第121話 引っ越し
「それでは、本日からよろしくお願いします」
「……まぁいいですけど」
アズリアがなんとも言えない表情を浮かべる。
俺達がいる場所はアズリアの屋敷の一室。
あれから……女子会でナビ子がどう説得したか分からないが、最終的にアザレアは2人の妹がいる屋敷に引っ越すことになった。
頻繁に顔を出すなら、いっそのこと住んでしまえとかそんな感じなのだろう。
「ですが、ここに住むのでしたら、ちゃんとアゼの面倒も見てくださいね」
「ええ。わたくしが引っ越しを決意したのも、半分はそれが理由ですから」
ナビ子の話によると、アゼリアのことをアズリアに任せっきりだったのを、アザレアはずっと気に病んでいたようだ。
一緒に住むことによって、長女としての役割を果たそうってのもあるかもしれない。
しかし……この2人がここまで言うアゼリアって、どんな人なんだ?
もちろんこの場には参加してないが、今もこの屋敷のどこかで引きこもっているはずだ。
非常に気になるが、触らぬ何とかな気がするので、俺からは絶対に詮索しないことにした。
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というわけで、今からここに家を建てる。
いや、建てるというより、出すが正解か。
ちなみにここにいるのは俺とナビ子だけ。
アザレアは一緒に来たそうだったけど、アズリアを見張ることにしたようだ。
まぁアザレアが来たら間違いなくアズリアも来て、カード化がバレる。
一応まだカード化スキルのことは秘密のままだ。
まぁ秘密なだけでバレている可能性は高いけどね。
まず分解していた個室やトイレ、浴室をセットで一軒家に戻す。
そして解放。
久しぶりに出した一軒家は全く変わっていなかった。
さて、2人を呼ぶ前に中も確認……と。
ちゃんと個室、トイレ、浴室ともに元通りになっていた。
「シュートさぁん!」
家の外から声が聞こえる。
おそらく屋敷から家が建ったのが分かったのだろう。
しかし……声もそっくりだから、名前を呼ばれただけじゃ、どっちか分からない。
まぁおそらくアザレアの方だろう。
俺は確認を終え、外に出ることにした。
「シュートさん。これがシュートさんの家ですか?」
「こんな大きな建物を収納系スキルで? あり得ない……」
アズリアは本気で驚いているようだ。
どうやらこれについては知らなかったようだ。
なら、知っているのはモンスターのことだけ?
「俺が山で暮らしていたときの家なんだ。勿体ないから持ってきた」
「この家が英雄バランが住んでいた家……」
俺の説明にアザレアがとんでもないことを呟いた。
「はぁっ!? ちょっ!? バランって……何で?」
何でここにじいさんの名前が出てくる?
というか、英雄?
「シュートさんが英雄バランの孫だと手紙に書いてありました。シュートさんが隠したがっていたようでしたので、誰にも言わないようにとギルマスと相談していました」
ってことは、知っているのはアザレアとギルマスだけか。
アザレアの観察眼が発動してないのは、村長が事実だと思って手紙を書いたからか。
「姉さん。シュートさんがあの英雄バランの孫だというのは本当なのですか!?」
いや、今追加でひとり増えた。
しかも何やら目を輝かせているし。
「俺はじいさんの孫ってことになってるけど、本当の孫じゃないんだ」
うん。嘘じゃない。
「えっああ。そうなんですか……すいません」
アザレアがばつの悪そうな顔をする。
どうやら捨て子かなにかと勘違いしたようだ。
「それよりも英雄って?」
うまく誤魔化せたし、そっちの方が気になる。
「英雄バラン。別名、全ての職業を極めし者。冒険者ギルド時代の伝説です」
全ての職業を極めしって……戦士系や魔法系、サブ職業も? だとしたらとんでもないな。
アザレアの話によると、支援ギルドになって引退はしたけど、冒険者活動は続けてきたそうだ。
引退した理由は更新が面倒だったから。
意外とズボラな人だったみたいだ。
そんな人物がペットが死んだ悲しみで老衰したのか……。
魔法とかでどうにか……は無理だったんだろうな。
「それにしても、あの英雄が住んでいた家を拝めるとは……感激です」
アズリアは本当に嬉しそうだ。
……もしかしてファンだったりするのかな?
別にじいさんが住んでた訳じゃないけど……申し訳なさ過ぎて言えないな。
「そんなに大層なもんじゃないけど……とりあえず中を見てみる?」
電気、ガス、水道がこの世界と全く違うから、本当なら家の中を案内したくない。
でも……既に2人に隠し通すのは無理だと諦めている。
どうせ中に入るのを禁止しても、絶対に2人は勝手に入ってくる。
だったら最初に説明することにした。
原理は秘密とでも言えば、じいさんの遺産ってことで勝手に納得してくれるだろ。
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「シュートさんがこの家に拘っていた理由が分かりました。ここは……便利すぎて人を駄目にします」
「あの時革新的だった魔道具が更に進化して目の前に……信じられません。いえ、魔石も魔力も使わない魔道具などあり得ません」
俺が家の中を案内すると、2人は終始感動しっぱなしだった。
「シュートさん。私がこの家に住みますので、シュートさんは姉さんと一緒に屋敷に住んでいいですよ」
「アズ、それはズルいです。ここに住むのならわたくしも一緒です。わたくし達姉妹が住みますので、シュートさんは屋敷を使ってください」
「あら、姉さんは屋敷の方がよくありませんか? シュートさんと同棲になりますよ?」
「この家で生活できるのであれば、同棲なぞどうでもいいことです。それこそアズの代わりにわたくしとシュートさんがこの家で暮せばよくありませんか? ねっシュートさん」
「ねっ。じゃねーよ! ここは俺が1人で住むの」
「「むぅ。ケチですね」」
2人がハモりながらむくれる。
間違いなくこの2人……絶対にこれから入り浸る気がする。




