第137話 ギルマスの依頼
「ねぇねぇシュート。やっぱり海かな? それとも山かな?」
ナビ子が地図を見ながらはしゃいでいる。
3回目の日本からの帰還を終えてから、ナビ子はずっとこんな感じだ。
帰還前に行った遠出が待ち遠しくて仕方がないらしい。
全く……人の気も知らないで、気楽なもんだ。
運営のこと、ナビ子のこと、アズリアのこと。
色々と考えることはあるが、俺が一人で悩んでいても仕方がない。
それに、アズリアも今まで通りの生活をしろと言ってる。
だから、俺も何も考えずに、開き直ってこの世界を楽しむことにした。
「う~ん。今の仲間のことを考えると、山の方がいいけど、海も捨てがたいなぁ」
先日進化できなかった古参のことを考えると、山がいいのだろうが、海のモンスターを仲間にするのも魅力的だ。
「言っとくけど、山なら新しい山だかんね」
「……分かってるよ」
本当に古参のことを考えるなら、スタートの山に戻るのが一番だ。
モンスターの補充と……アンブロシアの枝の補充も出来るしな。
だけど、俺だって新しいところに行きたい。
「う~ん。地図だけ見ても、どんなモンスターがいるか分からないから、検討のしようがないな」
「じゃあさ。アザレアに聞いてみようよ!」
そうだな。
どうせ遠出をすることも伝えないといけないし、報告がてらアザレアに聞いてみるか。
****
「「旅に出る!?」」
その日の夜、2人が帰ってきた段階で、しばらく留守にする旨を伝えた。
「それでは私たちのご飯はどうなるのですか!?」
真っ先にアズリアが声を上げる。
……一番気にあることがそれかよ。
「……契約は、俺がいる間だけだろ。不在の時は自炊しろよ」
「そんな……また朝からご飯を作る生活に戻るのですか……」
アズリアが絶望の表情を浮かべる。
俺的にはついで感覚で家賃いらずで助かっていたが、アズリアにとっても大助かりだったようだ。
「それでさ。どうせなら色んな種類のモンスターを捕まえたいんだけど、どこかいい場所ない?」
俺は絶望に打ちひしがれているアズリアを無視してアザレアに尋ねる。
アザレアも驚いていたようだが、妹のように絶望はしていない。
むしろ喜んでいるようにも見える。
「ようやく冒険者として働く気になりましたか」
……別に働く予定はないんだが?
まぁモンスター退治は冒険者の仕事と言えば仕事か。
「具体的にはどんなモンスターをお探しですか?」
「どんなって言われても……あっ、飛行系モンスターがいいな。乗って空を飛べそうなモンスターがいると便利そうだ」
格好いいモンスターに乗って空を飛べたら気持ちいいだろうなぁ。
……どこかに白いグリフォンとかいないかな?
「……もしかしたら、ちょうどいい依頼があるかもしれません。明日、ギルドにいらっしゃいませんか?」
依頼か……。
「護衛とか、討伐依頼だったら受けないぞ」
「そうではなく、現地調査です。詳しい内容は、ギルマスの許可を得ないとお教えできないのですが……」
普通の依頼なら、依頼ボードに掲載されているから、ギルマスの許可なんていらない。
なのにギルマスの許可が必要?
