第140話 ソニックイーグル
出発の日。
俺は集合場所になっていた教習所に、アザレアと2人で向かっていた。
教習所は倉庫街に隠れているから人目にはつきにくいし、訓練ができるように、ちょっとした広場があるから、丁度いいらしい。
「なぁアザレア。一体何が待っているんだ?」
未だにギルマスもアザレアも空の旅の詳細に関して教えてくれない。
「ええと……。わたくしからは何とも……」
何とも歯切れの悪い言い方のアザレア。
というか、何だか可哀想な目で俺を見ている気がする。
その表情を見るだけで、楽しみだった空の旅が一気に不安になってくる。
「ねぇシュート。アタイ少し怖くなってきたよ」
「奇遇だな。俺もだ」
ナビ子も同じ気持ちのようだ。
……一体何が待ち受けているんだ?
そう考えている間にも広場が見えてきた。
そこに待ち受けていたのはギルマスと……ギルマスよりもデカい鳥。
そして、その鳥よりデカいコンテナがあった。
「ねっ、ねぇ。あの子、アタイを食べたりしないよね?」
ナビ子が不安そうに俺にしがみつく。
見た目は鷹とか鷲とかに近い。
猛禽類ってやつだな。
猛禽類は肉食だから、ナビ子が不安がるのもわかる。
「心配するなナビ子。食べられるとしたら俺の方だ」
だって俺すら丸呑みにできそうなくらいデカい鳥だ。
ナビ子なんか腹の足しにもならない。
「そっか。確かにアタイなんて食べてもお腹は膨れないもんね」
そう言いながら、しがみついていたナビ子は俺から離れる。
だけど、何でいつもより離れてるんですかねぇ。
……本当に俺が食われると思っているのか?
「……移動手段って、もしかしてあれ?」
俺は隣りにいるアザレアに聞いてみた。
「ええ。鳥系モンスターの中でも最速と名高いソニックイーグルです」
……なんだかジェット機とか新幹線にありそうな名前だ。
でもイーグルってことは隼かな?
鷹でも鷲でもなかったか。
というか、違いが分からんな。
登録して確認したいけど、すでにギルマスも俺たちに気づいたようだから、確認は後にしよう。
「あれにどうやって乗るんだ?」
俺が想像していたの、グリフォンやヒポグリフ、キメラやペガサスなど、人を乗せられそうなモンスターだったのだが……まぁそんな有名モンスターがこんなところにいるはずないか。
とにかくデカいことはデカいが、足場というか、乗れるのか?
……はっ!? まさか、あの鋭い鉤爪で掴まされたり!?
もしくはそこにある巨大な箱。
あの中に荷物のように詰められて……とか?
アザレアは俺の質問に答えずに、さっきと同じように、ただ可哀想なものを見る目を向けるだけだった。
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「はははっ。貴様はアザレアに一杯食わされたんだ。別にコイツに乗って危険なことは何もない」
「シュートさんが、いつもからかうから、わたくしも少し謀っただけです」
苦笑しながらアザレアが言う。
どうやらあの可哀想な表情は演技だったらしい。
「確かにコイツはどんなモンスターよりも早く飛ぶ。それこそ飛ぶスピードだけならグリフォンなどにも負けはせん」
「そんな鳥に乗ったら振り落とされたりするんじゃないのか?」
「飛ぶ際は魔力で体を覆うから、馬車のように揺れることはない。座っているだけで、移動している感覚すらないであろう」
へぇ……そりゃあ凄いな。
「コイツに乗っていけば、ブルーム山に一番近い街まで明日には到着するだろう」
「明日って……そんなに早いのか?」
だって馬車で1ヶ月掛かるんだろ?
以前ナビ子に聞いたけど、馬車での移動は1日に50キロ程度。
長旅になれば、馬を休ませる時間が必要になるし、荷物が多くなれば、更に遅くなるらしい。
それを踏まえると、馬車で1ヶ月に移動できる距離は1000キロくらいだろう。
明日ってことは……1日で500キロ以上の距離を進むってことだよな?
