第193話 グリム
「んああああ!!」
「きゅあああ!!」
俺とラビットAは数日振りの太陽の光を浴びて、思いっきり伸びをする。
すっごく気持ちがいい。
うん、やっぱりダンジョンみたいに暗い場所に長時間いたら、そりゃあいい考えも浮かばないし、疑り深くもなるよな。
ナビ子を見送るために外に出たけど、気晴らしにもなって、ちょうどよかったかもしれない。
「きゅビ子……だいじょーぶ?」
ラビットAもナビ子の様子が変なことに気づいていたようで心配そうだ。
「まぁメーブもいるし、大丈夫だろう」
一応、メーブにはこれまでの状況と、俺の考えを解放するときに全て伝えている。
ナビ子が非協力的だったのは、敵だからなのか、それとも全く別の意味があったのか。
しっかりと見極めてくれることだろう。
「さっ俺達も戻ろうか」
「きゅい!」
噴火のことも、ナビ子のことも、一旦忘れて、ここからはドラゴンを治すことにだけに集中しよう。
「きゅート。まって。じーちゃとこいく!」
……何を言い出しているんだコイツは?
「あっ、もしかしてガロンのところに行くって言ってるのか?」
「きゅ! じーちゃ、さびしー」
コイツ……ガロンのこと、じーちゃって呼んでるのかよ!?
ってか、きゅーちゃじゃないのか。
「もう一度ガロンを呼んでみろ」
「きゅう? じーちゃ」
そっか。ラビットAは最初だけきゅになるから、そこを変えてやれば……
「よし、ラビットA。最初じゃなくて途中で俺の名前を呼んでみろ」
「きゅう? きゅート、どーゆーこと?」
「……なんでそこはシュートじゃないんだよ」
おかしくない?
「きゅ? きゅートはきゅート」
……もう慣れたから別にいいけどね。
そうだな。
ドラゴンの治療にはまだ時間が掛かるだろうし、ガロンには現状を説明しておいた方がいいだろう。
時間がかかるなら、自分の家に戻るって言うかもしれないし、気が変わってドラゴンに会うって言うかもしれない。
あっ、でもドラゴンのところに連れていくには許可がいるのか。
まぁどうせ先にドラゴンの場所に着くんだし、聞いてみてからガロンの所へ行けばいいか。
今回、外に出た方法は、以前コボルトが言っていた、ドラゴン専用の抜け道を使ってだ。
ドラゴンの宝物庫を過ぎたところに隠し扉があり、そこから火山の外、もしくは平地へと出られる。
一直線で、通路も整備されており、しかも広いので、飛行モンスターやユニコーンでも移動できる。
お陰で半日以上かかる道のりが、1時間もかからずにドラゴンの棲みかに戻ることができる。
ちなみに、ここ数十年単位でドラゴンは使用していなかったらしい。
が、直近でモンスターが通り抜けた形跡はあった。
それが平地へ現れたモンスターの痕跡なのは間違いないだろう。
だが、魔素発生装置は見当たらず。
形跡もそこまで多くなかったので、この通路ではなく、付近の魔素発生装置から流れ込んだ分でモンスターが生まれたに違いない。
だから、もう平地にモンスターが現れることは殆どないと思う。
****
う~ん。やはり芳しくない。
ナビ子を見送って、すでに丸1日が経過した。
俺はドラゴンの治療に専念して、考えつく限りの事を試してみたが、どれも成果がなかった。
分かったことといえば、魔吸虫の生態くらいだ。
魔吸虫が魔石から魔力を奪うのはパターンがある。
まず、ドラゴンが大人しかった場合。
外部から魔力を取り込まず、魔力を練らない場合は、魔石から定期的に同じ量の魔力を奪う。
次に、ドラゴンが魔力を消費した場合。
魔力を練ると、その分の魔力を奪いにかかる。
だから、普段と同じだけの魔力を練ると、魔力が足りず発動しない。
いつもより多めに魔力を練れば、魔吸虫が奪っている間に残った魔力で魔法やスキルを発動できる。
これは迂闊に試すことができないから、ドラゴンの経験と先日の人化で判断した。
最後に外部から魔力を取り込んだ場合。
周囲の魔素や噴火エネルギー等を取り込む。
魔力回復ポーションを飲ませる。
栄養たっぷりな食事を取らせる。
スキルで魔力を送り込む。
その場合は、魔吸虫が活性化して、取り込んだ分の魔力を一気に奪う。
ドラゴンの魔力が補充されることはない。
だが、唯一魔吸虫が魔力を奪わない方法があった。
それはクコ(竜)が魔力を分けた場合だ。
クコ(竜)は炎竜石と合成したカーバンクルだ。
炎竜石はドラゴンの魔力を浴びて作られた鉱石。
その力が源になっているクコ(竜)の魔力は、このドラゴンとほぼ同じ性質を持っていた。