「もしかして、ヤバい依頼?」
「あっ、いえ、そうではありません。簡単に言うと、全体への依頼を出すための調査の依頼ですから、表に出さない依頼なのですよ」
なるほど。
俺が手紙を渡す前の、ゴブリンキングの時のような感じか。
あの時は、緊急依頼を出す前に、信頼できる冒険者に現地調査を頼もうとしていた。
まぁ結局その前に俺が手紙を出したから、調査をせずに直接緊急依頼になったけど。
そういう意味では、あの時邪魔した冒険者はまさにそれかもしれない。
「要するに、その場所に異変があるかもしれないから、その調査をしたいと。そして何かあったら改めて全体依頼にするってことか」
「その通りです。ですので、あまり大っぴらに出来ないんですよ」
なんとなく分かった。
「いくつか聞きたい。例えばゴブリンキングみたいなモンスターがいたとして、それを倒しても問題はないんだよな?」
「別にシュートさん相手に、モンスター退治危険だから駄目とか、倒した魔石を提出などとは、わたくしもギルド長も申しません。ですが、正直な報告はしていただきます。そうしなければ、依頼を出していいか判断がつきませんからね」
俺に依頼した場合の魔石や素材に関しては、ギルマスも諦めているようだ。
「どうですか? 素材の回収がないので、依頼料は僅かしか出ませんが、決して悪い条件ではないと思いますが?」
依頼料も出るのか。
ギルドの依頼は殆ど受けてないから、恩を売るいい機会だし、素材の回収などの必要もないんだったら、確かに悪い条件じゃない。
むしろ破格の条件と言える。
「分かった。とりあえず明日ギルドに行こう」
問題は調査内容だ。
流石にめちゃくちゃヤバそうなら、考えなくてはならない。
ちゃんとギルマスにも話を聞いてから決めよう。
「分かりました。では今日はこれで。アズ、帰りますよ」
「……ご飯」
まだ絶望中のアズリアを、アザレアが無理やり引っ張って帰っていった。
「……カードって、他人が解放出来ないよな?」
「うん。スキルがないとね」
もし解放だけでも出来るなら、毎日の料理くらいは残してやっても良かったが……無理なら仕方がない。
最低限、冷蔵庫に日持ちのするものを入れておいて、残りはアズリアに頑張ってもらおう。
****
「貴様……この1ヶ月、全くギルドに足を運んでないではないか!!」
次の日、ギルドに行くと、待ち構えていたギルマスに怒鳴られた。
俺が全然顔を出さなかったことがお気に召さなかったらしい。
……何回かは来たんだけどな。
「そりゃあこの街を拠点にすることに決めたんだから、準備に1ヶ月くらいはかかるさ」
「アザレアと一緒に暮らすことにしたそうだな。いつも美味そうに弁当を食っておるぞ」
アザレアめ……何でバラしてるんだ?
「……一緒には暮らしてないが、確かに弁当は作ってるな」
とりあえず誤解だけは解かないと。
「ちょっ!? 何を言っておられるのですか! 嬉しそうになんてしておりません」
アザレアのやつ……またデメリットが発動してるぞ。
自分で暴露したんだから自業自得というか……よし、少しからかってやろう。
「そっか……俺の弁当は嬉しくなかったか」
俺は悲しそうに俯く。
隣でナビ子がサイテーって言ってるけど気にしない。
「ちょっ!? シュートさん! 違うのです。本当はものすごく嬉しいのです」
アザレアが顔を真っ赤にしながら否定する、
その光景を俺とギルマスはニヤニヤしながら眺める。
それを見てアザレアがようやく冗談だと気づいたようだ。
「もうっ!? 2人してわたくしをからかって何が楽しいのですか!」
「お前の反応は普段とギャップがあるから楽しいぞ」
「いやぁギルマスに話しているからネタにして欲しいのかと」
俺とギルマスの反論にキッと睨みを効かせるアザレア。
「ふっ、では冗談はそのくらいにして、そろそろ本題としよう」
アザレアの睨みを意に介さずに平然としているギルマス。
俺なら笑って誤魔化すか、さらに追い打ちをかけてからかったと思う。
そして、やり過ぎて最後に謝るはめになると。
う~ん、引き際といい、余裕っぷりといい、この辺りに人生経験の差を感じるなぁ。
「さて、貴様が今回の調査を引き受けてくれると言うことでいいのか?」
「それなんだが、なにかの調査ってことは聞いたが、詳しい話は何も聞いてない。一体何の調査なんだ?」
「ブルーム山の調査だ」
「……ブルーム山?」
知らない山だ。
ナビ子と地図を見ててもなかったと思う。
もしかして、かなり遠い場所にあるとか?
う~ん。ナビ子の都合上、往復に1ヶ月以上掛かるような場所なら、遠慮したいところなんだが……
「別名ドラゴンの棲む山。その山の調査をしてもらいたい」




