第188話 魔族の呪い
「小さきものよ。よくぞ参った」
目の前の偉大な存在が、意味のある言葉を発する。
言葉が……通じるのか。
そう尋ねようと思ったのだが、完全に相手に呑まれて、上手く言葉にできない。
「ん? どうした、小さきもの」
「あっ、いえ。言葉が……」
辛うじてそれだけ答える。
「ふむ。人語を話すドラゴンは珍しいか?」
いえ、人語どころか、ドラゴン自体が珍しいんですが。
「あの……恐れながら申し上げますと、その覇気を抑えて頂けないでしょうか」
ティータが横から声を上げる。
スゴいな。ティータは普通に話せるんだ。
……覇気?
「おおっ、そうであったな……これでよいか」
……心なしか、空気が軽くなったような気がする。
覇気か……威圧と同じく、下位を圧倒するスキルかな。
ただ、威圧は相手が怖くて怯える――畏怖の念だとすれば、覇気はおそれ多い――畏敬の念って感じだ。
「ぷはー。凄いね。思わず圧倒されちゃったよ」
「きゅべぇ」
ナビ子とラビットAも俺と似たような状況だったようだ。
そう思うと……ひとりちゃんと動けたティータって凄いな。
「小さきものよ。我の僕を助けてくれたそうだな。礼を言う」
「いえ、そんなっ!? 俺達は偶々そこに居合わせただけですから」
まさかドラゴンに頭を下げられるとは思わなかったので、戸惑ってしまう。
「理由なぞどうでもよい。助けた事実が全てだ」
「……ありがとうございます」
俺がお礼を言うのはおかしい気もするが、何を言っていいか分からなかった。
「小さきものよ。礼として、我がこれまでに蓄えた財宝を1つくれてやろうではないか」
「ええっ!?」
「奥に置いてある。カネでも武器でも何でもよい。1つ選んで持っていくがよい」
うおおお!?
マジか。ドラゴンの財宝……滅茶苦茶興味がある。
だけど……俺の目的はそうじゃない。
「財宝は要りません。その代わり、俺の願いを聞いてもらえませんか?」
俺の言葉にドラゴンは少し驚いたようにみえた。
「ほう。願いとな。言ってみるがよい」
「それは……あなたの体に何が起こっているのかを教えてください。そして、可能なら、それを俺に治させてください」
俺は改めて目の前のドラゴンを観察する。
片方の翼がない以外は、どこにも外傷は見当たらない。
だけど、このドラゴンは弱っている。
さっきまでは覇気に圧倒されて、何も分からなかったけど、覇気を解いた今ならハッキリと分かる。
そう考えると、弱っているのを覇気で隠していたのかもしれない。
俺の言葉を聞いてドラゴンは黙り込む。
……あかん。何を考えているのかさっぱり分からん。
財宝の代わりにお願いなら聞いてくれるかも……って思ったんだけど。
もしかして、我を治そうなどと生意気な! とかで怒ってる?
「……小さきものよ。汝らが何故ここに来たか。それは聞いておる」
数十秒ほど経ってようやくドラゴンが答える。
怒った様子ではないので、ホッと安堵する。
どうやらコボルトバトラーから俺たちの目的を聞いていたようだ。
「我を治そうというのは、噴火を止めるためか?」
「はい。あなたがいなくなると、この山は噴火すると聞きました」
「確かに今は我が噴火を抑えておる故、我が死ぬと噴火するであろう。だがの、小さきものよ。汝に我を治せるのか?」
「俺にはあなたがどんな状況なのか分かりませんから、調べてみないと治せるか分かりません」
何千年も生きているって話だからな。
もし原因が寿命なら俺にはどうすることもできない。
完全にお手上げだ。
でも、例のサキュバス(仮)が原因で弱っているのなら、可能性は有るかもしれない。
ぱっと見、翼が片方しかないこと以外は、怪我らしきものは見当たらない。
もし翼が原因なら、部位欠損できるポーションは持ってないから、作るか……再生スキルをドラゴンに与えるか。
というか、再生スキルは持ってそうだけど、無理なのかな?
とにかく、弱っている原因を聞かないと話にならない。
「俺に話してくれませんか?」
「……我もこのまま朽ち果てたくはない。よかろう。汝に我の命を託すとしよう」
おおう。まさか命を託すとまで言われるとは思わなかった。
……責任重大だな。
****
「我は襲ってきた魔族から呪いを受けた」
ドラゴンの話では、ある日突然ここに魔族の女性がやって来たらしい。
俺も通ってきたから分かるが、ここに入るには、コボルトが地質変化をして壁を無くさなければ入れない。
だが、コボルトが開けたわけでも、別の場所から壁を壊したわけでもない。
まるで瞬間移動でも行ったかのように突然目の前に現れたそうだ。
「その魔族には我の攻撃は一切効かなかった」
爪や牙の物理攻撃、ブレスや魔法などの属性攻撃、スキルによる特殊攻撃。
その全てが効かなかったそうだ。
「逆に魔族は我の翼を軽々と切り落とした」
ドラゴンは軽々にと言うが、それがどれだけ大変なことか。
目の前のドラゴンの翼を切り落とす?
一体どんな攻撃をすれば切り落とすことが出来るんだ?
俺が知っている攻撃方法では……星4以上の殺傷能力の高い魔法ならなんとかなるかもしれない。
武器では、ドラゴンに特効のある炎竜剣なら、切り落とせるかもしれない。
ラビットAのボーパルソードは……難しいだろうな。
その魔族……俺が想像していたよりも遥かに強いのかもしれない。
「そして魔族は我に呪いをかけた。その後、その魔族は目的を達したと言い、去っていった。目的は我の体の一部と、呪いをかけることであったようだ」
片翼を手に入れ、呪いをかけたから帰ったと。
その帰り際に、魔道具とゴーレムを設置した。
そして肝心の呪いについて。
「どうやら我の魔力の源――魔石に何かが取り憑いて、我の魔力を奪い続けておる。我が力を使用するべく魔力を高めても、全て奪われてしまう」
翼を再生するべく魔力を練ろうとしても、練った先から魔力が奪われ、再生することすら叶わない。
覇気などのほぼ魔力を使用しないスキルであれば、使用できるが、ブレスや魔法などは使えない。
「それだけでなく、我が体外から取り入れた魔素やエネルギーも全て奪われておる」
周囲の魔素も、火山エネルギーも、食事も。
どれだけ摂取しても、ドラゴンには吸収されず、呪いに奪われるだけ。
ドラゴンは呪いを受けてから、一切魔力を回復できていないらしい。
「我の体内に残された魔力が全て奪われたら、我は衰弱死してしまうであろう。……小さきものよ。汝にこの呪いが解けるであろうか?」
ドラゴンすら衰弱死させてしまうほどの強力な呪い。
果たして俺に解くことが出来るのだろうか?




