ」
そっか。
だからナビ子は改造って図鑑説明文を読んでから消極的になったのか。
「どうするって、だからルールなんて知らないって言ってるだろ。そもそも、お前らこそこんなとこで何やってるんだ。ここはお前らが召喚された国じゃないだろ」
「アタシはね。ご主人が強い魔力を秘めた素材がほしいっていうから、ドラゴンの素材を求めてやってきたんだ。ここのドラゴンは数千年生きている大物って話だったからね。素材ついでに魔力も拝借しようと思ったのさ」
……やっぱり目当てはグリムの翼と魔力だったのか。
「本当なら、魔力を搾り取れるだけ搾り取って、最後に素材を拝借しようと思ったらさ、魔吸虫の反応が消えちゃったじゃない。ビックリしちゃったよ。だってまだあと一ヶ月は搾り取れると思ったのにさ。そんで、こっちに来てみたら君が居たってわけさ」
人化の魔力2回がなければ、グリムの魔力が切れるのは一ヶ月後くらい。
完全に計算通りだったってことか。
「ダンジョンの魔素発生装置は? あれは何のために設置したんだ?」
「ああ、あれね。あれは、ご主人が作ってくれた魔道具の性能を試してただけだよ。ほら、魔素が溢れたらモンスターが生まれるじゃん。たくさんのモンスターが生まれるのか、レアなモンスターが生まれるのか。もう1体くらいドラゴンが生まれていれば儲けもんかなと思ってね」
「……そんな実験のために? 下手したら近くの街が滅んでいたかもしれないんだぞ!」
「あっ、それもちょっと期待してたんだよね。ほら、モンスター大発生の、なんだっけ? ……ああ、そうそう、スタンピードっていうやつ。あれを自由に発生できないかなって」
スタンピードを狙っていただと?
なんて馬鹿な真似を……
「ふふっ、信じられないって顔してるね。でも、この世界じゃ何をしたっていいんだよ。それが運営の方針だからね。このスタンピードの実験だって、成功していたら運営が喜んでくれてたよ。逆に……知らなかったからって邪魔した君とあの子は運営から怒られるかもしれないよ」
「ふざけるな!」
運営の方針とかそんなのはどうでもいい。
こっちの勝手でこの世界を壊していいはずがない。
「ふ~ん。君は反対なんだ。まぁ別に君がどう思おうが勝手だもんね。運営だって好きに生きていいって言ってるんだし。だけどルールはルールだからね。さっきまでは知らなかったことにして許してあげるけど、今からは邪魔しちゃ駄目だよ」
「……今から何をするつもりだ?」
もう魔吸虫も魔素発生装置も全部ない。
「もちろん、そこのドラゴンの素材を回収するのさ」
「そんなことさせると思うのか?」
「アタシの邪魔するの? そうするとルール違反になって……君は運営の敵に認定されるかもしれないよ。そうなると、他のプレーヤーが君を殺しにやってきたり……君のところのナビゲーターは廃棄処分になるかもしれないね」
ナビ子が廃棄……処分。
運営が敵になるのはまだいい。
だけどナビ子が廃棄処分になるのは……。
ナビ子を助けるなら、今ここでコイツがグリムを殺すのを黙って見てろって?
そんなこと出来るわけがない。
が、ここで敵対したらナビ子が……なら、今ここでコイツを殺してしまえば?