「今回は荷物があるから明日まで掛かるが、移動だけなら1日も掛からんぞ」
マジか。
飛行モンスターの移動を舐めてた。
俺も早いところ、空を飛ぶモンスターを確保しなくちゃ。
「向こうに着いたら、真っ先に支援ギルドに顔を出せ。到着の報告と、コイツを返さねばならん」
「返すって……このソニックイーグルだっけ? 向こうのギルドのなのか?」
「ああ。向こうにいる上級冒険者の従魔だ。昨日連絡して送ってもらった」
なるほど。
本当に1日でここまでやって来たのか。
って、テイマーは向こうに残っているのか?
だとしたら、1匹で迷わずこの街に来たことになる。
かなり賢いモンスターだな。
それに人を襲わないし、躾も行き届いている。
こんなモンスターを俺も欲しいな。
「いいか。先日も言ったように、今回の調査依頼は表には出ておらん。それは向こうのギルドでも同じだ。貴様の存在はギルマスとテイマーにしか伝えておらん」
まぁギルマスは当然知っている立場だろうし、テイマーは従魔を借りるんだから、当然か。
「もちろんその2人にも、貴様のことは腕利きのサマナーで、調査のスペシャリストということしか伝えておらん」
それは助かるけど……
「じゃあ俺は向こうでなんて言えばいいんだ?」
調査に来ましたとは言えないんだよな?
でも初めて訪れる支援ギルドでいきなりギルマスを呼び出しても門前払いになるだけだ。
まさかギルマスが支援ギルドの窓口にいるはずないよな。
「そのためのこれだ」
ギルマスはソニックイーグルの隣に置いてあったコンテナをバンバンと叩く。
「今回、表向きの貴様の依頼は物資の輸送だ」
ずっと気になっていたけど、やっぱりそのコンテナは輸送用だったか。
でもこのコンテナ、ソニックイーグルよりさらにデカい。
こんなのを持ち運べるのか?
「中には何が?」
偽の依頼だから、もしかして空とか?
「ミドルポーションとハイポーション。それから最近ファーレン商会で発売し始めた属性武器だ」
どうやら空ではないらしい。
「なぁ。そのポーションと属性武器ってもしかして……」
「無論、貴様が用立てた物に決まっておるだろう」
ですよねー。
「って、属性武器が俺の納品だってこと知ってたの?」
ポーションはともかく、属性武器まで知っているのか?
俺はチラリとアザレアを見る。
どうせまたアザレアがチクったに決まってる。
「やはり貴様の仕業だったのか」
と思ったけど……あれ? もしかして、カマかけられた?
「シュートさん。今、わたくしを疑いましたね?」
アザレアが疑いの眼を俺に向ける。
「えっ いや、その……ごめんなさい」
まぁこれは俺が悪いので素直に謝罪する。
「にしても、俺だと確信を持ってたよな?」
「当たり前だ。ファーレン商会はアザレアの妹がやっている店だ。そこでいきなり不可思議なことが始まれば、真っ先に貴様の顔が思い浮かぶに決まっておろうが」
……まぁ俺とアザレアの繋がりを知っているなら、当然か。
「それに、その時期はアザレアが頻繁に仕事をサボっていたからな。何か企んでいることは知っていた」
……そういえば、あの頃のアザレアはサボってばかりで怒られたって言ってたっけ。
じゃあやっぱりアザレアの責任じゃねーか!
謝って損した。
「まぁそれはいいとして、何でこんな荷物を送るんだ?」
重いだけだろうに。
「先日も説明したが、山からモンスターが下りてきているからな。有事に備えるのは悪いことではない」
なるほど。
今回は火属性の相手が多いってことだから、安い属性武器は対策にうってつけだ。
今回多めに納品しようとアズリアに相談した際に、やけに水属性の注文が多いと思ったら、こういうことだったのか。
「しかし、武器とポーションが入ってるなら重いだろ。本当に大丈夫なのか?」
「このコンテナには魔法が掛けられておってな。全く重さを感じぬ」
ギルマスはそういうと、コンテナを片手で軽く持ち上げた。
「えっ、何それすごい」
聞いたことない魔法だ。
「無属性の重力魔法だ。中々お目にかかれない魔法なんだぞ」
無属性か……そういえばまだ手に入れたことなかったな。
ファーレン商会にも売ってなかったし、どこかで手に入らないかな?
「貴様はこの物資を支援ギルドに納品しろ。それで向こうのギルマスがやって来るはずだ。後のことは向こうのギルマスに聞け」
こっちのギルマスは投げやりだなぁ。
まぁある程度の流れは分かったし……出発しますかね。




