第114話 商談
「それでお話はまとまったのですか?」
アズリアはきっちり10分で戻ってきた。
「ああ、ちゃんと姉を説得したよ」
俺がそう言うと、アズリアは笑みを浮かべた。
一方アザレアはまだちょっと不満げだ。
「良かったです。それでは私も一枚噛ませてくださいますか?」
「それは貴女がこちらの提示する条件を全て受け入れたらだけど」
「条件……ですか。その条件を教えて頂けますか?」
「まず1つ目だけど、何も詮索しないこと」
俺がどんな方法で商品を仕入れているか、それと俺自身についても詮索しないことを伝えた。
「何も……ですか。基本的に信用を得るために商売相手を詮索はしませんが、ひとつだけどうしても確認する必要があります。……取引の商品は、盗品等ではありませんよね?」
確かに詮索するなとは言ったが、やましい商品かどうかは確認する必要があるだろう。
「それは当然です。わたくしも立場が危うくなる品を支援ギルドで取り扱うわけには参りません」
俺の代わりにアザレアが答える。
なんの証拠もないが、説得力は抜群だろう。
「では、なんら問題ありません。次の条件をどうぞ」
「2つ目は誰にも話さないこと」
別の取引先や従業員にこの取引のことと、俺が関わっていることについて話してはならない。
もし誰かに話したことが判明したら、その時点で取引を打ち切る。
こっちにはアザレアがいるから、話したかどうかは簡単に見破れる。
そのことを説明した。
「もちろん私から話すことはありませんが、こうやって取引をしていると、どうしても気づかれてしまいます」
当然そうなるだろう。
まぁ正直俺もバレないとは思っていない。
ただ言わなければそれでいいと思っている。
「そこはアズが上手く誤魔化してください」
そこでアザレアがそっけなく言う。
おいおい。それは無茶すぎるだろ。
「まぁ取引には毎回わたくしが同行しますので、姉妹の語らいとでも誤魔化せばよいでしょう。最悪の場合、支援ギルドが仲介していることにしてください」
こいつ……
簡単に自分の職場を犠牲にしやがった。
まぁそれなら俺はアザレアの付添って感じで誤魔化せるか。
……別の勘違いはされそうだけど。
「分かりました。支援ギルドの名前を出せばどうとでもなります」
それなら問題ないとアズリアも納得する。
「しかし……姉さんがそこまで言うなんて、シュートさんは余程特別な仕入れルートをお持ちのようですね」
アズリアはチラリとナビ子を見る。
どうやら彼女もナビ子経由で仕入れていると勘違いしているようだ。
まぁまさか自作とは思わないよなぁ。
「アズ。その質問は条件1に反しますよ」
「あら。別に今のは質問じゃなく、感想ですよ。詮索はしない約束ですが、疑問を口に出すのが駄目だと言われてないですからね」
……こういうはぐらかしも姉そっくりだな。
「まぁそうですが……くれぐれも他人がいる場所では気をつけてください」
「分かってますよ。それで次の条件は?」
アザレアの忠告をアズリアは軽く流す。
……本当に大丈夫か?
「条件は以上だ。詮索しないことと、誰にも話さないことだけ守ってくれればそれでいい」
「では問題ありません。契約成立ということで」
アズリアがスッと手を差し出したので、俺はその手を握る。
ちょうどいい。
申し訳ないけど、ついでにアズリアのスキルを登録しよう。
やっぱり気になるもんな。
頭の中で登録と念じる。これでいいはずだ。
「ちょっと握手が長くないですか!?」
俺とアズリアの握手に文句を言う姉。
「ふふっ。嫉妬深い女性は嫌われますよ。……ついでに指を絡めてみましょうか」
おおっそれは少しドキッとするじゃないか。
「ちょっ!? 早く離れてくださいまし。……もう油断も隙もないんですから」
アザレアが無理矢理俺と妹を引き離す。
これが嫉妬じゃなかったら、何が嫉妬なんだろうな。
「姉さんも握手がしたかったら手を差し出せばいいのに」
「アザレア。握手するか?」
「すっするはずないでしょう!」
アザレアが真っ赤にして否定する。
う~ん。流石にちょっとやりすぎたか。残念。
「アズもいい加減にしないと、契約を取りやめますよ」
「もう。悪かったってば。だから、そんなことで止めないでよ」
こうやってると、本当に仲のよい姉妹だ。
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「……申し訳ないですが、正直難しいですね」
正式に契約を結んだので商談に入ったんだが……ポーションでなく、魔武具を取引したいと言ったらアズリアは難色を示した。
「何が難しいか聞いても?」
「魔武具に関しては、鍛冶ギルドとの協定で、販売額が決まっております」
つまり店の都合で安売りとか出来ないらしい。
「バーニングソードなどの最低ランクの魔剣ですと、一律金貨100枚と決められております。いくら安く仕入れられると言いましても、それは変わりません」
協定があるから、仕入れが低くても、定価は下げられないってことか。
「でも、安く仕入れられるなら、その分利益が上がるよね」
「確かに今回提示された仕入れ値は驚くほど安く、利益率で言うと大儲けです」
最低ランクの魔武具の仕入れには金貨70枚程度が必要だったらしい。
そこで俺は金貨50枚。10本で金貨400枚を提示した。
それなのになぜ?