いや、もし敵対してコイツに逃げられたら……まだ俺はコイツがどうやってここに来たのかも分からない。
それに、コイツはグリムを簡単に倒せる実力を持つ。
そもそも勝てるかどうかも怪しい。
「さっ、分かったら邪魔しないでね」
電子魔族はそう言ってグリムに近づこうとするのを……俺は阻止するように間に入る。
「あれっ、本当に敵対する気なんだ。まぁアタシはそれでもいいけどね」
向こうはすっかりやる気になっている。
……俺は一か八か賭けに出た。
「……別に俺はルールを破っていない。むしろルールを破るのはお前だ」
「はっ? 何言ってるのさ」
「考えても見ろ。確かに最初にルールを破ったのはこっちだったかもしれない。が、さっきも言ったが、それはお前の存在を知らなかったからだ」
「うん。それはもういいよ。でも、今から邪魔するのは違うよね」
「いや、魔吸虫はもう居ないし、ゴーレムも魔道具ももうここには存在していない。要するにお前の実験は既に全部失敗に終わった後だ」
「君のせいでね」
「だから……今この場所は、一旦リセットされてゼロになった。お前はもうここで実験をしていないんだから……先にここにいた俺達の邪魔をするのがお前ってことになる」
完全な屁理屈だ。
が、理屈としては間違っていないはず。
でも相手がルールを遵守するなら……。
「そんな言い訳が通用するかな? 確かに今はアタシは手を出してなかったけど。元々先に手を出してたのは事実だからね」
「だから手を出してるって主張しなかったほうが悪いだろ。それに……お前だって、それはもういいって言ったじゃないか。言っておくが、運営に追求されても勝てる自信があるぞ」
……少なくともこれで言い逃れ出来るとは思えない。
このままこの電子魔族と戦うのは避けられない。
が、これで例え逃げられたとしても……ナビ子が運営に廃棄処分されるって心配はないと思う。
「……ふ~ん。咄嗟の言い訳としては完璧かもしれないね」
怒らずに感心したように呟く電子魔族。
「間違ってないだろ? ここでお前が俺達に危害を加えたら、運営の敵になるのはお前とお前のプレーヤーになるぞ。それでもいいなら……相手になる」
俺はカードを取り出し主力を解放する。
ホブA、ミスト、ビーナイト、ケリュネイアにアラクネ、そしてセイレーンやカーバンクル。
メーブ以外のカードはここにあるので、他にもいくらでも召喚できる。
「へぇスゴいスゴい! ちゃんと強そうなモンスターもいるじゃん。うん、マグマゴーレムやチタンゴーレムじゃ勝てないわけだ。特に……君のそばにいる妖精と、鹿はかなり強そうだね」
強そうと言っても、目の前の電子魔族には余裕すら見える。
「う~ん。本当は相手をしてやってもいいんだけど……君の言う通り、それをするとルールを破るのはこっちになっちゃう。まぁそれも別にいいんだけど……流石にまだご主人に聞いてないし、まだちょっと早いかな。うん、ドラゴンの魔力は十分手に入れたし、翼だけでも素材は十分だしね。今回は退いてあげるよ」
……どうやら退いてくれるようだ。
「だけど……やられっぱなしは悔しいから、これくらいは反撃させてね」
電子魔族はそういうと、手を高く掲げて……一気に下げる。
その瞬間、黒い稲妻が俺の周りに降り注ぐ。
「ぐっ!?」
「マスター!!」
俺はティータに抑えられ、その場にしゃがみ込む。
稲妻が止み、顔を上げると……そこには、ティータとケリュネイア以外のカードモンスターが存在していなかった。
「ふふん。やっぱり今の攻撃を防げるのはそこの2体だけだね。その戦力じゃ……ご主人には勝てないよ!」
そう言って、電子魔族はこの場から消える。
飛んでいなくなるんじゃない。最初からいなかったかのように、本当にこの場から消えたのだ。
「……姿を消したってわけじゃないよな?」
不可視のような隠匿系のスキルで気配ごと消える。
「いえ、おそらく空間転移のような魔法かスキルではないかと」
空間転移……本当にそんな事が可能なのか?
……可能なのかもしれない。
だって向こうは完全にこっちより上だったのだから。
「……完全に完敗だな」
相手は俺よりも1ヶ月以上遅れてこの世界にやってきているのに……何やっているんだ俺は!!
「マスター。ひとまずグリム様は助かったのです。それでいいではありませんか」
完全に相手に情けをかけられた形になってしまったが……とりあえず今のピンチを凌いだ。
確かにそれでいいかもしれない。




