第123話 引越し祝い
引越し祝いの準備のため、昼過ぎにサフランがやって来た。
「あのぅ。外に可愛いウサギがたくさんいたんですけど……もしかして、あれがシュートさんのモンスターですか?」
「ああ。ウサギを召喚するって言っただろ」
「ええ。確かに言ってましたが……1匹だけ随分と風変わりなウサギがいましたよ」
「ああ。ラビットAだな」
「なんか、逆立ちしながら踊ってましたが……あれはシュートさんが仕込んだんですか?」
「……違う。勝手にやっているだけだ」
いったい何をやっているんだラビットAは。
多分また芸の練習だろうが……というか、人が来たら隠れろと言ってたのに、なんで隠れてないんだよ!!
相手がサフランだったからか? カードの中にいて初対面だったのに、分かるのか?
「周りを小さなウサギ達が手拍子している姿を見て、ほんわかしてしまいました」
……しかも他のホーンラビットも巻き込んでるのかよ。
後でお仕置きだな。
「まぁとりあえず上がってくれ。今ちょうど準備をしていたんだが……人手が足りなくてな」
「ふふっ分かりました。お手伝いします」
俺はサフランを家に上げ……ウィッチを紹介する。
ゴブリンを紹介して、驚かれないかと思ったが……
「なるほど……そうやって作るんですね。ウィッチさんは料理上手なんですね」
「……」
最初こそ戸惑っていたが、すぐに仲良くなった。
ウィッチは寡黙だから返事はしないが、表情で喜んでいるのが分かる。
今は2人で料理を作っている。
まさかウィッチが料理まで得意とは思わなかった。
俺が以前に教えると言っていたフレンチトーストから、パーティー料理まで、サフランに教えていた。
今夜の料理も2人で作るそうなので、合成する必要がなくなった。
「アタイもサフランと一緒にお手伝いしよ~っと」
ナビ子も2人の輪に加わる。
俺も……と言いたいところだけど、俺は料理できないし、男一人であそこに加わるのはちょっとなぁ。
う~ん。やることがなくなっちゃった。
「きゅう?」
俺がリビングでボケ~っとしていると、いつの間にかラビットAが戻ってきていた。
「お前……人が来たら隠れろと言っただろ」
「きゅきゅーん」
ラビットAは明後日の方向を向いて済まし顔をする。
「お前……明日からカードから外出禁止な」
「きゅきゅんきゅんきゅん」
俺がそう言うと、ラビットAがごめんなさいと手を合わせて謝る。
うん、かわいい。
「仕方がないな。次からは気を付けるんだぞ」
「きゅっ!」
やはり返事だけは一人前だ。
「それで……もう芸の練習は終わったのか?」
「きゅきゅ!」
ドンッと胸を張る。
どうやら自信があるようだ。
結局俺はパーティーが始まるまでラビットA達と戯れることにした。
****
「シュートさん。どうぞ」
サフランが料理を持って俺の元にやってくる。
「ありがとう。これはサフランが作ったのか?」
「ええ。ウィッチさんに教わりながら作りました。ウィッチさんは素敵ですね。私よりもスタイルも良くて、家庭的で……失礼ですけど、とてもゴブリンとは思えません」
「まぁウィッチの女子力の高さは、仲間内で一番だからな」
「私……ゴブリンの認識を改めなくちゃいけないですね」
「いや、ウィッチが特別なだけだから、認識を改める必要はないと思う」
というか、他のゴブリンにサフランが近づいたら、言葉では言えないことになりそうだ。
「それより、サフランも料理を運んでないで楽しんだらどうだ?」
「十分楽しんでますよ。でも……あの2人のようにはなれないですけど」
「ああ……あの2人な」
サフランも呆れている2人を見る。
ちゃんと仕事を普通に終わらせて帰ってきたアザレアとアズリアだ。
2人は俺の提供したビールとワインで完全に酔っ払っていた。
「うふふ……本当に可愛らしいウサちゃんですね~」
「きゅう~ん」
アザレアが優しくラビットAを撫でると、ラビットAが気持ち良さげに鳴く。
完全に酒のせいか、ラビットAの魅力のせいか、完全にメロメロだ。
「それに他にもたくさんのウサちゃん。ふわふわのもふもふ……ああ。ここは天国ですか」
……両方だな。
ホーンラビットに囲まれて幸せそうなアザレア。
……アザレアってウサギ好きだったんだな。
「はぁ~フェアリーとピクシーは神秘的で美しいですね。癒やされます」
「「ぴぴっ!」」
「ちょっと! はって何さはって。アタイは!?」
アズリアがフェアリーとピクシーを褒め、ナビ子が怒る。
もはや見慣れた光景だ。
「はんっ! アタイなんて喋り方では、癒やされるはずないでしょうが」
「ムキー!! アタイのどこが悪いのさ! というか、フェアリーとピクシーは話してもないじゃない!」
「「ぴぴぴぃ!」」
「ぴぴなんて可愛く鳴いて……話せない方が神秘的ですよね」
う~ん。アズリアの方は若干絡み酒というか、毒が強くなる感じか?
「あの2人もたまにはこうやって発散しないと。お仕事で色々と溜まってるんでしょうから」
……サフランって大人だよな。
俺と同じくらいの年だけど……この中では一番の大人に見える。
「サフランも溜め込まずに、程よく発散させたほうがいいぞ」
毎日客に囲まれて大変なんだから、こんな時くらいストレス発散させないと。
「ふふっ分かりました。私も混ざってきますね」
そう言って、サフランはアズリアの方へ近づく。
「あっサフラン。ちょっと聞いてよ。アズリアがアタイのことをディスるのよ!」
「大丈夫。ナビ子ちゃんも十分に可愛いから」
「そうよね! やっぱりサフランは話がわかるわ。それに引き換えアズリアは……」
「はいはい。私が悪かったですよ。……ちょっとお酒のお代わりを取ってきます」
そう言いながら今度はアズリアがこっちにやって来る。
「……まだ飲む気か?」
「いいえ。あれはあそこから逃げだす方便です。あれだけ言えば、ナビ子さんは追ってきませんもんね」
そう言うアズリアにはさっきまでの酔った様子がない。
……酔ったふりをしていたのか?
「実はナビ子さんに聞かれたくない話がありまして……」
「何? また変な話じゃないだろうな?」
「どうでしょうか……実は……」
普通に話しても誰にも聞かれないだろうが、アズリアは俺の耳元で小さく囁く。
「シュートさんって異世界――日本人ですよね?」




