閑話 ナビ子の冒険
今回は閑話となります。
前話からの続きで、ナビ子視点での話となります。
アタイはウイングダブに乗って、魔水晶を取りに向かう。
「はぁ。……シュート、絶対に気づいているよ」
最後の信じてるってやつ。
いつもなら気をつけろとか、頑張れなのに……アタイを疑っている証拠だ。
「シュート。怒ってるよね……」
いや、怒ってくれた方がまだいい。
それならまだやり直せるから。
「あ~あ。信じていた相棒が裏切られて、我が主も可哀想に」
アタイの呟きに、ワイルドファルコンに乗ったメーブがわざとらしく答える。
「別にアタイは裏切ってないもん」
アタイはメーブに反論する。
「あら、アナタは主に大事な情報を隠していますよね。これが裏切りでなくて、何が裏切りなんでしょう?」
「うっ、それは……だってそういうルールなんだもん」
運営は基本的にシュート達プレーヤーやアタイ達ナビゲーターには関与しないし、何をしてもいいことになっている。
プレーヤーは、この世界で犯罪を犯してもいいし、国王や魔王など権力を持つのも自由だ。
どんな行動も全て貴重な調査資料となるからだ。
だけど、そんな運営がひとつだけ禁止のルールを定めている。
それがプレーヤー同士で争わないこと。
もちろん、プレーヤーはスタート地点が違うので、状況に応じては国同士の戦争などで対立するかもしれない。
その場合は仕方がないし、それはそれで貴重な資料となる。
けど、プレーヤー同士なだけは、調査の足を引っ張るだけで、何も産まない。
プレーヤー同士で殺し合いなんてした日には調査員がいなくなるだけだ。
だから、殺し合いなどに発展しないように、どんな小さな諍いも禁止している。
アタイ達ナビゲーターはプレーヤー同士が争わないように、プレーヤーを導かなくてはならなかった。
今回あの山で先に実験を開始したのはあの子だ。
だからアタイはあの子がやっていることを邪魔しちゃいけない。
「そうは言いましても、樹海のダンジョンでは、思いっきり邪魔していたではありませんか」
確かにメーブの言うように、樹海のダンジョンでチタンゴーレムを倒して魔道具を回収した。
「だってあの時はあの子の仕業だって知らなかったもん」
知ってたら、ゴーレムを退治したり、魔道具を回収しなかったよ。
あの子が関与していることに気づいたのは、シュートに再会して図鑑説明文を読んでからだ。
レア度がない改造は、間違いなく、改造が条件でこの世界に来たプレーヤーに違いなかった。
改造プレーヤーが手にしたスキルは、その名の通り改造スキル。
こちらの世界にあるものを改造して、全く新しいものを作るスキル。
そのスキルを使って、魔素発生装置や創魔結晶、魔吸虫を作ったに違いない。
それに気づいちゃったら、もう知らなかったでは済まされない。
ルールを守って、邪魔をしないようにするしかなかった。
「別に本人から直接聞いたわけではないではありませんか。そのまま知らなかったで押し通せばいいだけのことでは?」
「それができたら苦労はしないよ」
もしあの子があそこにやって来たら、嘘をつけないアタイは、気づかなかったとは言えない。
仮に上手く誤魔化したとしても、月一のメンテナンスで帰還した時に、全てバレてしまう。
ルールを守らなかったアタイは……きっと廃棄処分されてしまう。
「では、そのことを黙ってないで、正直に主に言えばよろしいではないですか。今回は同僚が相手なので、手を貸せないって」
「それもね……できないんだよ」
仮にアタイが話すことで、シュートが今回の件から撤退するなら、あの子の邪魔をしたことにならないから、話すことができる。
でも、話してもシュートが撤退しないのなら、シュートはあの子やプレーヤーの情報を得て有利になる。
それはつまり邪魔をしたことと同じ意味になってしまう。
そして、シュートは絶対に撤退したりしない。
だってあのドラゴンを気に入ってしまったから。
あんなにコレクション一筋なんだから、四の五の言わずにドラゴンを殺してカードにしてしまえばいいのに。
だけどシュートは絶対に不義理なことはしない。
コレクターたるものコレクションに誠実でなければならないだなんて、ワケのわからないこと言って、あえて困難な道を突き進む。