「問題はそれが売れるか……です。シュートさんは、金貨100枚も出して最低ランクの魔剣を買う冒険者が何名いらっしゃると思いますか?」
「あ……」
そっか。
いくら仕入値が安くても、買ってくれる人がいないと、ただの在庫でしかない。
「この商会は品揃えが豊富な点をアピールしておりますので、一応最低ランクの魔武具も揃えておりますが、正直言って売上は芳しくありません」
鍛冶ギルドと同じ商品、同じ金額で販売しているとなると、ついで買いでもない限り、殆どが鍛冶ギルドに流れるそうだ。
「向こうは鍛冶師と繋がりがありますから無理もありません」
昨日も武具屋の店員に言われたけど、鍛冶師との直接契約ってやつだな。
「ですので、在庫の補充でしたら喜んで仕入れますが、大量となりますと……」
まぁ無理か。
う~ん。最初に思い付いたときはボロ儲けだと思ったんだけどなぁ。
「こんなどこにでもある魔剣ではなく、鍛冶ギルドにも売ってないような武具ですと、需要もあるかもしれないですが……」
……ん?
「それってさ、バーニングソードのような最低ランクよりもショボい魔剣でもいい?」
「最低ランクよりも低い魔剣なんて存在するんですか?」
まぁ最低ランクよりも低いランクは存在しないと思うのが普通だろう。
だが俺はそれを持っている。
「これとかバーニングソードよりも明らかに格下だろ?」
俺は火の剣を取り出してみた。
「ちょっと拝見します」
アズリアはそういうと、火の剣を手に取る。
……鑑定スキルを持っているのかな?
「これは魔剣ではなく、火の属性が付与された属性剣ですね」
「あ~言われればそうかも」
火を纏うバーニングソードは魔剣と言えるかもしれないが、こっちは火傷するだけだもんな。
聞くところによると、魔武具を作るには本来の素材に加えて、魔法石という特殊な鉱石が必要らしい。
バーニングソードなら、鉄鉱石と火の魔法石を鍛えて作る。
鍛えるには相当の鍛冶スキルや技術が必要らしい。
一方属性武具になると、魔法石の代わりに属性の宝石が必要になる。
火属性ならルビー、水属性ならアクアマリンなどだ。
今回の火の剣なら鉄鉱石とルビーを鍛えて作る。
こちらもある程度の鍛冶スキルや技術が必要らしい。
鍛冶ではなく別の方法でも属性武器は作れるらしい。
錬金スキル持ちなら、現存の武器と属性の宝石で錬金できる。
冒険者の職業のアルケミストなら、状況に応じて属性武器を錬金することが出来る。
他にも一時的でいいのなら、近接職のエンハンサーや補助魔法に特化したヒーラーなどは魔法で武器に属性を付与させる。
また、アイテム使いのケミストなら宝石の粉末を使い、付与魔法と同じ効果を出すことが出来るらしい。
ミランダばあさんの店に置いてあった、宝石の粉末は属性変更などに利用されるそうだ。
つまり魔武器と違い、属性武器は比較的ありふれているようだ。
「この火の剣レベルの属性武器ですと、金貨20枚で販売しています」
……金貨20枚?
想像以上に高くね?
「それ……作った人が言ってたけど、材料費は金貨1枚だよ」
俺が作ったとバレないように説明する。
まぁ作った人は俺で、その俺が言ってるんだから嘘じゃない。
「金貨1枚!? 嘘でしょ……だって属性付与のための宝石だけでも金貨10枚はしますよ。金貨1枚じゃ鉄の剣しか買えないじゃないですか」
まさにその鉄の剣だけ。
属性付与に必要な宝石は必要ない。
「ちっ、ちなみにその属性武器は火の剣だけでしょうか?」
現時点で持っているのはその火の剣だけだが、星1の魔法で作れるから、他の属性武器も簡単に作れるはずだ。
「必要とあれば各種属性武器も……剣だけじゃなく、ナイフや槍や斧でも作れるはずだ。ただ、素材の武器は必要だけどね。鉄の剣とか鉄の槍とか……あっ別に鉄の状態でもいいし、なんなら錆びて使い物にならない武器や、壊れた武器でも代用できる……はず」
鉄があればナビ子がお土産で持ち帰った武器カードが使える。
錆びた武器や壊れた武器なら、カード化すれば半日で元通り……って最初にカード化した状態で登録するから、ちゃんとした武器に戻るのは無理か。
でもまぁ分解すれば素材になるし問題ないだろ。
「その程度でよろしいのでしたら、いくらでも差し上げます」
破損品など、売り物に出来ない武器が倉庫に眠っているらしいのでタダでくれるらしい。
「それで……1本いくらで卸してくれるのでしょうか?」
う~ん。
材料費がタダだからな~。
「販売金額は金貨20枚?」
「属性武器に関しては鍛冶ギルドとの協定はありませんので、仕入れ金額次第で調整します」
あっ鍛冶ギルドは関係ないんだ。
どうやら属性武器に関しては錬金スキルなどで作れるから固定できないらしい。
「じゃあさ。販売金額の半額でどう?」
これならお互いに利益が出るから問題ないはず。
「こちらとしては異論はありません。ふふふっ……上手くすると大儲け出来るかもしれませんね」
アズリアが含み笑いを浮かべながら呟く。
……完全に商売人の顔をしていた。




