第118話 サブウェポン
「ファーレン商会でーす。本日から5階にて属性武器の限定セールをやってまーす!」
俺は店の入口でチラシを受け取る。
このチラシ……一昨日から何枚貰っただろう。
俺が納品した次の日から、支援ギルド前や、宿屋付近で従業員が配っていた。
アザレアの話では、商店街や鍛冶ギルド付近でも配っていたらしい。
どうやら初心者冒険者っぽい人を中心に配っているようだ。
宣伝効果はバッチリだろうが、鍛冶ギルド付近で配るのはちょっとやりすぎじゃね?
正面から喧嘩を吹っ掛けているように見えるぞ。
というか、チラシを量産できるくらい、ちゃんとした印刷技術があるんだな。
俺はその辺りのことは詳しくないんだが、活版印刷ってやつかな?
それとも魔道具的なものか、魔法かスキルか……どうなんだろ?
「しかし、これだけやって売れなかったら大赤字だよな」
「支援ギルドでも、今回のセールは話題になってましたし、売れないことはないと思いますよ」
今回、アザレアは偵察という名目で一緒に来ている。
しかし……コイツは最近俺と一緒にいることが多いが、仕事は大丈夫なのか?
「金貨10枚なら初心者冒険者でも手に届く金額ですから、アズの言ったように数日で完売するかもしれませんね」
初心者冒険者の月収は、大体金貨15枚から20枚らしい。
月の生活費は、切り詰めれば金貨10枚以下に収まる。
だから、買えなくもない金額らしい。
「……初心者冒険者って、結構稼いでるのな」
この間、依頼を見たけど、報酬は多くても銀貨5枚。
銀貨3枚もあればいい方だったぞ。
まぁ下水道掃除で金貨2枚ってのもあったけど。
そういえばあの依頼どうなったんだろ?
スライムを手に入れるのも忘れてるし……まだまだやることはたくさんある。
「基本は常時依頼のモンスター討伐や採取を同時にこなす感じでしょうか。モンスターの素材も売れば、多いときには金貨を稼ぐ人もいますよ」
そっか。
普通の冒険者は報酬以外に、素材や魔石も一緒に買い取ってもらうから、それなりに稼げるのか。
「それから依頼がないときは、職安に行ってる人もいるみたいですね」
支援ギルドが雑用系依頼を取り扱わなくなったから、代わりに取り扱うようになったのが職安。
基本的には配達や掃除、修繕等の仕事を紹介するらしい。
冒険者のように免許制じゃなくて、誰でも依頼受けることができる。
基本は職を持たない人や子供が多いらしいのだが、冒険者も受けることが出来るので、日銭を稼ぐのに向いているらしい。
「本当はシュートさんにも労働をしてもらうつもりだっのですが……まさか1つも依頼を受けずにこんなことになるなんて思いもしませんでした」
確かに最初はそうだったよな。
「確かに依頼は受けなかったけど、俺だって色々と頑張ったぞ」
だから……似たようなものだよね。
****
ファーレン商会の5階は大盛況だった。
客としていたのは初心者冒険者だけでなく、明らかに装備が整っている冒険者もいた。
「あれっ? アザレア?」
冒険者の1人がアザレアを見かけて話し掛ける。
銀の胸当てを装備し、腰には高価そうなレイピアを携えている。
どこをどう見たって初心者冒険者には見えない。
「ソニア様。何故ここに?」
話し掛けられたアザレアも驚いている。
やっぱり冒険者には一律様付けのようだ。
「何故って。セール中の属性武器を買いに来たのよ。この金額で買えるなんてビックリね。思わずたくさん買っちゃったわ」
ソニアは買ったばかりのナイフをアザレアに見せる。
「確かに安いとは思いますが、ソニア様ほどの冒険者が買われるような武器じゃないと思いますが……」
「確かにメイン武器としては頼りないけど、属性武器はサブウェポンとしては丁度いいのよ。ナイフなら嵩張らないしね」
なるほど。
サブウェポンか。
ナイフなら投げることもできるし、その属性が弱点の敵の時だけ、メイン武器と装備変更をしてもいい。
「アザレアの方はデートかな?」
そう言ってソニアは俺をチラリと見る。
「いいえ。わたくしはただ様子を見に来ただけです」
アザレアは普通に答える。
流石に何度も言われ続けて、この程度では動揺しなくなったようだ。
「えー。だって妖精をつれた新人君をゲットしたって皆が言ってたよ」
こんな知らない人にも知れ渡ってるのか。
「その噂は間違っていますよ。シュート様は……そうですね。ソニア様と同じく将来有望な冒険者なだけです」
「あっ、何だ。例の病気か」
何だか分からないが、ソニアはそれで納得したようだ。
そして、可哀想な目で俺を見る。
「貴方も大変だろうけど、頑張ってね」
「はぁ」
何だか分からないが、とりあえず返事をしておく。
ソニアは仲間が待っているからと言って、そのまま去っていった。
……なんだったんだ?