でも、そんなシュートを相棒に持てたことが、誇らしくて……自慢だった。
だからアタイはシュートの邪魔はしたくない。
だけど、あの子の邪魔もできないから、アタイはただ静観するしかなかった。
「そういえば、アナタ確かドラゴンに食べられる予定でしたよね? その時はどうされるつもりだったのですか?」
「それは……食べられて、魔吸虫を探しにいくけど、見つける前に自爆して、消化されようかと」
見つけたらあの子に不利益になるから見つけられない。
でも、探さなかったら、シュートに本当に探したのかと問い詰められたときに困ったことになる。
だからアタイは本気で探す。
そして、見つける直前に自殺する。
あの子には見つけなかったと言えるし、シュートには見つける前に死んじゃったと言えるから、どっちにも嘘をつく必要がない。
「アナタ……自殺するって……はぁ。本当にそんな馬鹿げたことを考えていたのですか?」
メーブが呆れる。
「そうだよ。だから本気で食べられたくなかったんだよ!」
あの時は、ドラゴンが人化してくれて本当に助かった。
アタイだって生き返るとはいえ、死にたくはないもんね。
「ですが、見つけずに死んだ場合、探す努力はしても、主に不利益をもたらせたことになります。それは主への裏切りではないんですか?」
「うう……だって、それしか考えられなかったんだもん」
確かに見つからなくて、魔吸虫が今も判明しなかったら、シュートはもっと困っていたことになっていただろう。
「どのみちアナタは既に主から裏切ったと思われていますよ。妾の本体を預かれなかったのが何よりの証拠です」
今回、シュートは護衛兼案内役としてメーブを貸してくれたけど、ブランクカードは渡してくれなかった。
樹海のダンジョンの時は渡してくれたのに……。
アタイが裏切ってるから持ち逃げするかもと疑っているんだ。
だからアタイが持っているカードは、ウイングダブとセンダンツグミだけ。
この2枚はアタイが倒して、アタイのものってシュートが言ってくれたから。
「主は普段は優しいですけど、裏切りには厳しいですよ」
「そんなことはアンタに言われなくても知ってるよ」
シュートのことに関しては、アタイが一番知っている。
メーブやティータ、ラビットAにだって負けてない。
だから、シュートが裏切りに関しては、絶対に許さないことも知っている。
「知ってるなら、尚更どうにかされないと。いいのですか? このままではアナタは主に見捨てられますよ」
「いいわけないよ!!」
アタイは自分でも驚くほどの声で怒鳴った。
シュートと一緒に山で過ごしたこと。
合成結果に一喜一憂したこと。
力を合わせてゴブリンキングと戦ったこと。
アザレアやアズリアのような協力者に出会えたこと。
シュートと過ごした時間は、アタイにとってかけがえのないものだった。
それなのに、シュートに見捨てられる?
もう一緒にいられなくなる?
「嫌だよぉ。シュートともっと一緒に居たいよぉ」
「……泣くくらい嫌なんでしたら、ルールなんか気にせずに、主に全て話してしまえばいいのに」
「ぐす……アタイは電子妖精だから泣けないもん」
涙の代わりも出るし、泣く表現もできるけど、それはそうするようにプログラムされたものでしかない。
そもそも電子妖精のアタイには感情がない。
全部作られたものだ。
――本当に?
じゃあシュートと一緒にいたい気持ちも、シュートに嫌われたくない気持ちも、全部そう思うようなプログラムなの?
本当は別に悲しくもなんともないの?
「電子妖精ってなんなの!! アタイの今の気持ちは作られたものなの? もう何にも分かんないよ!!」
何も分からなくなったアタイは、我慢できなくなってわめき散らした。
「そんな感情むき出しにして……よくそれで感情を持ってないとか言えますね。確かにアナタは電子妖精かも知れません。ですが、電子妖精が心を持たないと誰が決めましたか? 安心なさい。アナタは誰よりもちゃんとした心を持っています」
ごちゃごちゃになっていた頭の中が、メーブの言葉で一気に静まった。
電子妖精も心を持ってもいい?
アタイも心を持っている?
