第111話 ファーレン商会
「ねぇシュート。ヤッパリ止めようよ~」
ファーレン商会に行くことをナビ子が止める。
昨日からずっとこれだ。
昨日、武具屋で買ったワンコイン武具は全部量産型魔武具へ合成した。
中には火の剣みたいな微妙なのもあるのだが……それでもワンコインよりは高値で売れるだろう。
これをファーレン商会に売却する。
だけど、そこにナビ子が待ったをかけた。
理由は目立つから。
目立たないように協力者を探していたのに、その協力者のアザレアを見返すために目立つ行動をしたら意味がない。
そう主張していた。
確かにナビ子の言うことは正しい。
俺も昨日の行動を思い返してみた。
昨日は無一文状態で焦っていたし、アザレアに上から言われて見返そうとして、色々とやっちゃった感が否めない。
幸いミランダばあさんは誰にも話さないだろうし、武具屋ではワンコイン武具を買っただけだから、それほど気にすることはないだろう。
だけど、ナビ子の言う通り、ファーレン商会と取引するのはやりすぎだと思う。
どうせ取引するにしても、ちゃんと協力者のアザレアに任せた方がいい。
今回作った魔武具はアザレアに渡して、ちゃんと取引してもらおう。
それに、すでにお金を稼いで生活の心配はないんだ。
土地を買う話もアザレアと相談して、ちゃんとした計画を立てたほうがいい。
もしそれでアザレアが取引しないと言えば、改めて考えればいいだけの話だ。
というか、ポーションのように理由がないはずだから、断られたら、今度こそ協力者として考え直さないとダメかもしれない。
うん。
人間お金があると、ちゃんと物事を冷静に考えられる。
もし今も無一文だったら、なりふり構わずにファーレン商会に向かっただろう。
そうナビ子にも説明したんだが……
「じゃあ何でファーレン商会に行くって言うのさ!」
というわけだ。
「いや、デカい商会なら一回は行ってみたいだろ?」
ショッピングモールのような商会だとしたら、商品も色々と置いてあるはず。
取引をしないとしても、行ってみたいと思うのは当然じゃないか。
「むしろナビ子は何でそんなに行きたくないんだ?」
「だって……シュートがファーレン商会に行っちゃったら、絶対に買うだけじゃすまなくなるよ」
つまり信用できないと。
「大丈夫だって。絶対に取引はしないから」
俺はそう言って部屋を出る。
……ナビ子め。何か隠しているな。
****
「あっシュートさん。おはようございます」
サフランが元気に挨拶する。
宿を引き払ったら、この挨拶が聞けなくなると思うと、それだけが残念だな。
「昨日はハーブティーありがとうございました。とっても美味しかったです」
どうやら早速使ってくれたようだ。
「お礼ならミランダばあさんに言ってくれ」
俺が金を払ったわけじゃないから、お礼を言われてもって感じがする。
「シュートさんなら奥の部屋に招かれると思ってました」
どうやらサフランも地下室に呼ばれているようだ。
それなら予め言ってくれれば……と思ったが、あれは一種の試験だからな。
俺も同じ立場なら言わなかっただろう。
「あっそうだ。サフラン、ファーレン商会の場所って分かる?」
「えっ!? ファーレン商会……ですか?」
俺の言葉にサフランは戸惑う。
俺から視線を外し、視線が游いだかと思うと、最終的にナビ子の方を向く。
「あの……どうしてファーレン商会に?」
そして、なんとか絞り出したようにそれだけ言う。
「いや、この街で一番大きな商会って聞いたからさ。ちょっと覗いてみようかと」
「そっそうですか」
……怪しい。
こんな挙動不審なサフランは初めてだ。
しかもナビ子と示し合わせているようにも思えるし……
「なぁ2人共、何を隠しているんだ?」
「えっ!? いや、何も隠してませんよ」
「えっ!? 別に大したことじゃないよ!」
サフランとナビ子が同時に反論する。
ちなみにサフランの口はキラキラと光っている。
「ちょっとナビ子ちゃん。それじゃあ隠してるって言ったも同然だよ!」
「仕方ないよ。だってアタイ嘘がつけないんだもん」
いや、サフランの嘘も、看破スキルでバレバレなんだが……
とりあえず2人が何か隠していることはわかった。
そして、それは二人にとって不都合なことでも、俺に不都合なことではないはずだ。
もし俺に不都合なことだったら、ナビ子が隠しているはずないもんな。
……う~ん。さっぱり分からん。
「まっ、行ってみれば分かるだろう」
「「えっ行くの?」」
2人が同時に声を上げる。
今の流れで行かない選択肢はないと思うのだが……
「ああ、じゃあな」
これ以上引き留められても嫌だから、俺はさっさと宿を出ることにした。
「サフラン! 後はお願い!」
「ナビ子ちゃんも頑張って!」
背後からそんな声が聞こえてきたが……本当に何なんだ?
****
「……デカいな」
「……おっきいね」
遠くからでも思ったが、近くだと本当にそう感じてしまう。
サフランが教えてくれなくても、昨日の武具屋である程度の場所は聞いていたので、ファーレン商会は簡単に見つかった。
ある程度の場所がわかれば、後は簡単だった。
なにせファーレン商会は5階建て。
他の建物よりも頭ひとつ飛び抜けていた。
まぁ同じ高さの建物は集合住宅が同じくらいの高さで存在していたが、ファーレン商会は横にもデカく、本当にショッピングモールのようだ。
「ねぇ建物も見たし、満足したでしょ。もう帰ろうよ~」
相変わらずナビ子が引き留める。
というか、これを見せられて中を見ないとかあり得ないだろ。
「だから理由を言えば考えるって言ってるだろ」
理由も分からずに、諦める選択肢はない。
「だって理由は言えないんだもん」
「だったら中に入って確かめるしかないだろ」
「別に確かめなくてもいいじゃん。もぅ! シュートのイジワル!」
意地悪て……はぁ。
「じゃあ少しだけたから。少し見て回ったらすぐに帰るから。だからさ、いいだろ?」
「……本当に少しだけだかんね。あと、本当に危なくなったら、すぐに離れるからね」
「危なくなったら? 危ないのか?」
「あっ、危ないのはこっちの話。でもアタイが離れるって言ったら絶対に離れるんだよ」
「はいはい。わかりましたよ」
もう何でもいいからさっさと中に入りたかった。
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「はぇ~なんかスゴいね!」
中に入るなり、テンションだだ上がりのナビ子。
だが気持ちは分からんでもない。
入り口にある案内板を確認する。
1階は食品関係の売り場と食事処。
2階はアパレル関係、3階が雑貨で、4階が武具と魔法関係となっていた。
5階はどうやら従業員用のフロアのようで売り場ではないらしい。
まぁこれだけ巨大だと、バックヤードとか必要だろうからな。
というか、建物や内部構造からこの世界のものとは思えない。
実はこれを建てた人物は日本人じゃないのか? と疑ってしまいそうだ。
「ねぇねぇ。どこから見ていく?」
さっきまで頑なに入りたがらなかったのに……現金なやつだ。
「とりあえず1階から順番に見ていこう」
本命は4階だが、ナビ子もご機嫌だし、ゆっくり見て回ることにした。