「もぅ……病気とは失礼ですね」
失礼と言いながらも、全然怒ってはなさそうだ。
「なぁアザレア。今の人は?」
「ソニア様は中堅冒険者です。わたくしが新人の頃に担当させていただきました。まだ21歳なのにレベル28もある有望な冒険者です」
「へぇすごい人だな。んで、俺は何で哀れまれたんだ?」
俺がそう尋ねると、アザレアが怒ってそっぽ向く。
「知りません!」
どうやら言いたくないようだ。
まぁアザレアが過去に担当していて、有望な冒険者ってことは、きっと珍しいスキルでも持っていたんだろう。
……大変だったろうなぁ。
「何故シュートさんも哀れんでいるんですか?」
そう言いながら俺の足を踏んづけた。
****
「――今日1日で8割も消化できてしまうとは……想像以上の売り上げです」
販売初日は大盛況のうちに終了したようだ。
「少し聞いたけど、サブウェポンとして欲しがる人が多かったようだね」
その証拠に、一番人気があったのはナイフだった。
サブウェポンとしてはピッタリだもんな。
次に人気だったのが杖、そして剣。
槍もそれなりに売れたようだが、まだ在庫として残っているようだ。
「ええ。私も初心者冒険者がメイン客層と思っていたのですが……うれしい誤算ですね」
これなら口コミでしばらく売れ続けそうと嬉しそうに語る。
俺も仕入れてくれるなら大歓迎だ。
「そういえば明らかに冒険者ではない方もいらっしゃったようですが、もしかしてあれは……」
「鍛冶ギルドの偵察ですね。やはりここまで安いと気になるようです。何名かと挨拶もしました」
それって、目の前でチラシを配ってたからじゃ……偵察ってより、喧嘩を買いに来たんじゃない?
「大丈夫ですか? 目をつけられたりなどは……」
アザレアもそれを心配しているようだ。
「ふふっ姉さんは心配性ですね。大丈夫ですよ。今回は本当に偵察に来ただけのようですよ。安い武器は性能を確かめないと気がすまないようでした」
安すぎるため、偽物や粗悪品ではないか確認するためだそうだ。
粗悪品を売られたら、この店の問題だけじゃなく、武器や全体の信用に関わるとのこと。
まぁなんとなく言いたいことは分かる。
「粗悪品だなんて失礼な話ですね」
「まぁまぁ。疑うのは仕方がないことですから。それよりも、結局鍛冶ギルドの方々だけで200本近く売れたのですよ」
アズリアが笑いながら言う。
随分と売上に貢献してくれたようだ。
「それに、隠された能力すら見破ることのできない人たちです。いったい何を調べるんでしょうね」
「むぅ。アズ、それはわたくしにも効きますので、その辺りで止めていただければ……」
同じく隠された能力を確認できなかったアザレアが唸る。
というか、鍛冶ギルドやアザレアが悪いんじゃなくて、アズリアの方がおかしいんだけどな。
アズリアは苦笑いを浮かべながら話題を変える。
「シュートさん。こんな状況ですので、出来るだけ早く次の仕入れをお願いしたいのですが……」
話題になっている今が一番の売りどきだ。
もちろん俺としては全く問題ない。
次の納品はナイフと杖を多め、剣は少なめ、槍は見送ることになった。
あと斧や棒、投擲武器。
売り場で在庫の問い合わせが多かったのだそうだ。
少なくてもいいから、間に合うようなら……ってことだったので、用意することにした。