「メーブぅぅ……うわあああああん!!」
アタイはウイングダブから飛び降りて、思いっきりメーブに泣きついた。
「ちょっ、危ないですわよ!」
そう言いつつも、メーブはアタイを優しく受け止めてくれた。
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「……気は済みまして?」
アタイが落ち着いたのを見計らったようにメーブが尋ねる。
「ゔん。ありがど」
アタイはそう言って顔を上げる。
涙で上手く声になってないや。
「あ~、妾のドレスがアナタの涙でボロボロではありませんか。……って、鼻水まで!? アナタ本当に電子妖精なんですか!?」
メーブが大急ぎでドレスの汚れを拭き取る。
「えへへ……ごめん」
「照れないでくださいまし。これで自分に感情がないと言っているのですから、詐欺もいいところですわ」
メーブが文句を言いながら、今度はアタイの顔を拭く。
「わぷっ!? 自分でするから!!」
アタイは逃げるようにウイングダブへと戻る。
いっぱい泣いたせいか、少しスッキリした気がする。
「泣いたり怒ったり……アナタにはちゃんと喜怒哀楽の心があります。決して決められたことに従うだけのプログラムではありません」
メーブの言葉に満たされた気持ちになる。
「メーブ……もう一回泣いていい?」
「絶対に止めてくださいまし」
ちぇっ、ケチ。
メーブが泣かせるようなこと言うからじゃん。
「いいですか。今は難しいかもしれませんが、感情のあるアナタになら、いつかきっと嘘もつくことができますし、嫌なルールには逆らうこともできます」
嘘をつくことが……できる。
ルールも守るもので、破るなんて考えもしなかった。
「でも……いつかじゃ遅いよ」
だって、もうシュートにバレてるんだもん。
今ルールを破れなきゃ、シュートを裏切ったことになるもん。
「何を言っておられるのです。主はアナタに信じていると言ったのです。魔水晶を持ち帰れば、今回はきっと許してくださいます」
「でもでも~。魔水晶を持ち帰ったら、あの子の邪魔をすることに……」
「ですから、反抗しなさいって言ってるではありませんか。同僚と主、どっちが大切なのです?」
「そりゃあシュートだけど……でもメーブだって、さっきいつかって言ったじゃない。まだ無理だよ」
今はまだルールを破る勇気はないよ。
「ほんっとうにアナタは……まぁ今回はいいです。いいですか、魔水晶を持ち帰っても、今回はルールを破ったことになりません」
「えっ? なんで?」
「今回のアナタの同僚の目的は何ですか?」
「それは知らないけど……シュートの言うとおり、ドラゴンの素材とドラゴンの魔力じゃないの?」
翼を持ち帰って、魔吸虫で魔力を奪っているんだから、間違いないと思う。
「よいですか。妾達は今、噴火を止めるために魔水晶を取りに行っているのです。同僚の目的とは全く関係ないではありませんか」
「そう……なのかな?」
ただの屁理屈のような気がするけど。
「そうです。そう思っていればいいのです。そうすれば……後はアナタお得意の誤魔化しで何とかしなさい」
無茶苦茶だけど……うん。そうだよね!
「分かった! じゃあアタイ、シュートの為に、頑張ってたくさん魔水晶を持ち帰るよ!」
「ええ、そうなさい。そして今回のことが全てが終わってからで構いません。今回のことを包み隠さず主に報告しなさい」
「……うん」
今回の件が片付いたら、もう邪魔とは関係なくなるから、話しても問題ない。
だけど……今回のことを話したらシュートはどうするだろう?
許してくれるかな?
それともやっぱり裏切り者って捨てられるかな?
「心配しなくても、今回だけは妾もアナタを擁護します」
「メーブぅ。アンタ実はいい子だったんだね」
普段はアタイをからかってばかりだけどさ。
「言っておきますが、今回だけですから」
しかもツンデレさん。
アタイ……メーブのこと、一気に好きになっちゃった。
「それから……いずれ、本当に主か運営のどちらかを選ばなくてはならない時が必ず来ます。それまでに、どうするか覚悟を決めておきなさい」
「……うん!」
アタイは力強く頷く。
運営の最終目的はアタイにも分からない。
今はこの世界のことを調べることに忙しいけど、もし調べ終わったらどうするんだろう。
その時、こっちにいるプレーヤーやアタイ達ナビゲーターは?
運営かシュートか。
どちらを選ぶか決めるときが来るかもしれない。
その時に今回のように流されないように、アタイは電子妖精としての自分を超える決意を固めた。




