第122話 新しい生活
引っ越しが終わって数日が経った。
危惧していたアザレアとアズリアの2人だが、この家に住むことも、入り浸ることもなかった。
まぁ朝は必ず挨拶に来て、ついでに俺の作った……というより、カードで合成した朝食を食べるのだが。
「シュートさん。ご馳走様でした」
「本当に美味しいですね」
合成というお手軽料理に美味しいと言ってくれるのは、なかなか複雑だな。
「はい。お粗末様でした。んで、これがお弁当」
俺は2人にお弁当を手渡す。
「本当に助かります」
「なんかお弁当まで作ってもらうのは悪いですね」
「いや、それが契約だから」
アズリアは最初の条件通り、家賃を受け取らなかった。
ただ、実際に住み始めたのに、タダってのは流石に気が引ける。
ということで、せめてもの手伝いとして、俺がいるときは朝食と昼食を作ることにした。
夕食に関しては、2人の帰りが不規則だから、別々に取ることになっている。
しかし……気分はまさに主夫だな。
まぁ気分だけで、苦労は一切してないが。
ちなみに三女のアゼリアはまだ見たことない。
本当にガチの引きこもりのようだ。
一応アゼリアの分の食事は用意しているので、こうやってアズリアが持っていっている。
「それではシュートさん。今日は早く帰ってきますので」
「私も参加していいのですよね!? 駄目って言っても参加しますからね!」
2人とも気合いが入っている。
今日はサフランと約束していた引っ越し祝いをする。
当初は俺とアザレアとサフランの3人だったが、流石に家主をハブるのは……ねぇ。
「ただ……2人とも、遅かったら俺とサフランだけで始めてるからな」
「今日は支援ギルドを早めに閉めてでも帰ってきます!」
「私も! 今日は店を早く閉めることにします!」
そう言って2人は慌てて仕事に出かけた。
……今のは冗談でいいんだよな?
権力を持つ2人が言うと、本当にやってしまいそうだ。
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2人が出勤したら、極秘の作業に取りかかる。
俺は1階にある物置部屋の扉を開ける。
掃除道具等が置かれているが、それを退かし、床を剥がす。
そこにはポッカリと穴が空いていた。
俺は縄梯子を使って地下へと降りていく。
降りた先には広々としたスペースがあった。
「もう少し……だな」
「そうだね。グラちゃんがすっごく頑張ってるみたい」
ナビ子の言うグラちゃんとはグランドワームのことだ。
ちゃんなんて可愛いモンスターじゃないんだがな。
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グランドワーム
レア度:☆☆
固有スキル:地中移動、地質変化
個別スキル:暴食
ワーム系中級モンスター。
全長10メートルを越える個体も存在するほどの巨大ミミズ。
地揺れが起こった場合は地中でグランドワームが移動していると言われている。
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俺のグランドワームはせいぜい5メートルの比較的小さな個体だが、それでもデカ過ぎてゴブリン戦でも召喚できなかった。
個別スキルの地質変化は、名前の通り地質を変化させる。
これはグランドワームが土を食べるために、硬い土や岩を柔らかくするために使うんだそうだ。
もちろん逆に硬くもできるらしい。
俺はこのグランドワームを使って地下室を作っていた。
引っ越したら合成を……と、思っていたが、この家じゃ、合成するには狭すぎる。
そのことはユニコーンで実証済みだ。
星4になると、さらにデカくなる可能性が高い。
山で生活していた頃は、外で合成すれば良かったが、この庭で合成するのは……いくら敷地内で、周りに家がなくても憚られる。
じゃあどうする? ってことで思い出したのがミランダばあさんだ。
ミランダばあさんは地下室を作って、そこで薬を作っていた。
確かに地下室なら秘匿性もバッチリだ。
こうやって入口を隠せば、アザレア達にも見つからない……と思う。
地下室作りで気をつけることとして、大前提は下水道を傷つけないこと。
下水道を傷つけたら、大騒ぎになって、地下室どころじゃなくなってしまう。
それから地上に迷惑をかけないこと。
移動や、穴を掘る……いや、土を食べる際に、地鳴りを起こさない。
もし地鳴りが続くようなら、街の下で何かしていることを嗅ぎ付けられてしまうからな。
それと、地表に近い場所に作ると、陥没する可能性がある。
考えたらミランダばあさんの地下も結構階段を降りた。
そのため、グランドワームには少し深い場所に地下室を作ってもらうことにした。
今は縄梯子で降りているけど、これも考えなくちゃいけない。
うん。今のところ作業は順調のようだ。
既にスペースは確保済みで、今はゴブリン達が施工を行っている。
鉄筋コンクリートなど必要な物も材料さえ購入すれば合成で簡単に作れるもんな。
この調子なら、あと数日で完成しそうだ。
やはりスキルって偉大だな。
これが日本だったら何ヶ月掛かることやら。
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地下室の状況を確認したら、次は庭。
カードモンスターを召喚する。
まずは蜂や蝶など蜜集めモンスター。
それからトレントとマンドラゴラの植物モンスター。
最後にラビットAなどウサギや、小動物型モンスター。
これらの種族を、毎日数体だけ交代で召喚する。
モンスター達は庭園の中なら自由にしていいと言ってある。
まぁ自由といっても荒らさないようにだが。
領地内を出るのは禁止だ。
それから人の気配がしたらすぐに隠れる。
ラビットAが危険察知を持っているから、屋敷に近づこうとした人間がいたらすぐに気がつく。
「きゅきゅい!」
ラビットAの元気な鳴き声が聞こえる。
その号令でモンスター達が自由行動を開始する。
……ちゃんとリーダーしてるんだな。
モンスター達も、カードの中より外の方が伸び伸びして気持ちが良さそうだ。
「ラビットA。俺は少し離れるから、後は任せたぞ」
俺は今からパーティーの準備をしなくちゃならない。
まぁこの状態なら見張ってなくても問題はないだろう。
「きゅっ!」
ラビットAがビシッと最敬礼する。
ちゃんとリーダーしているし、返事もいいんだが……すぐに調子に乗るから、一番心配なのもラビットAなんだよなぁ。
まぁ一応ラビットAを信じることにして、俺は家の中へと入る。
さて、パーティーの準備って言っても何をすればいいんだ?
料理は合成でいいとして……飾り付け?
いやいや、そんなセンスは俺にはない。
こういうときは女子力の高い子にお願いするに限る。
というわけで、俺はウィッチを召喚する。
「ウィッチ。リビングをパーティー用に華やかな感じにできる?」
コクンと頷くウィッチ。
やはり俺の癒やしであるウィッチは素晴らしい。
……でも、ゴブリンのセンスって、人間のセンスと同じかなぁ?