だから、魔吸虫が魔力が増えたことに気づかずに、ドラゴンが大人しい場合と同じと錯覚しているようだ。
まぁこれにしたって、気休め程度魔力が回復するだけ。
カーバンクルが限界まで魔力を分け与えて何とか寿命が1日延びる程度。
正直焼け石に水状態だ。
「あーくそっ! っとに、どうすればいいんだよ!」
「おや、シュートよ。もう諦めたのか?」
俺が癇癪を起こしたことで、諦めたと思ったようだ。
「別に諦めてないけどさ……グリムと違って、魔石を持ってない俺には、今ひとつ感覚が分からないんだよ」
昨日の夜から俺はドラゴンをグリムと呼ぶことにした。
元々名前を持っていなかったそうだから、クリムゾンドラゴンにちなんで俺が名付けた。
グリムという名前を思いの外喜んでくれたようで、コボルト達にも今後はグリムと呼ぶように。などと言っていた。
そしてグリムはシュートと名前で呼ぶようになった。
というのも、元はガロンを連れてきたことにより、小さきものが2人になってしまったからだ。
それと、夕べの酒盛りで意気投合したからってのもある。
グリムも酒は好きらしく、ガロンと3人で大騒ぎした。
まぁ当然ながらグリムはドラゴンの姿だが。
ドラゴン姿で樽ごと一気に飲む姿は何とも迫力ある光景だった。
ガロンも最初こそ緊張していたが、酒が入ると、ドラゴンだろうがお構いなしだった。
途中で興が乗ったグリムが人化しようとしたから、大慌てで止め、そのままお開きになってしまった。
こんな馬鹿なことで寿命をさらに削るのは洒落にならないもんな。
……全部解決したら、今度は人化したグリムと飲んでみたいな。
と、その為にも頑張らないと。
うん、癇癪を起こしている場合じゃない。
「そもそも、本当に魔力が無くなったら死ぬのか? ラビットAなんか、しょっちゅう魔力切れを起こしてるぞ」
きゅぺぇって言いながら、ばたんきゅーしている所を何度も見た。
もし魔力切れで死ぬなら、ラビットAは何回死んでいるんだって話だ。
だから魔力が無くなったら死ぬってのが、そもそも間違っている気がするぞ。
「それは魔法やスキルに使う魔力がなくなったに過ぎん。身体を維持する魔力はかろうじて残っておるはずだ」
魔力ゼロっていっても、完全にゼロってわけじゃないのか。
体力ゼロって言いながらも、話したり動いたりできるのと同じか。
だけど魔吸虫は全ての魔力を奪う。
それこそラビットAのばたんきゅー状態から、さらに干からびるまで搾り取る状態らしい。
「そもそも我らモンスターは魔力でできておる。本当に魔力が無くなれば、身体を維持することすらできなくなる」
「ん? ってことは、もしグリムが魔吸虫に魔力をすべて奪われたら、その身体はどうなるんだ?」
「この場に居なかったように、跡形もなく消滅するであろうな」
あ~死んだら魔素に還元されるっての。
あれも、これが関係してるんじゃね?
死んでモンスターの全ての魔力が無くなるから、魔素に還元されて消滅するみたいな。
う~ん。論文とか書けそう。
んん? ……ってことは、先日ティータと話していた、魔石を回収するってことは、できなかったってことじゃないか。
ったく。じゃああの決断は何だったんだよ。
そういえば、魔吸虫の説明文に、全ての魔力を吸い尽くしたら、その瞬間朽ち果てるって書いてあったな。
魔吸虫も魔力が無くなるの? ……いや、違うな。
魔吸虫はゴーレムだ。
命令されていた魔力を吸い尽くして役割を果たしたら、自分も消滅するってことだろうが……ふむ。
「……なぁ。魔力が無くなったらその消滅っての。どんな風に消滅するんだ?」
「なんだシュート。そんなに我の消滅が気になるのか?」
グリムが冗談めかして言う。
が、今はちょっと真面目に聞きたい。
「いや、ちょっと閃きそうなんだ。だから真面目に答えてくれ。魔力が無くなったら、一瞬で消えるのか? それとも魔力が残っている間に、魔力のなくなった部分からじわりと消滅していくのか?」
俺が真面目だとわかったようで、グリムもまじめに答える。
「消滅するには段階がある。全ての魔力を失えば、最初に魔石が色を失う。この時点で我の命が消えるであろう。次に色を失った魔石が砂のように崩れ、消滅する。魔石が崩れたことに肉体が耐えきれず、消滅していく」
……すぐに消えるわけではないのか。
魔吸虫は魔力を吸い尽くしたら、すぐに消滅って書いてあった。
それが正しければ、魔石が色を失った瞬間に消滅するはず。
「……ひとつ思いついたことがある」
非常に危険な賭けだが……ようやく突破口が見えた気がした。




